晴れた朝に、不完全なカレーについて僕が語ること
妻が入院した。
期間はわずか一週間ばかりだったけれど、僕にとってそれは
永遠の定義を書き換えるのに十分な時間に思えた。
時間は時として、質の悪いアコーディオンのように不条理な伸縮を見せる。
特に、あるべきはずの誰かがそこにいないときには。
「大丈夫よ、すぐ戻るから」
彼女はそう言い残し、深い霧に包まれるように白いベッドの
シーツの中へと吸い込まれていった。
後に残されたのは、二十五歳になる娘と、僕だ。
僕らは静まり返ったリビングで、まるで言葉を失った
二匹の年老いた猫のように向かい合っていた。
「ごはん、どうする?」
娘が言った。その声は、どこか遠い銀河の端から届く
微かな電波のように響いた。
僕は少し考え、それから「カレーがいいな」と答えた。
実を言うと、僕はずっとカレーが食べたかったのだ。
しかし妻はいつも「また今度ね」と言って、そのリクエストを巧みに
そして優雅に回避し続けていた。理由はわからない。
ただ、そういうものなのだと僕は自分を納得させていた。
カフカの小説の主人公が、理不尽な城のシステムを
受け入れるのと同じように。
娘は黙って頷き、エプロンを締めると、決意に満ちた背中で
キッチンへと向かった。
それはまるで、これから未開の海へと漕ぎ出そうとする
孤独な航海士のようにも見えた。
一時間後、テーブルにカレーが運ばれてきた。
立ち上る湯気の向こう側に、娘の持つ不器用な
しかし確かな優しさの断片が見えた。
にんじんは石のように固く、じゃがいもには頑固な芯が残っていた。
それでも、その味は驚くほど懐かしく、そして優しかった。
翌朝、冷蔵庫を開けると、カレーは昨夜とほとんど変わらない容積で
そこに鎮座していた。
「私、カレーはあんまり好きじゃないの」と娘は言った。
「でも、キーマカレーは別。あれは汁気がないから」
なるほど、と僕は思った。
汁気。それが彼女にとっての境界線だったわけだ。
それからの数日間、僕は一人でカレーを食べ続けた。
二日目よりは三日目、三日目よりは四日目。味は少しずつ
世界に馴染んでいった。まるで僕と娘の距離が、一ミリずつ
ゆっくりと近づいていくように。
そして、妻が家に戻ってきた夜。
三人で囲んだ食卓には、再びカレーがあった。
「またカレーなの?」と娘は不満を漏らしたけれど
それでも彼女は文句を言いながら、ちゃんとスプーンを動かしていた。
僕はその光景を眺めながら、心の中で静かにつぶやいた。
――このカレーは、文句なしにうまい。
でも、あの夜の、あの不完全なカレーも
僕にとっては欠くことのできない人生の一部なのだ。
カレーの鍋はやがて空になった。
けれど僕の心の中には、あの夜のカレーの温かみが
心地よい重みを伴ったまま、今も静かに沈殿している。




