5.ミカエルの熱
ラファエルお兄様のお誕生日がきた。
今年でラファエルお兄様は十五歳になられて、社交界デビューする。皇族なのでこれまでも式典には参加していたが、夜会にも出られるようになる。
それはラファエルお兄様と誕生日が近いアルベルト様も同じだった。十五歳になればデビュタントを終えて、社交界デビューして夜会に出るようになる。
社交界デビューしたアルベルト様には、これまで以上に縁談が持ち込まれるだろう。夜会でもたくさんの令嬢にダンスを申し込まれるに違いない。アルベルト様はそれをどうするのか。
わたくしには関係ないのだが、関係ないと思いつつも気にしてしまうわたくしがいた。
ラファエルお兄様のお誕生日に合わせて、わたくしは庭の春薔薇を切ってもらっていた。真っ赤な薔薇がラファエルお兄様の髪の色のようで、わたくしは今年はそれを送りたいと思っていたのだ。
わたくし、四歳になってなんと、リボン結びができるようになった。指先に力が入らないので解けやすいのだが、それはお母様が工夫して結び目を目立たないように二針縫ってくれて固定してくれた。
ラファエルお兄様のお誕生日の朝、ラファエルお兄様とお父様とお母様が子ども部屋に来てくれた。ミカははしゃいでお父様に抱っこされてぐるぐると回してもらっている。
「ラファエルおにいさま、おたんじょうびおめでとうございます」
「わたしにくれるの? きれいな真っ赤な薔薇だ」
「ラファエルおにいさまのかみのいろににているとおもったのです。わたくし、リボンをむすびました」
「縦結びにならないように頑張っていたのですよ。解けないように、わたくしがリボンは縫い付けています」
「ありがとうございます、セラフィナ、母上」
真っ赤な薔薇の花束を抱き締めて微笑むラファエルお兄様に、わたくしは嬉しくなって体が飛び跳ねそうになるのを必死で抑えていた。
ラファエルお兄様とお父様とお母様がラファエルお兄様のお誕生日の式典に向かって、わたくしはミカと二人だけになった。
ミカはお父様に遊んでもらって疲れたのか、ソファに座って大人しくしていた。
わたくしはバロワン先生との午前中の授業を終えて、子ども部屋に戻ってきて、昼食をミカと一緒に食べたが、いつもは食いしん坊のミカが今日はほとんど食べていない。気が散っているのかと思ったが、どこかとろんとした目で眠そうにしている。
「ミカはおとうさまにあまえてつかれたのかもしれません。はやめにおひるねを」
「そうですね。ミカエル殿下、お着替えをして休みましょう」
オレリアさんにベッドに連れて行かれたミカは大人しく休んでいるようだった。
わたくしも昼食後は着替えてベッドに入った。
眠っていると、なんだか妙に暑い。
春先なのにおかしいと思っていると、腕の中にミカがいた。
「ミカ……あつい……え!? ミカがあつい! オレリアさん、ミカがあついです! おねつです!」
ミカの額に手をやるとびっしょりと汗をかいていて、かなり熱かった。ベッドに入るまでは発熱していなかったのだろう、オレリアさんも気付いていない様子だった。
急いでオレリアさんが来て、ミカを抱き上げて熱を測る。
マティルダさんがその間に医者を呼んできていた。
子ども部屋は大騒ぎになっていた。
医者が呼ばれて、ミカの診察をする頃には、お母様が式典を抜けて子ども部屋に来ていた。
「ミカエル、ごめんなさい。お父様もラファエルも心配で様子を見に来たがっていたのですが、どうしても式典から抜け出せなくて。熱が高くて苦しいですね」
「皇后陛下、ミカエル殿下は風邪かと思われます」
「休んでいれば治りますか?」
「消化にいいものを食べていただいて、しばらく休めば治ると思います。ただ、セラフィナ殿下は隔離された方がいいかもしれません」
わたくしの方をちらりと見て医者が言った。
ミカは熱を出して心細いに違いないのに、わたくしはミカから離れなければいけない。
「おかあさま、わたくし、へいきです」
「セラフィナ、うつってはいけないので、しばらくは自分の部屋で過ごしてください」
「でも、ミカがさびしがります」
「寂しいかもしれませんが、仕方がないことです」
きっぱりと言われてしまって、わたくしは仕方なく荷物を纏めて自分の部屋に移った。
ミカは今頃苦しんでいないだろうか。
わたくしと一緒に寝るのが好きなミカが、わたくしがいないことに気付いて寂しがっていないだろうか。
心配で、何度も子ども部屋に行こうとするのをマティルダさんに止められる。
「いけません、セラフィナ殿下。ミカエル殿下が治るまでの辛抱です」
「ミカがしんぱいなのです」
「ミカエル殿下はすぐにお元気になられます」
ミカは一人で泣いているかもしれない。
それを思うとわたくしの小さな胸が痛んだ。
わたくしの部屋はラファエルお兄様の部屋の隣なので、ラファエルお兄様が式典後に顔を出してくださった。わたくしはもう眠る時間になっていたが、ミカのことが心配でなかなか眠れなかった。
ベッド脇に来たラファエルお兄様がわたくしの頬を撫で、額にキスをしてくれる。
「ミカエルのことは心配だね。セラフィナも風邪にかからないようにゆっくり休んで」
「おにいさま……ミカは、ねむるときにわたくしのベッドにはいってくるの。わたくしがいなかったら、ミカがないてしまうかもしれない。ミカがかわいそう」
心配で涙が出てくるわたくしに、ラファエルお兄様がその涙を拭ってくれる。
「セラフィナの代わりにわたしが毎日お見舞いに行くよ。ミカエルの様子を教えてあげる」
「おねがいします」
ラファエルお兄様がお見舞いに行ってくれるのならば、ミカエルの寂しさも少しは晴れるかもしれないとわたくしは安堵して眠りについた。
翌朝、起きるとお父様とお母様とラファエルお兄様と朝食をご一緒することになった。普段は子ども部屋で食べているのだが、今日はミカが熱を出しているし、一人で食べることになるのをお父様が気にかけて一緒に食堂で食べられるようにしてくれたのだろう。
食堂に行くと、お父様がわたくしに言った。
「昨日の夜にミカエルの熱は高くなったようだが、今朝には下がっていたと聞いた。今夜上がらなければ回復に向かうだろう」
「おとうさま、ミカはないていませんでしたか?」
「大丈夫だよ、セラフィナ。昨夜はわたしとセレナが交代で様子を見に行っていた」
お父様とお母様が交代で顔を出してくれていたのならば、ミカも寂しくはなかっただろう。
公務も忙しいはずなのに、お父様とお母様は自分が眠って休むことよりもミカを優先している。これが父親と母親の正しい姿なのだとわたくしは胸がじんとするのを感じた。
前世の両親はわたくしが熱を出そうと、死にそうになろうと、全く構わないひとたちだった。死んだときですら亡骸を受け取りに来なかったし、わたくしが死ぬかもしれないと分かっていながら、ベルンハルト公爵家の馬車を襲わせた。
前世の両親と今の両親の違いを見せつけられた気がして、わたくしは愛されていることを実感していた。
「学園から帰ったら、ミカのお見舞いに行くよ。その後で様子を伝えるね」
ラファエルお兄様もそう言ってくれてわたくしは安堵していた。
ミカの熱はそれ以後上がらず、三日後にはわたくしは子ども部屋に戻れた。
ミカと引き離されていた三日間、わたくしはものすごく寂しかったし、ミカに会いたかった。
子ども部屋に戻ってきたわたくしを見て、ミカが駆け寄ってぎゅっと抱き着いてくる。わたくしもミカの小さな体をしっかりと抱き締めた。
「ミカ、がんばりましたね」
「ねぇね! ねぇね!」
ミカが涙声になっているのが分かって、ミカも寂しかったのだと分かる。
ミカは生まれてから初めて病気になったので、とても心細かっただろう。
「がんばったミカにごほうびをあげないといけませんね。えほんをよみますか? つみきであそびますか?」
「えぽん!」
「それではえほんをよみましょうね」
ミカが好きな絵本を用意して、床の上に寝そべるエリカにもたれかかるようにして絵本を読んであげる。ミカは金色の目を輝かせて聞いていた。
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