§プロローグ 【亡霊者】
森羅万象――
神が創り出した生き物には生と死がある。輪廻の法則が覆らない限り、因果の歯車もまた廻り続ける。但し、その法則に属さない物がある。
神はそれを"稀人"と呼び、人は"ファントム"と呼ぶ――
――――――
中世戦乱期――
王権による領土争いが盛んな時代。隣国との壮絶な戦禍の中、剣豪の覇者と呼ばれたひとりの騎士団長が、逃げる敵国の兵士を森の中へ追い詰めた。
だがその兵士は騎士を森へ誘うための囮だった。騎士は敵の戦略に気付かず、いつの間にか樹海の奥へと迷い込んだ。
「クソッ、罠か……」
そう一言だけ呟いて木の根に座り、体力も気力も限界の騎士は、気を失うように眠りに堕ちた。
木々のざわめく音に眼を覚ました騎士は、鬱蒼と茂る樹木で、昼か夜なのかもわからない暗闇の中、重い甲冑を脱ぎ捨て、当てもなく彷徨い歩いた。
喉が渇く、腹が減る、騎士はとにかく生き延びることだけを考え、水と食料を探すことに専念した。
次第に足取りもおぼつかなくなり、木の根につまずいて倒れた騎士は、目の前に広がる異様な光景に息を呑む。まるで花模様の絨毯を敷いたような、紫と赤のキノコが所狭しと生えていた。
思わず手を伸ばしキノコを摘む――
「ハァ……絶対に彼方へ逝っちゃう系だよなあ……ゴク……」
と言いつつも喉が鳴る、野垂れ死ぬよりはマシと迷わず口に放り込む。次第に手足の痺れとめまいに襲われて地に伏せる騎士、とその時、大きな牙を剥き出しにした真っ白な体の獣が、枯木を踏み締め襲いかかって来た。
騎士はこれまでにない恐怖で咄嗟にソードを突き出す――
「ギャンッ! ――――」
と、断末魔と共に巨漢は呆気なく倒れ、まもなく息絶えた。咄嗟のこととはいえ、一撃で倒せたことに、未だ痺れの治らない蒼白い顔の騎士は目を泳がす――
「いったい何が起こっている……」
そう呟きながら死んだ獣を見つめていると、死骸はサラサラと砂のような塵となり、枯れ葉と一緒に空を舞って消えてしまった。
騎士はその不思議な有り様を呆然と眺めた。そこへ、白く輝くキノコが忽然と現れた。
騎士は何を思ったのか、ゆらりふらりとそのキノコの前にしゃがみ込み、長々と眺めて手に取ると、ポロポロと涙をこぼして呟く――
「――終わりに……しよう」
騎士はそう言いながら、そっと白いキノコを口へ運んだ。まるで死を覚悟したかのように――
**
木々のざわめく音――
何処からか話し声が風に運ばれ聞こえてきた。横たわる白骨体の頭をポンと叩き、白い靄を纏う者が立ち上がると、声のする方へと歩き出す――
前方に三角帽子を被った小さな男と、黒いローブのフードを目深に被り、手には大鎌を持った骸骨が、何かを探すように対話する。
「なあ死神よ、お前さん方向音痴か?」
「それを我にいうのは筋違いだろ、ここは地の精霊であるお前のテリトリーだ、方向音痴はお前だろ」
そんなやり取りの中、小さい地の精霊が何かに気づき、死神の後ろを指差す。
「おお、いたいた。奴だ」
骸骨は振り返り、カッカと笑い声を上げ告げる。
「これはまた妖艶な姿になったものだ、我は死神、お前を迎えに来た。騎士なる稀人よ」
そこには優美な顔立ちに、銀色の美しい髪を胸元で束ね、長身ゆえのマントがよく似合う、手にソードを持った見目麗しい男が立っていた。
そう、あの白いキノコを食べて死んだ亡霊騎士だ。死神は尚も話を続ける――
「さて、お前が朽ちてから1000年という年月が経った。良く腐らずにいたことを誇らしく思う。そろそろこの樹海から出たいであろう?」
「身体は腐っても、騎士たる魂が腐ることはない」
死神はゆらゆらと近付き、ある選択肢を掲げた。
「うむ、では暗い奥底で犇く魂と共に永い来世を待つか、我の仕事を手伝うか、さあ稀人よ、自身の魂をどうするか選べ」
騎士はある言葉に疑問を抱き、死神に尋ねた。
「死神よ、その稀人とは何だ?」
死神は木の根にふわりと腰かけ質問に応える。
「我ら神は亡霊を稀人と呼び、人はファントムと呼ぶ。但し、お前は恵まれた力、与えられた能力を持つ、今や怪人とも言えよう。さあ選択せよ」
騎士は迷惑そうな顔で、身振り手振りを交え応える。
「ハァ、あのさ、俺は今の自分もこの場所もけっこう気に入ってるんだよ、無駄な争いはないし、うるさい貴族もいない暮らしを満喫してんの、わかる? だからさ、悪いけど他を当たってくれない?」
死神の横で苦笑いを浮かべ、地の精霊が言う。
「なあリュカよ、お前を必要とする時がきたのだ、騎士ならばそれに応えねばならん」
「でも俺がいなくなったら困るだろ? 番人の白虎はもういないし、また俺みたいな迷い人が来たらどうするんだよ、追い払うのが俺の役目だろ?」
「お前だってこんな狭い樹海で燻っていても面白くないだろう、もっと広い世界で役に立て」
地の精霊の言葉に、騎士は困惑と迷いで言葉に詰まる。
「でも俺は……」
「深く考えるな、死神の下へゆけ」
「――また逢える?」
「勇敢で優しい子よ、必ずまた逢える。元気でな」
死神はふたりの掛け合いにご満悦と肩を揺らす。そして徐に立ち上がると、騎士の手を取り告げる。
「では冥界に案内しよう。我が弟子よ」
死神はふわりと舞い上がり、騎士は樹海を見下ろし自身の亡骸と別れを告げ、地の精霊に手を振り、新たな世界へと旅立った――




