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転生皇女セラフィナ  作者: 秋月真鳥
三章 セラフィナの婚約

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9.ハンカチの刺繍

 五歳になってわたくしは手足もすらりと伸びて来たし、真ん丸だったお腹も少しすっきりしてきた。

 五歳にもなると子どもはそれなりの大きさになる。

 前世ではこの年齢では働いていたから、できることも多くなった。


 まだ指先はぷるぷると震えてしまうが、わたくしはお母様に習って縫物を始めた。手が小さくて難しいところもあるが、前世でも縫物はしていたので記憶として覚えているところがある。

 わたくしが頑張って刺繍したハンカチをお母様はお父様に見せていた。


「セラフィナは手先が器用なのですよ。見てください、ハンカチに刺繍をしたのです」

「とてもかわいいタンポポの刺繡だね。わたしがもらってもいいのかな?」

「お父様、もらってください」

「娘からの初めてのプレゼントだ。大事にするよ」


 タンポポの刺繍をした白いハンカチをお父様は大事にポケットにしまっていた。


 文字もかなりきれいに書けるようになったし、マス目も大きなものでなくてよくなった。

 便箋にも前は数文字しか書けなかったのだが、今はもっと書けるようになっているので、手紙を書くことも可能だ。


 これに関してはバロワン先生が辛抱強く教えてくれたおかげに他ならない。


 午後の授業も週三回ではなくて、週末以外の毎日になっている。


 学ぶことも縫物をすることも楽しい。

 それはこれが強制されたことではないからだと思う。


 前世では縫物は生活のためにしなければいけなかったが、今世では好きなものを縫うことができる。まだ小さなものしか縫えないが、そのうち大きなものも縫えるようになるだろう。


 五歳になってからは、わたくしは一人部屋で過ごす時間も長くなった。

 勉強や縫物は一人部屋でしかできない。勉強をしているとミカが気にして邪魔をすることがあるし、縫物の道具は小さなミカにはまだ危ないので一人部屋でだけ使っているのだ。

 本来ならば縫物も先生についてするのだろうが、お母様が教えてくれているのでありがたく教わっている。

 お母様は忙しい時間の合間を縫ってわたくしのところに来てくれていた。


「娘が生まれたら、縫物や編み物を教えるのが夢だったのです」

「息子だといけないのですか?」

「ラファエルは縫物にも編み物にも興味を持たなくて。ミカエルもきっとそうでしょうね」


 そういうことは男性のすることではないと思っているのかもしれない。男性でも仕立て職人になるひとはたくさんいるのに、日常的な縫物となると、女性がすることが多いのだろう。


「ラファエルも今年で社交界デビューします。お茶会の誘いも増えますし、夜会や晩餐会も呼ばれるでしょう。そのときに、セラフィナの刺繍したハンカチがあれば、ラファエルは喜ぶのではないでしょうか」

「お兄様がわたくしのししゅうしたハンカチでよろこびますか?」

「貴族社会での交流とはときに煩わしいものです。そんなとき、ポケットにセラフィナの刺繍したハンカチがあれば心が和むでしょう」

「アルベルトお兄様も?」

「きっと」


 お母様に言われて、わたくしはラファエルお兄様とアルベルト様のハンカチに刺繍をし始めた。一針一針丁寧に縫っていくので、とても時間がかかる。間違えたところは解けばいいのだが、お母様は妥協を許さなかった。


「ここ、歪んでいますね。解きましょう」

「はい……」


 少しだけだからいいかと思うのだが、お母様の美意識には敵わないようだ。


「社交界に持って行くものなのですから、美しくなければいけません」

「はい!」


 気合を入れて一針一針縫っていく。

 お母様に何度解いてもらっても、わたくしはめげなかった。


 タンポポの刺繍、四つ葉のクローバーの刺繍、スミレの刺繍。

 簡単なものしかできなかったが、わたくしはなんとかハンカチを仕上げていた。


 デビュタントは新年のパーティーで行われる。

 それより先にわたくしはラファエルお兄様とアルベルト様にハンカチを差し上げたかったのだ。


 新年のパーティーの前にベルンハルト公爵家にお泊りに行くことになっている。

 そのときに渡せばいいだろう。


「ねぇね、おかたまー!」


 オレリアさんに抱っこされたミカが廊下に来ているのに気付いて、わたくしとお母様は裁縫セットを片付けた。ミカにはまだ針やハサミを扱うのは早すぎる。


「どうしましたか、ミカエル」

「さびしくなりましたか?」


 廊下に出ると、ミカがオレリアさんから降ろしてもらってぎゅっとわたくしに抱き着いてくる。子ども部屋から卒業してから、自分の部屋で過ごす時間が多くなったわたくしに、ミカは寂しさを覚えているようだった。


「ねぇね、えぽん」

「子ども部屋に行って絵本を読みましょうか」

「あい」


 わたくしが言えばミカはお母様に向かって両腕を広げた。抱っこしてほしいという合図に、お母様がミカを抱っこする。


「ミカエルも重たくなりましたね」

「みー、おっちい?」

「大きくなりましたよ。お父様に似て、背が高くなるかもしれませんね」

「みー、おっちくなる」


 お父様に似たら見上げるほどの長身になってしまうだろう。

 わたくしの弟だが、ミカはいつかわたくしの身長を超える。それはわたくしが女の子でミカが男の子だから仕方がない。

 こんなに小さくて生まれたときから知っているのに、いつかわたくしの身長を超すだなんて信じられないが、そのときにはわたくしはミカの成長を喜ぶことができるだろう。


 ミカと子ども部屋に行くと、エリカに寄りかかったわたくしとミカに、お母様が絵本を読んでくれた。

 お母様も忙しいのでもう行ってしまうかと思っていたが、ミカとの時間もちゃんととってくれているようだ。


 絵本を三冊読むと、お母様は公務に戻らなければいけなくなった。


「また来ますからね、セラフィナ、ミカエル」

「はい、お待ちしています。お母様」

「ママ、またね」

「あなたたちのことを愛しています」


 ぎゅっとわたくしたちを抱き締めるお母様に、わたくしは本当に愛されているのを実感する。

 前世で愛を受け取れなかった分、神様は今世でわたくしに愛を受け取れるようにしてくれたのかもしれない。

 ルナール男爵夫妻はもう裁かれて家はお取り潰しになったかもしれない。

 そうであっても、わたくしは全く胸が痛まないことに気付く。


 前世の両親であるルナール男爵夫妻は、わたくしを虐待していたのだ。

 たくさんの愛情に囲まれて生きる今になって、わたくしは愛されていなかったし、虐待されていたのだと気付く。

 前世ではそれが当たり前だったから気付くこともなかった。


 わたくしがルナール男爵夫妻のことを思い出していると、ミカが金色の目でわたくしを覗き込んでいた。

 金色の目に真っ赤な髪。ミカはお父様に似ているし、ラファエルお兄様にもよく似ている。


 わたくしは金色の目はお父様に似たが、顔立ちや髪の色はお母様にそっくりだった。


「ねぇね、あとぼ」

「何をして遊びますか?」

「ぬいぐうみ」

「ぬいぐるみで遊びますか」


 積み木でぬいぐるみの家を作ってあげて、わたくしとミカはぬいぐるみでままごと遊びをする。ミカはお誕生日にもらったクマのぬいぐるみを持って、積み木で作った家に「たらまー!」と帰ってきていた。


「お帰りなさい。ご飯ができていますよ」

「ごはん! おいち!」

「おいしかったならよかったです」


 わたくしはお人形でミカを出迎えて、ご飯の仕度をするふりをする。子ども部屋にはままごとセットもあった。

 ままごとセットのお皿に乗せたおもちゃの食材をミカがぬいぐるみのクマに食べさせている。

 ミカとの遊びは、わたくしの中でも心安らぐ瞬間だった。

読んでいただきありがとうございました。

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