魅了持ちなので結婚は無理だと思っていましたが、なぜかこの人には効きません
習作です。気軽に読んでいただけるとうれしいです!
長い夢を見ていた……。
そして、私は飛び起きた。
「いった……」
頭がガンガンする。
数日前から高熱を出して寝込んでいたんだっけ。
それよりも。
今の夢は……もしかして、前世?
私は二十四歳の会社員だった。
嫌味ばかり言う上司に毎日小言を言われ、なぜか先輩女性には目をつけられ、家に帰れば姉ばかりを可愛がる両親がいる。
早々に実家を出て、ワンルームマンションで一人暮らし。
華やかさとは無縁の人生だった。
唯一の楽しみはハンドメイドで、作ったものを見せ合う少数の友達との交流くらい。
……なんだか、思い返してみても地味だな、私の前世。
でも、夢とは思えない。
上司の嫌味なんて、思い出すだけでも胃が痛くなる。
で、今は?
うん。
ちゃんと思い出せる。
私は子爵令嬢だ。
マリエル・フォルスター子爵令嬢。
つまり?
「……転生した?」
どうやら、そういうことらしい。
急に前世の記憶が蘇ったのは、この高熱のせいかなあ。
まあ、そこはどうでもいい。
前世を思い出した理由を考えたところで、何かが変わるわけじゃない。
問題は現状だ。
マリエル・フォルスターは、貴族令嬢でありながら引きこもりである。
学園にも通わず、家から一歩も出ないまま十五歳になってしまった。
もうすぐ成人である。
まずい。
前世でいうなら、学校にも行かず、仕事もせず、ニート状態だ。
しかもこの世界では、そろそろ結婚適齢期。
私は一応貴族令嬢なのに、婚約者すらいない。
もちろん理由はわかっている。
あれは十四歳の春。
初めて王宮のお茶会に招かれたときのことだった。
母には、「素敵な婚約者を見つけるために行くのよ」と言われ、これでもかというほど華美なドレスを着せられた。
ピンクのりぼんをつけてもらって、「私、可愛い?」って無邪気に聞いてたあの頃は本当に平和だった。
親からも執事やメイドからも可愛がられていた、普通の子どもだったのだ。
そのお茶会は、まだ婚約者の決まっていない三人の王子も参加するとあって、王子たちと年の近い貴族の子供が国中から集められていた。
そこで私は。
第二王子の心を射止めてしまった。
……射止めるつもりは一ミリもなかったのだが。
なぜか第二王子は私にべったりとつきまとい始め、それを見た令嬢たちからは猛烈な敵意を向けられた。
恐ろしい。
今思い出しても恐ろしい。
そもそも私は子爵令嬢だ。
王子と結婚できるような身分ではない。
よくて側室だよね?
つまり、第二王子に気に入られても、私にはほとんど得がない。
なのに令嬢たちからは命でも狙いそうな目で睨まれる。
割に合わないじゃん!
あまりの居心地の悪さに、私は王子のそばから逃げ出した。
そして王宮の庭園で道に迷った。
今度はそこで、下級貴族の子息たちに取り囲まれた。
その時、なぜか彼らまで、私を見た途端に様子がおかしくなったのだ。
「僕が送っていく!」
「いや、僕が!」
「マリエル嬢はこちらへ!」
そして。
私の奪い合いが始まった。
「ケンカをやめて~私のために~争わないで~」なんていう歌があったっけ。
しかし、そんな生ぬるい状況ではなかった。
王子から逃げた先で、今度は集団戦である。
ん……待って。
これ。
私、ものすごく嫌な予感がする。
私が、転生者だとしたら。
マリエルって、アレじゃない?
前世で読んでた漫画とかによく出てくる、魅了持ち聖女だっけ?
学園で王子やら側近やらをはべらせて、貴族女子全員を敵に回すやつ。
でも……私、聖女じゃないよね?
単なる魅了持ちか。
いやいや、私、引きこもってたから、そもそも教会へ行ってないのでは?
聖女判定の儀式受けたっけ……?
受けてないよね。
あの後引きこもって寝込んでたから。
ガバっと飛び起きて、そこに置いてあった普段着に着替えて、鏡の前に立つ。
見慣れたはずの自分の姿。
細身で色が白く、ふわふわのブロンドヘアー。
目はぱっちり。
やつれてはいるけれど、立派に美少女だ。
こんな美しい貴族令嬢に生まれついているのに、引きこもっているなんて。
なんてもったいない!
お金も美貌もあるのよ?
窓際には、お見舞いにもらった鉢植えがいくつか並んでいる。
かわいいスミレに似た花や、観葉植物。
その中で枯れかけている観葉植物に向かって、手をかざしてみる。
「ヒール……だっけ?」
なんか声に出すと恥ずかしい。
……などと思っている間もなく、枯れていた植物がにょきにょきとのびはじめた!
「ぎょうぇいっ!?」
へ、ヘンな声が出てしまった。
まずい。
やっぱり聖女じゃん、私。
しかも魅了持ち。
……そりゃ十四歳の私、引きこもるわ!
本能で危険を察知してたんじゃん!
引きこもってて正解だった。
でも、このまま一生実家にお世話になってるわけにはいかないしなあ。
私には兄がいて、子爵家の跡継ぎは兄だ。
つまり、いずれここから出ていかないといけない。
魅了があるなら、婚約者を見つけるのは難しくはないと思うけどなあ……
でも、トラブルになる未来が視えている。
だいたい、デートにもいけないし、社交界にも出られない。
……詰んだ。
貴族女性として生きる未来は閉ざされている。
となったら、将来ひとりで生きていけるように考えなければ!
うちの子爵家には確か飛び地の領地があったっけ。
どっか山のほうの、人がほとんど住んでないような。
水と景色はきれいだって聞いたことがあるけどなあ。
田舎に引きこもってスローライフを送るっていうのもアリかもなあ……
ふと、前世で好きだったアニメを思い出す。
スイスの山奥で、おじいさんと暮らす少女の話だ。
山羊がいっぱいいて、チーズを作って暮らしてるんだっけ?
ああいう生活もいいなあ……憧れる。
山奥でひとりでできる仕事っていうと、この世界だと裁縫ぐらいかなあ。
寒い地方だと、毛糸をつむいだり、セーター編んだり?
まあ、幸い私はわりと手先が器用だけれども。
売り物を作るには、ちょっと知識や技能が足りない気がする。
……と、そこへコンコン、とノックの音がした。
「マリエル、起きたのかい? 物音がしたけれど」
「お父さま、ええ、目が覚めましたわ」
「入ってもいいかい? 少し話があるのだけれど」
「もちろんですわ。どうぞ」
父に続いて、メイドがお茶の用意をして入ってくる。
そして、向かい合わせに座った、父と私の前にお茶を並べる。
私の部屋にお見舞いの人が来たときの、定位置だ。
「熱は下がったのかい?」
「……ええ、たぶん。でも、まだ少しフラフラしますわ」
「それはそうだろう。三日ほど何も食べていないじゃないか。あとで食事を運ばせよう」
「ありがとうございます。そういえば、お腹がすきましたわ」
「それは良かった。ところで、話というのは学園のことだが……もう申し込みの締め切りがせまっている。どうしても行かないつもりかい? 学園に入れるのは15歳の今年が最後のチャンスだ」
「そのことなんですけど……私、学園ではなく、職業訓練校に行きたいのです」
突然の思いつきだが、我ながらいいアイデアだと思う。
確かこの世界には、商業ギルドがやっている職業訓練校があって、規定の訓練を受ければ職業を斡旋してもらえる。
女子なら、裁縫や料理の訓練があったはず。
そこなら、男性に会う機会はほとんどなさそうだし。
「マリエルが刺繍が得意だということは知っているが……しかし、貴族令嬢が職業訓練をする必要はないのではないか? うちはお金に困っているわけではない」
「でも、わたくし、もっと裁縫の勉強をしたいのです。それに……そこなら男性がいないから怖くないかもしれないと思って」
「ああ……そうか。マリエルにも友達は必要だしな」
少し考えた様子の父は、それなりに納得したみたいだ。
職業訓練の書類を取り寄せてみようと言って、部屋を出ていった。
セーフ。
貴族学園なんて誰が行くものか。
王子とその取り巻きがいて、将来魅了が原因で断罪されるなんてまっぴらだ。
だいたい、スキルって好きで備わってるわけじゃないからね!
天からの授かり物だから!
翌週、父が取り寄せてくれた職業訓練校の願書を手に、私は商業ギルドを訪れた。
受付の優しそうなお姉さんが、テキパキと書類を処理してくれる。
「あのう……マリエル・フォルスター子爵令嬢でお間違いありませんか?」
「はい。そうです」
「一応確認なのですが……こちらの訓練校は、あくまで仕事を斡旋する前の訓練ということになります。趣味の方はほとんどおられません。それと、ほぼ平民ばかりのクラスです」
「そうですか……承知しました。貴族だと何か問題がありますか?」
「いえ……そういった決まりがあるわけではないのですが。ただ、私の知る限り、貴族令嬢が入学された前例があまりありませんもので」
「あまりないということは、たまにはあるのですね?」
「はい。大変申し上げにくいのですが、その……お金に困っておられる貴族様もおられますので」
問題がないなら、さっさと処理してくれたらいいのになあ。
周囲の人たちが受付嬢の困惑した声に気付いてこっちを見ている。
困るんだよなあ……注目を集めると。
ここには仕事を探しに来ている男性も多い。
早く帰りたいのに……
「どうかしたのか?」
奥の小部屋から、ひとりの男性が出てきて、声をかけてきた。
黒いサングラスをかけて、ギャングみたいな姿にぎょっとする。
執務室から出てきた様子を見ると、このギルドの職員だよね?
私はなるべく目を合わせないように、さっと下を向いた。
帽子のつばを深く下げて、顔を半分隠すようにして、早くあっち行ってっていう空気を醸し出したつもりなのに。
その男は空気を読むことなく、こちらに歩いてきて、私の書類を手に取った。
「マリエル・フォルスター子爵令嬢? これはうちの訓練校の入学願書じゃないか」
「はい。父の許可を得て申し込みに参りました」
受付嬢は困ったような顔をして、サングラス男を見上げている。
うーん。察するに上司だろうか。
うちの訓練校って言ってるぐらいだから、ひょっとすると身分の高い人かも。
貴族……だよね。ヤバい。
「私が話を聞こうか。奥へ案内して」
「わかりました、ご案内します」
受付嬢は少しほっとした顔になり、手招きをして、私を奥の部屋に案内した。
はあ……なぜこんな面倒なことに。
まるで面接官という名のヘビににらまれたカエルみたいな状態で、椅子に座って向かい合う。
なんでこの人、サングラスかけてるんだろう。
表情が読めなくて怖いってば。
「私がこの商業ギルドの所長だ。ロイド・グレンヴィル。あなたは子爵令嬢だから、侯爵家の家名ぐらいは聞いたことあるかもしれないね」
「はい……存じ上げております」
ハイ、嘘つきました。
貴族の家名なんかまったく興味ないし、知らないもんね。
でも、前世には嘘も方便ということわざがある。
「うちの職業訓練校はねえ。一応、平民が貴族の経営する工場などで働けるようにするための訓練所なんだよ。だから、きみのようなお嬢さんがくるところではないんだ。きみの父上だって、そんなことはわかっていると思うのだが……失礼だけれど、きみは貴族学園には進学しないのかい?」
「はい……訳あって学園には入学しません」
「どういう訳だか聞いてもいいだろうか? 話せる範囲で構わないが」
うーん。どこまで話していいものか迷う。
相手は侯爵家だし、あんまり嘘つくのもなあ。
「実は、将来的に田舎の領地へ移り住み、そこで紡績や洋裁などの仕事に従事したいと思っているのです」
「フォルスター家といえば……そうか、あの北の山のふもとあたりに領地があったか。産業は……確かに酪農と紡績だったように記憶している」
「はい、おっしゃる通りです」
「きみのような若い娘さんが、そんなところで働かないといけない理由があるのかい? フォルスター家は別にお金に困っているわけではないだろう? むしろ裕福な貴族の部類だと思うが」
「それは……私は、田舎で暮らすのが夢なのです!」
「夢? 北の山の何もないところで暮らすのが?」
「はい。そこでチーズを作って、のんびり暮らすのが夢なんです!」
怪訝な顔で私を見る所長。
うん、変だよね。貴族令嬢としては。
もう、この際変なやつと思われてもいい。
私はマジでスローライフを送りたいんだもの。
頭の中で、スイスの山奥っぽい景色が広がり、アルペンホルンが鳴り響く。
「チーズ……? 紡績や洋裁を学びたいと言っていたが」
「もちろんそちらが本命です! チーズは趣味です!」
所長はちょっと呆れたような顔をして、ため息をついた。
そろそろ諦めてくれただろうか。
「……まあいい。別に貴族が通ってはいけないという決まりはない。ただし、フォルスター子爵には私から確認を取らせてもらう。それで了承を得たら、きみの入学を認めよう。それでいいね?」
「はい。父の了承はすでに得ておりますので、問題ありません」
やった! これでなんとか第一関門は突破した。
父は別に反対しないだろうし、私は貴族学園に行かなくてすむ。
助かった。
所長室を出て、早々に立ち去ろうとしたら、掲示板の前に若者がたむろしている。
職業斡旋の張り紙を見ているようだ。
どんな仕事があるのかちょっと興味が湧いて、掲示板を見ていると、若者のうちのひとりが振り返った。
「あ……お嬢さん……髪が」
ぶしつけに私の髪に触れようとする男に驚いて、後ずさる。
「おい、お前、何してるんだ! お嬢さん、大丈夫ですか?」
「きみたち、失礼だろ! お嬢さん、こんな奴らと関わってはいけません」
ずずい、と距離を詰めてくる三人の男。
ヤバい。目に狂気を感じる。
逃げないと!
しかし、取り囲まれてしまった。
どうしよう。
「お前ら、何をしてる。この人は、貴族令嬢だぞ。わかってるのか!」
「えっ、貴族っ?」
驚いたようにちりぢりに逃げていく若者達。
助かった……
振り返ると、そこにはサングラスをかけたギャングが……じゃなかった。所長が。
助かってないじゃん!!
「あの男たちはきみの知り合いか?」
「いえ、全然知らないです」
「そうか。では、なぜ絡まれていた?」
「知りません!」
「よくこういうことはあるのか? もしかすると、貴族学園へ行かない理由は……」
「……そうです! 何かいけませんか? 私は女子だけのクラスで手に職をつけて、若者がいない田舎で暮らしたいんです! 放っといてください!」
やけになって大声を出すと、所長にぐい、と腕を捕まれた。
何この人。痛いんだけど。
「ちょっと、こっちへ来い。聞きたいことがある」
ぐいぐいと引っ張られて、また所長室に戻ってきてしまった。
もう。なんなのよ、この人。
「あの……私、男の人とふたりきりで部屋にいるのは、不本意なんですけど!」
「では、ここの扉は少しあけておこう。それでいいだろう?」
仕方がない。
別に下心がないならいいけど。
諦めてまた椅子に座る。
「答えたくなければ答えなくてもいいが……きみはひょっとすると特殊スキルを持っているのではないか?」
「特殊スキルとは?」
「有り体に言えば、魅了スキル持ちでは?」
「……そうだと言ったら、入学を断るのですか? それは差別です! 好きで持ってるわけじゃありません」
所長はなぜか少し困った顔をして、おもむろにサングラスをはずして机の上に置いた。
「きみは僕を見て、何か感じるかい?」
「……そうですね。おきれいな顔だと思います」
「それだけ?」
「なんでサングラスで隠してるんだろう、とは思いましたが……まあ、おモテになるのだろうな、と」
なぜだか、私の顔をのぞき込むようにじろじろと見ている所長。
何か私の顔についてますか?
「きみもなかなかの美少女だ。帽子で隠すのはもったいないと思うほど」
「そうですか。ありがとうございます。それだけですか?」
「そうだな……それだけだ」
あれっ。この人には、私の魅了は効いてないのだろうか?
それとも、さっきの若者には偶然からまれただけで、別に魅了スキルの効果ではなかった?
いやいや、でも、お茶会のときにあんな目にあったのは事実だし。
所長は腕組みをして何か考え込んでいる様子。
「きみの魅了スキルは僕には通用しない。さっきの若者には通用していた。その理由はわかるかい?」
「いえ。もしかしたらサングラスをかけているからかと思いましたが、はずしてもなんともないですか?」
「ああ。なんともない。そして、その理由はわかる」
そうか。なんとなくわかったぞ。
この世界で魅了持ちは私だけではないんだ。
もしかしたら、めずらしいスキルではないのかも?
「所長も、もしかして魅了スキルを?」
「そうなんだ、だからこうして目を隠している」
すっとテーブルに手をのばすと、再びサングラスをかけてギャングに戻ってしまった。
せっかくいいお顔なのに、もったいない。
「目を隠せば魅了スキルは効果なくなるんですか?」
「なくなるわけではないだろうが、少なくとも直接目を合わせることはなくなるからね」
「なるほど……では私もさっそくサングラスを発注して……」
「いやいや、貴族令嬢がサングラスをかけて歩けば目立って仕方がないだろう? あの葬式のときのベールが良いのではないか?」
「うら若き私に、未亡人になれと」
「いやいや、そういうことではないが! きみも困っているのだろう? 別に未亡人用と決まっているわけではない」
「でも、どう見ても喪に服している未亡人になりますよね?」
「魅了がダダもれよりいいだろう」
「まあ、そうですね……アドバイス、ありがとうございます。試してみます」
なんと、同類がいるとわかってしまった。
ちょっと気が楽になったかも。
それに、考えたら、うちの父は別に私に魅了されてない。執事もだ。
可愛がってはくれてるけどね。
ということはすべての男性が危ないというわけでもないのか。
ロイド所長は、ご丁寧にも従業員の女性に、喪服用のベールを買いに走らせて、渡してくれた。
いやいや、私、私服のドレスなんですけど。
無理矢理ベールをかぶせられて、馬車まで呼んでいただいた。
かたじけない。
数日後。
父に確認をとって入学手続きをしてくれるという話だったので、楽しみに待っていたら。
「マリエル、ちょっといいか」
「はい、お父さま。なんでしょうか?」
「お前に縁談が来ているのだが……」
「は? どなたですか? お断りしてください!」
「それが、グレンヴィル侯爵家の三男でな……どこかで会ったことがあるのかい?」
「はい……先日、商業ギルドでお会いしましたが」
所長!
何やってんですか。
釣書を確認すると、確かにそこにはギャング……ではなく、素顔のあのお方の顔が。
肖像画だけど、実物のほうがかっこいいよなあ。
……いやいや、見とれてる場合ではない。
ロイド・グレンヴィル、25歳かあ。意外と若かった。
前世の私は24歳だったから、1歳上だと思えばまあ悪くはないけど……
現実のマリエルは15歳だ。
10歳差。
「お父さま。この方と私では、年齢が違いすぎます」
「10歳差ぐらいは貴族の結婚ではよくあることだよ。気になるのはそこかい?」
「というか……私は結婚する気は……」
お断りしようと思ったら、母が部屋に入ってきた。
どうやら後押しする気満々の様子で。
「マリエルちゃん。お会いするだけ会ってみたら? お相手は侯爵家の方よ? 理由もなくお断りすることはできないわ。うちは子爵家ですもの」
「でも……会ってから断るのは余計に難しいのではありませんか?」
「ロイド様は、結婚が決まればあちらの侯爵家であまっている子爵位をもらえるそうよ。こんな条件の良い話はなかなかないわ。ね、マリエルちゃん。この人、素敵じゃない。どこか不満があるかしら?」
うぬぬ。母強し。
断れる雰囲気じゃなくなってきた。
どうしよう。
侯爵家。
子爵位つき。
顔もいい。
二十五歳。
……条件だけ並べると、断る理由が見つからない。
これはちょっと、所長と直に話したほうが早いかも?
断るにしても、どういうつもりなのか聞いてみたい。
「わかりました。じゃあ、会うだけですよ? 一度ご本人とお話してみます。それでダメでもがっかりしないでくださいね?」
母がわかりやすく、ぱっと笑顔になった。
引きこもりの娘に来た初めての縁談が侯爵家。
そりゃあそうなるよね。
さっそくドレスを仕立てなければ!と浮き足だって、両親は部屋から出て行った。
待って! 私の職業訓練校の話は!?
……と思ったが。もう所長に直接聞こう。
こうなったら早いほうがいい。
母がドレスを仕立ててしまう前に、と思って、馬車を呼んだ。
目指すは商業ギルド。
「すみません、所長はおられますか?」
「あらっ、あなたは先日の子爵令嬢。所長なら所長室に……」
「ちょっと失礼します。早急の用事がありまして」
説明するのが面倒なので、ずんずんと奥へすすんで所長室の扉をノックする。
「誰だ?」
「マリエル・フォルスターでございます」
「入っていいぞ」
「失礼します」
執務用デスクの前に座って書類を広げている、平常運転のギャング。
この人はひとりのときもサングラスをかけてるのだろうか。
「所長、なんですかこれは!」
「釣書、だろう?」
「それは見たらわかります! なぜ私に縁談など!」
「まあ、落ち着いて、そこに座りなさい」
やれやれ、といった様子で応接セットで向かい合う私たち。
ロイド所長は、サングラスをとって、テーブルの上に置いた。
うん、相変わらずイケメンね。眼福。
私も、一応、未亡人ベールをとって、膝の上に置いた。
ちゃんと言われたとおり、ベール着用で来ましたからね。
おかげで馬車の御者に気の毒そうな顔されましたけど!
「私はね、この間も話したが魅了もちだ。ただし、マリエル、きみほどではない。女性にやたら好かれる程度だ。だから、きみの苦労は他の人よりもわかるつもりだ」
「だからって、私と結婚しても所長にメリットは何もないのでは?」
「その所長、というのはやめてくれないか? 私はきみに婚約を申し込んでいる男なんだが……」
「では、なんと?」
「ロイド、でいい。名前を呼んでくれ」
「では、ロイド所長。それでなぜ、私と結婚という話になるのですか? それだけ女性に好かれるのであれば、結婚相手など選び放題でしょうに」
「所長ではなく、ロイドだ。マリエル、きみが男性を好きになれないのと同じ理由だ。わかるだろう?」
「信用できない?」
「そうだ。私は侯爵家の三男で条件がいい。顔も普通だ」
「いえ、顔は上級です」
「……きみにそう言われると、何か不思議な気分だ。魅了のせいではないと信じられる」
「そうですか。しかし、私はあなたに恋心はありません。他の魅了されている女性と一緒になるほうが幸せでは?」
「いや、違う。マリエルが職業訓練をして北の山奥で暮らしたいと言ったときに、それを応援したいと思ったんだ。これは嘘じゃない。私もそんな生活をしてみたいと思ったんだよ」
ふーん。
北の山奥で暮らすのを認めてくれるなら、それはそれで良い条件かもしれないけれど。
いいのかな。
「貴族の結婚とは、そのようなものだ。縁談の時点で会ったことのない相手もいる。しかし、私はマリエルの普段の様子を知っている。秘密もない。だから、どうだろうか? もちろん、きみが15歳だということは考慮する。なんなら20歳ぐらいまでは、好きに北の山で暮らすといい。私は待てる」
意外に真剣な顔で話すロイド様を見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
この人、私のこと15歳の少女だと思ってるんだよね。
でも、中身24歳なんですけど。前世の記憶を合わせると。
これ、言っても信じてもらえるかなあ?
でも、秘密はよくないよね。
……婚約するなら、だけど。
「実は……私にはまだ話していない秘密がありますけど。聞きます?」
「聞こうじゃないか。もう今更何を言われても驚かないぞ。魅了が効かない女性がいるだけで奇跡だからな」
「私、転生者なんです。前世の記憶があります」
「は? なんだそれは」
「つまり、ここではない別の世界で生きていた記憶があり、そこで死んで、この世界に生まれ変わったのです」
「……そんなことがあるのか。 で、何かそれが問題でも?」
「転生した者には、チートというものが与えられるのです」
「チートとは?」
「特殊な能力です」
「ああ、きみが魅了持ちだということは知っている。問題ないじゃないか」
「ちょっとついてきていただけますか?」
私は、仕方なく、ロイド様をつれて外に出る。
近所の公園まで歩くと、花壇に近づいた。
手入れの悪い花壇だ。
枯れてしおれた草花が放置されている。
「見ててくださいね……ヒール」
にょきにょきと伸びる草。
見る間に青々と生い茂る芝生。
あっけにとられたように、口をぽかんとあけているロイド様。
「きみは……もしかして聖……」
「草花を育てるスキルです!」
「それは聖……」
「あくまでも、育てるスキルです!」
「そうか……まあ、マリエルがそういうなら、そうなのだろう」
「わかっていただけましたか?」
「信じよう。きみは転生者で草花を育てるチートというスキルを持っていると。で、それは人にも使えるのか?」
「試してません」
「なぜ?」
「教会につれていかれるからです。北の山でスローライフを送れないじゃないですか!」
「よく今までバレなかったな……」
「そんなわけで、私はこれがバレると困るのです」
「良いスキルなんだがなあ……私ならそれを生かしてやれるぞ?」
「そうですか?」
「当たり前だ。だてに商業ギルドの所長をやっているわけじゃない」
「そこんとこ、もうちょっと聞かせてくれます?」
「いいだろう」
所長室に戻った私たちは、作戦会議にはいることになった。
「まず、私と婚約するのであれば、きみの望みは全力で応援することを約束しよう。北の領地で暮らしたいのであれば、それでも構わない。他に何か希望はあるのか?」
「そうですね……では、山羊を20頭ほど欲しいです」
「なぜ山羊なんだ。何をするつもりだ」
「そりゃあ、山羊のチーズは絶品だからですよ! 食べたことあります? あれを火であぶってアツアツをパンにのせて食べるのです。それはそれはおいしいんですよ!」
「それは、山羊のチーズを買ってくれば済む話ではないのか?」
「ダメです。しぼりたてのミルクで自作するところに意味があります」
「そうなのか……わかった。山羊だな。そんなことでいいのか? もっと女性はドレスとか宝石とか、そういうものが欲しいのではないか? 私の姪などは、会うたびに人形をねだられるが、欲しいものがあれば遠慮なく言うといい」
人形……?
なんで?
あ、そうか。
この人、私のこと15歳だと思ってるんだった。
「あのう……もうひとついいですか? 私まだお話してないことが」
「まだあるのか。この先もう何を言われても驚かない。言ってみろ」
「私、転生者なんですけど、実は前世では24歳でした」
「は? なんだって?」
「というわけで、すでにこちらの世界ではとっくに適齢期は過ぎているのですが……」
わっはっは……と突然笑い出したロイド様。
私、何かおかしなこと言いました?
「マリエル。その話、信じるよ! きみはなんだか15歳のわりにやけに現実的というか大人びているとは思ったが」
「信じていただけましたか」
「なるほど。少なくとも、十五歳の子どもに話すつもりで扱う必要はなさそうだな。ここからはもう少し対等に話そう」
「あ、このことは親も知りませんので、ご内密に」
「わかった。私とマリエルだけの秘密ということにしておこう。それと、見た目は15歳だから、結婚はもう少し先ということで今は婚約だけでいいだろう?」
「そうしていただけると助かります。私は学校にも通いたいし、まだやりたいこともあるのです」
中身が24歳なんて、この世界ではとっくに行き遅れなんだけど、ロイド様は気にしないようだ。
まあ、15歳の少女というよりは罪悪感が少ないのかもしれないね。
ということで、私とロイド様は婚約することになった。
親は、それはそれは喜んだ。
ロイド様はきちんと約束を守ってくれて、フォルスター家の北の領地に山羊を贈ってくれた。
私が世話をすることはできないので、牧場をつくって従業員もセットでプレゼントしてくださるそうだ。
そこで暮らすことを考えるとワクワクするけど、まずは手に職をつけないとね。
婚約したからといって慢心は禁物だ。
それから、私は無事職業訓練校の裁縫科に入った。
友達もできて、毎日が楽しい!
ロイド様の婚約者になってから、女性用サングラスというものが開発されて、まぶしいのが苦手な貴族女性の間で流行しはじめている。
もちろん、私には一番にプレゼントしてくれた。
北の領地では、カシミヤの生産量が急増して、毛糸が売れている。
なんせ、山羊、死なないからね。
病気は全部治すから!
私はというと、月に1度ほど、視察という名目でロイド様と領地を訪れている。
山羊のチーズは本当に絶品で、これも近い将来北の領地の特産物になるだろうという話だ。
フォルスター家とグレンヴィル侯爵家は事業提携を結び、北の領地はこれからますます発展していきそう。
お父さまもホクホク顔の今日このごろ。
「ロイド様、山羊が増えてます」
「繁殖したからな」
「私は20頭って言いましたのに」
「今、何頭だ?」
「47頭です」
「もうすぐ50頭だな」
「なんで嬉しそうなんですか!」
最初に話していたとおり、ロイド様は田舎のスローライフを私よりも楽しんでいるように見える。
いつか、ふたりでここへ引っ越してくるのが今から楽しみだ。




