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サメ子は料理がヘタ

作者: 央堂ニーロ
掲載日:2026/04/04

「コータローさん! ゴハンができマシタよ!」


 黄色のエプロンをつけて俺を呼ぶのは、サメの人外、その名をサメ子である。

 もちろんこの世界に「人外」なんていない。言葉を話す生き物は人間以外にいないのが当たり前で、事実だ。


 しかし、サメ子は人間でないのに言葉を話す。そして二足歩行で歩く。今はすっかり慣れたが、それでも非現実的な存在には変わりない。


「ありがとう。今日は何だ?」

「ご飯と、お味噌汁と、あとお魚デス!」


 サメ子は笑顔でお盆を持っている。尻尾をぴるぴると振って、俺が受け取るのを今か今かと待ち侘びていた。


 彼女が俺の家に住むようになったのは去年の春だ。

 いきなり家の前にやってきて、「恩返しがしたい」なんて言ってきた。コスプレした変な女がやってきたと思って腰を抜かした。


 なんでも、俺がサメ子の命を救ったんだそうだ。

 俺の記憶にあるのは、浜辺に打ち上げられていた子供のホシザメを海に返したこと。まさかこんな姿になって帰ってくるとは思いもしなかった。


 追い返すのもなんだかなと思ったので、俺はいつも外食かコンビニ飯で済ませていたから食事を作って欲しいと言ったのだ。もちろん、料理の勉強用に本は買った。


「今日も……おいしそうだな」


 嘘だ。

 はっきり言って、サメ子は料理が下手だ。

 味噌汁のわかめは溶けているし、魚は焦げまくっている。一般人にして見れば失敗の部類だ。


 しかし、それを口にはしない。

 机にお盆を置いて、手を合わせる。


「いただきます」

「召しあがれ!」


 まず白米を食べる。これは普通だ。安心する味がする。


 そして、味噌汁。わかめが溶けているだけならちょっとした失敗かもしれないが、あまりにもしょっぱい。どんだけ味噌入れたんだ、と言いたくなるほど。


 最後に焼き魚。焦げすぎて何の魚だったのか分からない。炭の味の中に、ほんのり魚が香る。


 しかし、これでも上手くなっている方なのだ。

 最初の頃は匂いを嗅ぐのも憚られるほどだったのだから。彼女の成長は素直に喜ばしい。


 ただ、それでも、おいしくない。


「コータローさん! どうデスか!?」

「……うん。おいしいよ」


 嘘だ。

 それでも、俺の言葉に嬉しそうに飛び跳ねる彼女を見ると、本当に美味しいかもしれないと思えてくる。


 今日の朝食と昼飯を思い出す。


 朝は簡単なトーストと目玉焼きだった。黒焦げのと、カチカチなのと。彼女の歯は頑丈だから、これくらいの歯応えのがいいと思ったのかもしれない。

 朝早く起きて支度してくれたので「おいしい」と言った。


 昼はサラダ弁当だった。

 野菜が取れないという俺の呟きを聞いて気遣ってくれたのか、タッパーの中身は緑一色だった。特に変な調理はされていなかった。ただ、ドレッシング無し。

 まずかったわけではないので「おいしかった」と言った。


「コータローさん! 明日のお弁当のリクエストはありマスか?」

「リクエストかぁ……」


 何を言えばおいしい料理が食べられるだろうか。

 サメ子は自分の料理をあまり食べない。彼女は生の魚やエビが好きだからだ。

 そのおかげで刺身はいつもおいしく食べられるのだが、弁当に生の魚は入れられない。腐る。


 なので、失敗せず、かつ俺が美味しく食べられる弁当を提案する。


「日の丸弁当かな」

「ヒノマル?」


 サメ子にスマホで写真を見せる。梅干しだけじゃ味気ないので、ゴマがかかってるやつ。


「わかりマシた! コレを作ればいいんデスね!」

「うん。そうしてくれたら嬉しいな」


 サメ子は腕をブンブン回して「任せてくだサイ!」とにこやかに言う。元気で可愛らしい。……身長は2メートルあるけど。


「コータローさんに貰った恩を返すため! ワタシ頑張っておいしいゴハンを作りマスからね!」

「うん、ありがとう」


 幸せそうに尻尾を揺らした。味はともかく、彼女の思いは本物なのだから、明日の弁当を楽しみにしておこう。



「……まじか」


 しかし、次の日。

 昼時になってタッパーを開けた俺は驚愕した。

 ぎっしりにつまったゴマ、ゴマ、ゴマ。もはやゴマと梅干しの詰め合わせである。


「お、林先輩、それがウワサの愛妻弁当っすか?」

「愛妻って、妻じゃないけどな……」


 後輩が俺の弁当を覗いて言う。サメ子と俺はそういう関係ではない。


「マジでおもろい弁当っすね。思いがこんなにぎっしり」

「ちゃんと頑張って作ってくれたんだよ」


 箸を割り、ゴマをすくう。――すくおうとした。


「な、なんだこれ」


 ミッチミチに飯が詰まっている。ただ硬いというわけではない。その密度が、半端ないのだ。

 タッパーの蓋を閉めて、ひっくりかえして底を叩く。しかしゴマがどっと落ちてくるだけで、米はびくともしていない。これがサメのパワーなのか。


「大丈夫っすかそれ。食えるんすか?」

「なんとかして、食べないと」


 残して帰ったらサメ子が可哀想だ。落ち込むあいつの姿は見たくない。箸を一本持ち、てこの原理で米を持ち上げることを試みた。ぐぐぐと端に力が入り、もう少しかもと思った瞬間――


 ――ぱきっ。


「あ」

「あ」


 ――箸が負けた。

 水をたくさん吸った米に、木の箸が負けたのだ。

 それを見て、後輩は腹を抱えた。


「あはははは! ちょ、そんなことありえるんすか!?」

「これは、ちょっと力みすぎちゃっただけだろ」

「ありえませんって! あははは!」

「おい、笑うな!」


 ひいひいと笑う後輩にちょっとだけ本気で怒る。


「てか先輩、いつもすごいっすよね」

「すごいって何だよ」

「いつも同じ顔で食べれるから」


 おちょくられると思っていたが、それを言われて、何か胸をちくりとそされた気分になった。


「……どういうことだ?」

「いや、そのお弁当を「無」みたいな顔で食べれてるからやるなーって。自分だったらうげって顔しちゃいますし」


 それを意識したことはなかった。家ではなるべく笑顔で食べるようにしているが、職場ではそんな努力していない。もしこの俺の顔を見たら、サメ子は何で思うだろうか。


 結局、今日のサメ子の弁当を食べることはできなかった。



 帰り道、街灯に照らされながら考える。目線の先はカバン――の中に入っている弁当だ。


 これを見て、サメ子はどんな顔をするだろうか。恩返しができなかったとショックを受けてしまうだろうか。


 正直、サメ子の料理があまり上達しないのは俺のせいである。彼女に嫌われたくないから「おいしい」と嘘をついている。ちゃんと料理が上手くなりたいと言う彼女の気持ちを無下にしているのは俺だ。


 サメ子との生活は楽しい。今まで1人孤独に暮らしていたからこそ、彼女の明るさに救われているところもある。


 しかし、彼女がおいしいと思うものと俺がおいしいと思うものは違う。俺は魚を丸呑みできない。

 これを説明したとして、サメ子は納得してくれるだろうか。


「……あ」


 気がつけば、俺のアパートの前についていた。俺の部屋には電気がついている。きっと、もうご飯を作り終えている頃だろう。


 なんとなく足が進まない。まだサメ子に言う台詞を準備していなかった。

 硬くて食べれなかった、食べようと努力した。どれも言い訳にしか聞こえない。サメ子がどうか落ち込みませんようにと祈りながら階段を登った。


「コータローさん、おかえりなサイ!」


 扉を開けるなり、いっぱいの笑顔に溢れたサメ子が俺を出迎えた。……床がびしゃびしゃに濡れているので、さっきまで水風呂につかっていたのだろう。


「……ただいま」

「どうしマシた? 元気ないデスか?」

「え? いや、そんなことないよ!」


 体の大きな彼女を避けて、隙間から家に入る。床は後で拭こう。それより、今大事なのは弁当だ。

 こういうのは自分から言うのが大切なのだ。変に隠そうとするとかえって傷つける。


 スーツをハンガーにかけ、一つため息をつく。そうは思っても中々勇気が出ないのだ。


「コータローさん!」

「え、どした」

「今日のヒノマル弁当、どうデシタか!?」


 目を輝かせて俺に迫る。リクエストの結果を聞きたいのだろう。純粋な笑顔に心が痛む。


「……あー、それなんだけどな?」


 カバンから弁当を取り出す俺を見て、サメ子は尻尾をゆっくりと止めた。やめてくれ。落ち込まないでくれ。


「その……ちょっと事情があって……」


 米がぎゅうぎゅうにつまったタッパーを渡した。サメ子はそれをぽーっと眺めている。


「あ、いや! 不味かったわけじゃなくてな!? ちょーっと底に詰まりすぎててすくい出せなくてな!? だから食べなかったってよりも食べられなかったっていうか」


 口からどんどん言い訳の言葉が溢れてくる。サメ子よ、俺が悪いんだ。悲しまないでくれ。


「……やっぱ、おいしくなかったデスか?」

「……え?」


 やっぱ、という言葉が気に掛かった。


「あの、デスね? ちょっとだけ思ってたんデス。ワタシの料理、写真と全然違うから……」


 写真、というのは料理本のことだろう。尻尾が弱々しくへたれている。


「でも、コータローさんはいつもおいしいって言ってくれるから、なんか……わかんなくて……」


 そんなことを考えさせていたのか。

 良かれと思って「おいしい」と言い続けていたが、それのせいでズレを感じさせていたとは。


 悲しませたくないと気持ちが先行して、サメ子がどう思っているかなんて考えていなかった。


「……えっと、な」


 サメ子の顔を覗き込む。彼女の体は冷たい。


「正直、だけど、サメ子の料理はすごくおいしい、ってわけじゃない」


 サメ子の瞼が落ちる。でも、それだけを言いたいわけじゃない。むしろ、言いたいのはその先だ。


「だけどな、すっごい嬉しい」


 サメ子は顔を上げた。口からギザギザの歯がちらりと覗く。


「俺、身近な人が作った飯なんてずっと食べてなかったからさ、毎日毎日俺のために作ってくれるのがめっちゃ嬉しいんだよ」


 本当だ。

 だから俺はサメ子が俺の前に現れてくれたことに感謝してるし、サメ子が好きだ。


「だから、これからも作って欲しいな」


 彼女は口に手を当て、目を見開いた。


「ほ、本当デスか……?」

「本当。これは絶対に本当」


 すると、サメ子は――飛んで跳ねた。

 腕を大きく上げて、ぴょんこぴょんこジャンプする。


「本当デスか!? ワタシ、もしかしてダメなのかもって思ってて、本当の本当に嬉しいんデスか!?」

「ちょ、ここアパートだから、あんまり跳ねるのは」


 彼女の巨体でジャンプされると流石に迷惑がかかる。尻尾をぶんぶん振って跳ぶ彼女を静止した。


「ウフフ、コータローさん、変なヒトデスね! おいしくないのに嬉しいなんて!」

「変って」


 くふくふと楽しそうに笑う。サメ子は笑っていたほうがいい。


「じゃあ、ワタシ、うれしくておいしい料理作れるように頑張りマス! ちゃんと勉強しマス!」


 尻尾を振って、腕を上下にぶんぶん揺らす。


「デスから、辛口審査で! よろしくお願いしマス!」

「辛口は……難しいかも」


 嘘を言うつもりはないが、正面から「まずい」と言いたくない。俺も料理を勉強して、サメ子がじゅうぶんにおいしい料理を作れるように協力しよう。

 彼女の恩返しのため、というよりは、彼女のために。


「コータローさん、さっそく教えてくだサイ! 今日は何がダメデシタか!?」

「え、今日?」


 ぐるぐると考える。今日の料理で直して欲しいこと?

 朝のトーストは相変わらず焦げていたし、ジャムは塗りすぎだし、スープは濃すぎたし……


「……今日は」

「ハイ!」


「……ご飯は詰めすぎない方が良かったかな」

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