9話 魅惑な女盗賊
俺はラパと一緒に地下基地を出たはいいが、どうにも気分が乗らない。なんとなく自分だけが焦っているように思えて脚が重い。
この国の要である警察組織は、書類片手の聴き取りが主な仕事、余裕というかスローペースで歯痒いばかりだ。
まあ、地道な調査があるから俺らも動けるわけだが――そんな俺を知ってか知らずか、ラパがフードからある方向を指差す。
「リュカちん、駐輪場なのだ、現場百遍なのだ」
「現場百遍? ああ、奈來だな」
「自慢話がウザかったのだ」
現場百遍か、俺は佐伯が殺される現場にいた、何か見落としてはいないか――そういえば、ラパも犯人を見たと言っていた。
「なあラパくん、あの爆破現場でさ、犯人が被害者の顔を覗いていたのは覚えてるか?」
「ん? 覗いてないのだ、訊いていたのだ」
「何だって?!」
「えっと、『片割れはどこだ』と言っていたのだ。ラパは耳が良いのだ、間違いないのだ!」
片割れとは何だろう、フィギュアのことか、それとも……。
考えているより俺達も現場百遍だ。
夕刻――
俺達は爆破のあった駐輪場へやって来た。ビルの屋上から辺りを見回す、人通りはない。
駐輪場にはポリスと描かれたテープで囲われている。その裏手に「寮内立入禁止」と描かれた立札を見つけた。たぶん、佐伯の住んでいた会社の寮だろう。
そこへ髪の長い人影が、立札を無視して寮の中へと入って行った。
「――あれは、女か」
俺は《亡霊》で姿を消し、ラパに口を噤むように言って女の後を追った。
女は裏口から足音を忍ばせて、テープの貼られた部屋へ迷わず入る。おそらく佐伯の部屋だろう、そして何かを探し始めた。引出しの裏、冷蔵庫の下、トイレのタンクに天井に床下までも念入りに。
まさに執念だな。目的は組織の男と同じだと思われる、まさかの女マフィアか?
「クソッ! 匡孝の奴、片割れをどこに……」
大層な悪態を吐くが、それより佐伯を下の名前で呼んだことのほうが驚きだ。
女と佐伯の関係性とはいったい――
さてどうするか、どうもこうもない、せっかくの獲物、女の正体を確かめる。
女は諦めたのか、部屋を出て向かいの路上に止めてあるエアバイクに跨がると、後ろ髪を引かれるようにゆっくり発進した。
バイクは人里離れた山の方角へと走り出す、俺はビルの屋上を伝い後を追う。街並みを越えて、木々の鬱蒼と茂る森の中を走る。
フッと、余りにも静かなラパに話し掛ける。
「ラパ、もう喋ってもいいよ」
そう言うと、ぬっとフードから顔を出して、不機嫌そうに言う。
「ラパは気持ち悪かったのだ。もの凄〜くドス黒い空気が漂っていたのだ……ウゲッ」
ドス黒い空気とは部屋のことなのか、それとも女からなのか、多少の違和感はあったがさほど気にはならなかった。妖精と亡霊の違いか?
そう悶々と考えてながら後を追っていると、急に開けた場所に出た。そこには廃墟と化した校舎が聳え立つ。
校舎の窓から明かりが見える、女はエアバイクを降りて校舎へ向かって歩く。どうやらここが女の拠点のようだ。
暗がりでよく見えなかったが、ピッタリと体に張り付く黒のライダースーツが、何とも艶めかしく色香を漂わす。けっこう若い女だ。
中央の玄関口から、同じライダースーツに身を包んだ女性達がぞろぞろと現れ、女の前で跪く。
「リーダー、お帰りなさい。お疲れ様でした」
ほう、彼女はリーダーか。こんなことならレオンを連れてくればよかった、いろんな意味で。
ハーレムはいつの時代も癒しである、俺はもう興味ないけど。なんたって愛しのマスターが俺の癒しなのだから。
さてと、今のうちに校舎の周りを探索しよう、とその前に。
「ラパくん、このまま一緒に来る?」
「う〜ん、ラパは女狐はキライ、森に隠れているのだ。終わったらリュカちんが迎えに来るのだ」
「ハァ、はいはい……」
ということで、先ずは裏手から。一室の窓から賑わう声が聞こえる、それと湯けむり。
1階に風呂場とは、覗いてくださいと言っているようなものだ、ほら、観客が――
「……あ」
「……あっ!」
うーん、もしも俺がこの観客の立場なら、きっと罪悪感と羞恥心と今すぐタイムスリップしたい衝動で、心臓の鼓動は張り裂けんばかりに踊るだろう。
さて――
「こんばんは、覗き上手のエロヤンキーくん」
「えっと、その、あの、こ、こ、これには色々と事情とか事情とか事情とかありまして……」
ほう、人間って驚きと焦りで混乱すると、冷や汗ダラダラで言語崩壊するっていうけどほんとだ。
「うん、わかるよ、男なら一度は通る道だよね、俺にはなかったけど。で、何してんの?」
レオンは目をキョロキョロと挙動不審者さながらに、言い訳を始める。
「これはそのう……ちょ、調査であって、け、け、決して変な想像とかはしないで……くださいね?」
「ん? やだなあ、変な想像なんかしてないよ、ただ現実を直視しているだけさ」
レオンは諦めたように項垂れる。若いって良いねえ、俺も若いけど、たぶん。
「ハァァァァァ……あのですね、オレがここへ来た目的は、タレコミがあって、その情報を確かめるためなんですよ。そりゃ、ちょっと興味も……」
「外部から情報があったってことか?」
「はい。彼女達は『パンドーラ』といって女盗賊グループです。希少な骨董品や美術品の所有者を騙して奪う、悪質な連中なんですよ」
「盗賊か……」
佐伯を有名なフィギュアの創作者と知って近づいた。目的は組織と同じ「片割れ」だ。
その「片割れ」がいったい何なのか、「伝言」の人形、あるいは傀儡の片割れという意味なのか、まずはそこからだ。




