7.セラフィナ、初めて鏡を見る
アルベルト様と会える機会であった一歳のお披露目が終わってしまった。
わたくしは、アルベルト様を慰めることもできず、言葉を交わすこともできなかった。
一歳児の体の不便なこと。
何歳くらいになれば自由に動けて、自由に喋れるようになるのだろうか。
前世の十五歳の記憶があるだけに一歳児の体はじれったくてしょうがなかった。
一歳のお披露目のお茶会が終わって数日後、わたくしは初めて自分の姿をはっきりと見た。
それまでも子ども部屋のバスルームについている鏡でちらりと見たことはあるのだが、すぐに移動してしまったし、お風呂に入った後は湯気で鏡が曇っていた。
初めて鏡を見たのは、一歳になったわたくしのために仕立て職人が来て、様々なドレスや服などを仕立ててくれたからだった。
それまではわたくしは部屋着ではいわゆるロンパースというものを身に付けていた。上下セットになったお腹を冷やさない一体型の服である。それが一歳になったのでドレスやワンピースなど、大人と同じ服を身に付けるようになったのだ。
仕立て職人は大きな鏡を用意させて、わたくしの採寸をしていった。
その鏡の中には、自分でも驚くほどの美しい幼女が映っていた。
ふわふわとした銀色の髪、長い睫毛に縁どられた金色のぱっちりとした目、ちょっと上向きのつんとした小さな鼻、花びらのような小さな唇、血色がよく薔薇色にも見える頬。
金色の目はお父様と、銀色の髪はお母様と似ていると言われていたが、わたくしは自分の顔立ちがこんなに整っているとは思っていなかった。
お父様もお母様もラファエルお兄様もわたくしを「かわいい」とか「天使」とか言うが、身内のひいき目だと思っていたのだ。
これは確かにかわいいし、天使かもしれない。
前世が地味な顔だったために差が大きくて自分の顔だと認識できないが、これがわたくしの顔のようだ。
これから育つにつれてどのようになっていくのだろう。
他人事のようにしか思えないが、これがわたくしの顔で、一生この顔で過ごすのだと思うと、少し不安も出て来なくはない。
前世は地味だったので他の相手に興味を抱かれるようなことはなかったのだが、今世はそうはいかないかもしれない。
ため息をついて自分の頬を押さえると、目を伏せてしまう癖が前世と同じで、わたくしは間違いなくわたくしなのだと分かった。
わたくしは仕立て職人にワンピースとその下にはくレギンスやカボチャパンツを作ってもらった。体が小さいので縫う場所が少なかったのか、すぐに仕上がってきて、わたくしは赤ちゃんの象徴のようなロンパース生活を卒業することができた。
ラファエルお兄様も十一歳になって、これまでと変わったことがあったようだった。
内容は幼稚でつまらないのだが、挿絵がきれいなのと、ラファエルお兄様が読んでくれることで特別感がある絵本をわたくしは気に入っていた。ラファエルお兄様は暇を見つけてはわたくしのいる子ども部屋に来て絵本を読んでくれる。
そのときにわたくしに話してくれた。
「十二歳になった秋には学園に入学しないといけない。そのときには集団生活になるから、少しでも慣れるようにアルベルトとユリウスとこの秋から一緒に勉強をしているんだ」
アルベルト様がこの宮殿に来ている!?
それはわたくしにとっては大事な情報だった。
アルベルト様とユリウス様はラファエルお兄様が集団生活に慣れるように、一緒に勉強をしているという。
それならば、わたくしも会える可能性があるのではないか。
ラファエルお兄様がアルベルト様とユリウス様を連れて子ども部屋に来てくれることは難しそうだが、何か手が打てるのではないか。
わたくしは絵本を片付けて勉強に行こうとするラファエルお兄様の足にしがみ付いた。
わたくしも一緒に行きたい。
アルベルト様と会いたい。
「どうしたの、セラフィナ、絵本をもっと読んでほしかった?」
「にぃに、にぃに!」
「にぃには勉強しないといけないんだよ。将来いい皇帝になるためにね」
「にぃに! びぇぇぇぇ!」
わたくしを置いて行っては嫌だとひっくり返って泣くと、ラファエルお兄様が困っているのが分かる。大好きなラファエルお兄様を困らせるのは本意ではないが、何とかアルベルト様に会いたい。
アルベルト様に会ってその心を慰めたいし、どれほど落ち込んでいるかも知りたい。
わたくしには圧倒的に情報が足りなかった。
ひっくり返って手足をばたつかせて泣いていると、乳母がラファエルお兄様に声をかける。
「ラファエル殿下、後は何とか致しますので、行ってください。ラファエル殿下のお姿が見えなくなれば、落ち着くかもしれません」
「そうかな。ごめんね、セラフィナ」
ラファエルお兄様が行ってしまう。
わたくしは身を起こしてラファエルお兄様の足にしがみ付いた。
「びぇぇぇぇ! ぶぇぇぇぇ!」
鼻水を垂らして泣き喚くわたくしに、ラファエルお兄様は気持ちが揺らいだようだ。動けなくなっている。
「家庭教師とアルベルトとユリウスを呼んできて。ここでも勉強はできる。セラフィナがひきつけを起こしてしまうくらい泣いているなんて、わたしは放っておけない。セラフィナがいるくらいで集中力を欠いてしまっては、わたしは立派な皇帝にはなれない」
凛とした声で告げるラファエルお兄様が、わたくしを抱き上げてあやしてくれる。ものすごい勢いで泣いてしまったので、すぐには落ち着けずに、「ひっく、ひっく」としゃくりあげているわたくしの背中を撫でて、ラファエルお兄様が額にキスをしてくれた。
ラファエルお兄様に呼ばれた家庭教師とアルベルト様とユリウス様が子ども部屋にやってくる。
子ども部屋の机で、勉強が始まった。
わたくしは最初はラファエルお兄様の膝の上に抱っこされていたが、しゃくりあげるのが落ち着くと、床に降ろされて、絵本を渡される。わたくしは絵本を破ったり口に入れたりしないのは分かっているので、乳母もわたくしが静かに絵本を見ていると、安心したようだ。
ラファエルお兄様は語学や歴史や算術の勉強をしている。
十二歳まで平民の通う学校に通っていたが、そこまでの知識はなく、わたくしにはあまり分からなかったが、ラファエルお兄様とアルベルト様とユリウス様が高度な勉強をしているのだけは感じていた。
邪魔をしてはいけないと、絵本を読むふりをしているが、耳はずっとラファエルお兄様とアルベルト様とユリウス様の話し声を聞いていた。家庭教師とやり取りをしているが、勉強の休憩には雑談もするだろう。
じっと聞いていると、ラファエルお兄様がアルベルト様とユリウス様をお茶に誘った。
「今日の勉強はこれで終わりだ。一緒にお茶をしていかないか?」
「わたしでよろしければ」
「ご一緒させていただきます」
「セラフィナも一緒でいいよね?」
「愛らしいセラフィナ殿下と同席できて嬉しいです」
「構いません」
ユリウス様は明るい表情に明るい答えをしていたが、アルベルト様はやはり表情が暗い。
ティールームに移動して、わたくしはラファエルお兄様の膝に抱き上げられていた。
「セラフィナはわたしのことが好きなようで、どうしても離れたがらないんだよ」
「分かります。わたしの弟も、わたしのやることに興味を持って全然離れたがりません」
「これからも勉強のときはセラフィナが一緒でもいいかな?」
「わたしは弟で慣れていますから」
「セラフィナ殿下は大変大人しいようですので、問題はありません」
よかった。
これからもわたくしはラファエルお兄様とアルベルト様とユリウス様の勉強に同席できるようだ。
その後のお茶の時間も一緒にできるかもしれない。
アルベルト様とユリウス様の前にはティーカップとお茶菓子が用意されるが、ラファエルお兄様の前には牛乳が入った小さなカップとわたくしのためのボーロやおせんべいやヨーグルトが用意されていた。
ラファエルお兄様はそれを手に取り、わたくしに差し出してくれる。
これではラファエルお兄様がお茶ができないのではないだろうか。
「うー! あうー!」
乳母にしてもらうと体を捩じってラファエルお兄様に示そうとしても、通じない。
ラファエルお兄様はジャムの入ったヨーグルトをよく混ぜてスプーンで掬った。口元に持って来られると、ついつい口を開けてしまうのが一歳児の体である。お口の中にジャムの味のするヨーグルトが広がると、もちゅもちゅと咀嚼してごくんと飲み込む。
ヨーグルトは前世ではほとんど食べたことがなかったが、こんなにも美味しいものだっただなんて知らなかった。
牛乳が腐る寸前のものをヨーグルトだと認識していて、苦手意識まであったのに、こんなにまろやかで少し酸っぱくて美味しいとは驚きだ。
食べているとじっとアルベルト様がわたくしを見ているのが分かる。
どうかしただろうか。
わたくしの口元にヨーグルトがついているだろうか。
「アルベルト、セラフィナに食べさせたいのかな?」
「いえ……セラフィナ殿下の表情が……」
「セラフィナの表情が?」
「知り合いに似ていた気がしただけです」
わたくしはどんな顔をしていたのだろう。
初めてアルベルト様にお茶に誘われてお茶菓子を食べたときの美味しさ。あれを思い出していたのかもしれない。
セラフィナのわたくしとクラリッサのわたくしの表情が似ていてもおかしくはない。
「あうーあうー」
アルベルト様、クラリッサのことを忘れるのは難しいかもしれませんが、少しでも心を癒してください。
アルベルト様には公爵家嫡男としての輝かしい未来があるのです。
そう告げたくても告げられない自分が、悔しかった。
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