17.婚約式の衣装合わせと写真撮影
春が近付いて来て、アルベルト様が大きな荷物を持って宮殿の皇帝一家の住まう棟にやってきた。
今日はアルベルト様との婚約式の衣装合わせの日なのだ。
客間で着替えてきたアルベルト様と、自分の部屋で着替えたわたくしがお父様とお母様とラファエルお兄様とミカ、それにベルンハルト公爵家の叔父様と叔母様の待つ応接間に移動する。
アルベルト様の姿を見た瞬間、わたくしは息を飲んで立ち止まってしまった。
クラリッサとしてアルベルト様と出会ったときには、アルベルト様はまだ小さく手足も細かった。食が細く、体が大きくならないのを悩んでいた。
わたくしも成長不良ではあったが、アルベルト様よりも背は高かったので、「いつかはわたくしよりも大きくなれます」と応援して、少しでもアルベルト様が食べられるものを探したのだった。
それが今は成人男性よりも大きくなっていて、少し長めに伸ばしている金髪を結んでいるのがものすごく格好いい。
立ち止まって見とれていると、アルベルト様がわたくしを迎えに来てくれて、手を取って追う薩摩の中に連れて行ってくれた。
純白のドレスを着ているわたくしと黒よりも上品なダークブルーのテイルスーツを着ているアルベルト様。
格好よすぎてアルベルト様から目が離せない。
「ねぇね、かーいー!」
「セラフィナ、とてもきれいだよ」
「セラフィナもアルベルト殿も素敵ですね」
ミカは無邪気にわたくしに「かわいい」と言ってくれるし、ラファエルお兄様は手放しでわたくしを褒めてくれる。お母様はわたくしもアルベルト様も素敵だと言ってくれる。
お父様は感動しているのか目頭を押さえているようだった。
わたくしがアルベルト様を見て胸がドキドキするのを押さえていると、叔母様がわたくしの頭に花冠を乗せてくれた。白薔薇の造花で作られた花冠は、花が小ぶりで、わたくしの小さな頭でも似合うようになっている。
「なんて愛らしいのでしょう」
「このように愛らしいセラフィナ殿下が将来アルベルトと結婚してくれるなんて」
叔母様も叔父様も感激しているようだ。
わたくしがアルベルト様を見ると、アルベルト様がわたくしの手を引いて椅子に座らせてくれた。
今日は婚約の衣装の合わせだけでなく、記念撮影もするのだ。
撮影班が入ってきて、まずはわたくしとアルベルト様の写真を撮る。
椅子に座っているがアルベルト様との身長差がありすぎるので困っているわたくしを、アルベルト様が膝の上に抱き上げた。
「いいですね、仲睦まじい感じが出ていて」
「これで撮りますね」
お膝の上に抱っこされて写真を取られるなんて恥ずかしかったけれど、戸惑っている間に写真は撮られてしまった。
その後で、お父様とお母様とラファエルお兄様とミカ、ベルンハルト公爵家の叔父様と叔母様と一緒に写真を撮る。
大勢での写真は大変かと思ったが、ラファエルお兄様に抱っこされたらミカはいい子ですまし顔をしていたし、みんな笑顔で写真を撮ることができた。
「現像して額に入れて後日お届けいたします」
「頼んだぞ」
「はい」
撮影班が去っていくと、わたくしとアルベルト様は着替えて、場所をサンルームに移動した。春も近付いてもう暖かいのでサンルームでのお茶も寒くはない。
お茶とお茶菓子が出されて、ミカが椅子によじ登って一番に食べようとしている。
わたくしはアルベルト様の横に自然と椅子が用意されていた。
アルベルト様の方をちらちら見ながらお茶菓子を食べる。
普通のフロックコートを着ていてもアルベルト様はとても格好がいい。
もしかしてわたくしはものすごく格好いい相手と婚約してしまったのではないだろうか。
初めて出会ったときには、アルベルト様は七歳で、体も小さく泣いてばかりいた。あのころの記憶があるから、アルベルト様がこんなに見目麗しく育っていたことに今まで気付かなかったのだ。
「セラフィナはさっきからアルベルトのことばかり見ているね。アルベルトの顔になにかついている?」
ちょっと面白くなさそうなラファエルお兄様の言葉に、アルベルト様がくすくすと笑う。
「口元にクリームでもついていたかな?」
「そ、そんなことはありません」
「ミカエルは口の周りがクリームだらけだけど」
「ミカ!? オレリアさん、ミカの口の周りを拭いてあげて」
苺のババロアに乗っているクリームを口の周りに付けてしまっているミカに、わたくしはオレリアさんにお願いしてミカの口の周りを拭いてもらった。苺のババロアには切った苺が入っていてその食感もとても楽しい。
わたくしも食べていると、アルベルト様がババロアの上に乗っていた苺をわたくしのババロアの上に乗せてくれた。
「アルベルトお兄様……」
「セラフィナがいっぱい食べているところを見るのが楽しいんだ。たくさん食べて」
「ありがとうございます」
笑顔で言われて頬が熱くなるような気がする。
アルベルト様は微笑むと更に格好いい。金色の髪はきらきらとサンルームのガラスから入る光に輝いて、琥珀色の瞳は長い睫毛が縁取っている。鼻筋はすっと通っていて、唇は酷薄に見えない程度に薄く形がいい。
アルベルト様がこんなに格好よかっただなんて、わたくしは全く気付いていなかった。
よく見ればラファエルお兄様も赤い髪をさっぱりと短く切って、金色の目がきらきらとして格好いいし、お父様は逞しく、お母様は清楚で、ミカはかわいい。
わたくしは美しいひとたちに囲まれすぎて、感覚が鈍くなっていたのかもしれない。
自分だけが場違いな気がして俯くと、アルベルト様が首を傾げている。
「どうしたの、セラフィナ。かわいい顔がしょんぼりして台無しだよ」
「か、かわいい……わたくし、かわいいですか?」
「セラフィナは今まで見たどんな女の子よりもかわいいよ」
「わたくし、かわいい……」
そうだった。
わたくしは前世の地味なクラリッサではなかったのだ。
目の色だけはお父様に似たが、顔立ちはお母様に似ている美幼女だったのだ。
そのことをすっかりと忘れていた。
「ストラレイン王国やカラステア王国がわたくしに固執するのも……」
「セラフィナがかわいいからというのもあると思うのだ。セレナに似てこんなにもかわいく育ってしまった」
沈痛な面持ちで告げるお父様に、わたくしは驚いてしまう。
この年齢からかわいくて求婚者が絶えないのだとしたら、わたくしは年頃になったらどうなってしまうのだろう。
ちょっと怖いような気がする。
「わたしも無駄に派手で目立つ顔立ちだから、デビュタントの夜はダンスに誘われて困ったよ」
自分が美しいことをあまり歓迎していない様子のアルベルト様に、わたくしはぽつりと呟いていた。
「アルベルトお兄様は格好いいから」
「セラフィナだけがそう思ってくれたらいいのだけれど」
「わたくしだけが……」
「婚約するのだから、わたしはセラフィナのもので、セラフィナはわたしのものだからね」
アルベルト様がわたくしのもので、わたくしはアルベルト様のもの。
言葉にされるとあまりに驚いてしまってわたくしは椅子の上で飛び上がりそうになってしまう。
わたくしが誰のものかなんて考えたことがなかったし、アルベルト様が誰かのものになるなんて考えたこともなかった。
わたくしがアルベルト様のものになるのも、アルベルト様がわたくしのものになるのも、嫌ではない。それどころか嬉しい気がしてくるから不思議だ。
「アルベルトお兄様はわたくしのもの……」
「アルベルト、それはちょっと独占欲が強すぎるんじゃないか? セラフィナはまだ小さいし、わたしたち家族のものだよ」
「婚約すれば形式としてお互いがお互いのものとなるのは普通だろう? ラファエルもアンリエット嬢を自分のものだと思って、新年のパーティーでダンスを一度も譲らなかったくせに」
「それはわたしたちが同じ年で、社交界デビューもしているからだよ。セラフィナはまだ五歳だ」
「ラファエルは過保護だな」
「アルベルト相手でもセラフィナは譲れないよ」
「もう婚約しているけれどね」
ラファエルお兄様とアルベルト様が軽口をたたき合うのを聞きながらわたくしはちらりとお父様の方を見た。
お父様はわたくしと視線が合って、小さくため息をついていた。
「こんなに小さいのにもう婚約だなんて……」
「ヘリオドール様、決まったことを悔やまないでください」
「セラフィナが結婚してしまう」
「それはまだまだ先ですよ」
お父様はお父様で、わたくしの婚約に思うところがあるようで、家族に愛されているけれども、お父様とラファエルお兄様はちょっと過保護なのではないかと思ってしまうわたくしだった。
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