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転生皇女セラフィナ  作者: 秋月真鳥
一章 セラフィナ誕生する

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8.セラフィナ、一歳四か月

 その日からラファエルお兄様はわたくしの子ども部屋で勉強をするようになり、アルベルト様もユリウス様もご一緒するようになった。勉強の間はわたくしは一人で遊んでいるのだが、耳はラファエルお兄様たちの方にずっと向けていた。

 積み木で遊んでいるふりをしながら、ラファエルお兄様たちの会話を聞いたり、ぬいぐるみで遊んでいるふりをしながら講義の内容を聞いたりしていた。

 積み木で遊ぶのも、ぬいぐるみで遊ぶのも、前世を合わせても初めてのことだ。一歳児の遊び方がこれで合っているのか分からないが、積み木を積み上げていったり、積み木で家を作ってみたり、その家にぬいぐるみを入れてみたりするのだが、これがなかなか楽しい。

 前世で遊ぶということを全く知らなかったわたくしにとっては、積み木もきれいに彩色されていて色鮮やかだし、ぬいぐるみはふわふわで気持ちいいし、一歳児の体は見るもの、触るものの心地よさに楽しんでいた。


 前世では物心ついたときには使用人たちと一緒に働かされていた。

 遊ぶということを知らず、わたくしは育った。


「あーあ」


 高く積んだ積み木が倒れたときに、残念になって声を出すと、休憩時間に入ったラファエルお兄様が高く積んでくれる。


「倒してもいいよ。何度でも高く積んであげる」

「にぃに!」


 優しいラファエルお兄様に甘えて、積み木を倒すと、なんとも言えない爽快感が体中に走る。一歳児はこんな気分で積み木を倒しているのか。楽しいと自然ときゃっきゃと笑い声が漏れるのに、ラファエルお兄様もにこにこしている。


「セラフィナ、ずっと集中して遊んでいたけど、喉は乾いていない? 乳母、セラフィナに飲み物を」

「はい、こちらに」


 水差しから小さなカップに注がれたハーブの香りのする水を口元に持って来られて、わたくしは喉が乾いていたことに気付く。ごくごくと飲んでから、お代わりをほしがるようにカップを差し出すと、乳母はもう一杯ハーブの香りのする水を注いでくれた。


 前世では水はほとんど飲まなかった。

 生水は病気の危険性があるのだ。お茶などは飲ませてもらえる待遇ではなかったから、ハーブを乾かしたものを煮だしたちょっと苦い特製のお茶を飲んでいた。

 今世はちゃんと煮沸消毒したお湯を冷ました水にハーブの香りを加えたものを飲んでいる。

 前世の貧乏男爵家のクラリッサと、今世の皇帝家のセラフィナでは全く待遇が違う。


 季節は冬で、部屋は暖炉で温められているし、寒くないように温かな上着も着せられている。


 冬場でもボロボロの薄着で耐えていた前世が嘘のようだ。


「休憩は終わりか。次はお茶の時間にね。またね、セラフィナ」


 ラファエルお兄様がわたくしを抱き締めて勉強に戻っていく。引き留めたい気持ちはあったが、ぐっと我慢して、一人で遊ぶことにする。


「セラフィナ殿下は本当に大人しくていい子ですね。うちの弟だったら、駄々をこねて同じ部屋で勉強などできませんよ」

「セラフィナは生まれながらの淑女なんだ」

「本当にいい子で、ラファエル殿下が羨ましい」


 ユリウス様は弟君にかなり困らされているようだ。一歳だというし、男の子なのでやんちゃなのだろう。なにより、わたくしのように前世の記憶がないのだから仕方がない。

 前世の記憶があっても、わたくしは一歳の体に添うような行動をとってしまうことがあるし、一歳児というのはなかなか難しいものである。


 わたくし、今月で一歳四か月になりました。

 歩くのもかなりしっかりしてきたし、わたくしは短い単語を話せるようになっていた。


 お茶の時間にラファエルお兄様がわたくしに言ってくれた。


「わたしのことは『にぃに』と呼んでくれてるよね。アルベルトとユリウスのことはどう呼ぶ?」

「あ、ある、あるえ……」

「アルベルトと呼ぶのは難しいようですね。どうぞ、アルとお呼びください」

「アルたま!」

「それでは、わたしのことはユーリとお呼びください」

「ユーリたま」


 わたくしはついにアルベルト様とユリウス様のお名前を呼ぶことに成功したのだ。


「うちの弟はセラフィナ殿下より早い夏生まれなのに、わたしのことをまだ『にぃに』とも呼んでくれません……」


 悩まし気にため息をつくユリウス様に、ラファエルお兄様が言う。


「女の子は言葉が早いと言われているからね。ユリウスの弟もすぐに話し出すだろう。ユリウスの弟の名前はなんだったかな?」

「弟はルカです。いずれセラフィナ殿下の学友になれればいいのですが……今のままだと乱暴すぎて……」

「セラフィナの学友は女の子ばかりにするつもりだよ。セラフィナに男の子が近付くなんて信じられない」

「ラファエル殿下、セラフィナ殿下もいつか成人して結婚するのですよ」

「セラフィナを結婚させるだなんて無理だ」


 ラファエルお兄様の兄バカぶりは今日も健在だった。

 それにしても、ユリウス様の弟君はルカ様というのか。一度会ってみたい気がする。

 本当の一歳児はどのように振る舞って、どのように過ごしているか知りたい気がする。


「にぃに、ルカたま」

「セラフィナはルカに会いたいのかな? 同じ年の男の子と遊ばせるのは心配なんだけど」

「ルカもまだ宮殿に来られるような礼儀作法は身に付けておりません」

「にぃに」


 一生懸命ラファエルお兄様にお願いすると、難しい顔をしていたラファエルお兄様が、ため息をついてユリウス様に命じた。


「セラフィナも年の離れたわたしたちとばかり遊ぶのもつまらないかもしれない。つまらない? にぃにと遊ぶのはつまらなくないよね? ちょっと新しい刺激がほしいだけだよね?」

「あい!」

「ユリウス、今度ルカを連れてくるように」

「ラファエル殿下、大惨事になりますよ!?」

「父上と母上には話を通しておく。かわいいセラフィナのためだ。セラフィナも同年代の子どもと遊んでみるのも勉強になるかもしれない」


 苦渋の決断をしたという顔で告げるラファエルお兄様に、わたくしはルカ様と会える機会ができたことに純粋に喜んでいた。


 お茶の代わりに牛乳を飲んで、お茶菓子はほとんどラファエルお兄様と同じものを食べられるようになったので、ラファエルお兄様のお膝で切り分けて食べさせてもらって、お茶会が終わりそうになっていたときに、わたくしはラファエルお兄様の膝から飛び降りてアルベルト様の方に歩いて行った。

 アルベルト様のトラウザーズの裾を掴むと、アルベルト様を見上げて名前を呼ぶ。


「アルたま」

「どうなさいましたか、セラフィナ殿下」

「えんえん?」

「えんえん? どういうことでしょう?」


 わたくしの言葉が通じていないアルベルト様に、ラファエルお兄様が通訳してくれる。


「えーんえーんと泣いていないか聞いているよ」

「わたしは泣いていませんよ」

「いこいこ」

「セラフィナにはアルベルトが泣いているように見えるのかな? いい子いい子と撫でたいみたいだよ」

「わたしは、泣いていません……」


 言いながらアルベルト様が戸惑っているのが分かる。

 アルベルト様付きのメイドだったころ、不敬を承知でわたくしは何度もアルベルト様を撫でた。アルベルト様は両親との仲が修復されつつあったが、それでも触れ合いは明らかに足りていなくて、寂しがっていたのだ。

 わたくしもクラリッサだったころにずっと撫でて慰めてほしかった。その気持ちがあったからこそ、アルベルト様を甘やかしたかったのだ。

 クラリッサだったわたくしはアルベルト様を弟のように思っていた。アルベルト様が幸せになれることで、わたくしも幸せな気持ちになりたかったのだ。


 手を伸ばすと、アルベルト様が頭を下げてくれて、アルベルト様の艶々の真っすぐな金髪を撫でることができた。アルベルト様の髪を撫でていると、ラファエルお兄様が羨ましそうな顔をしている。


「セラフィナはアルベルトの悲しみが分かるのかもしれないね」

「こんな風にわたしを撫でてくれたひとがいました」

「アルベルト……」

「セラフィナ殿下、ありがとうございます。わたしは泣いていませんよ」


 微笑んでくれたアルベルト様だが、顔色は悪い気がする。目の下には隈があるし、笑顔もどこか陰っている。


「アルたま」

「セラフィナ殿下は優しいですね」


 あのひとのようだ。


 アルベルト様が小さく呟いたような気がする。

 あのひととはクラリッサのことだろうか。

 わたくしとクラリッサに共通点があっただろうか。


 わたくしはクラリッサだということを伝えるつもりはなかったが、セラフィナとしてアルベルト様を慰めていければいいと思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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