4.アカデミーの話
ラファエルお兄様とアルベルト様は学園卒業後にアカデミーに進学するようだった。
わたくしはルナール男爵家のことを聞きたい気持ちはあったが、聞けないので、その代わりにアカデミーのことを聞いてみる。
「おにいさま、アカデミーはそつぎょうまでになんねんくらいかかるのですか?」
「二年から六年だよ。短い学科は二年だけれど、普通の学科は四年、医学科など長い学科は六年かかるかな」
「おにいさまはなんねんくらいかかりますか?」
「わたしは四年かな。アルベルトもそうだろう」
「いえ、わたしは六年かもしれません」
「え? アルベルト、医者になりたいの?」
これまでアルベルト様の進路を聞いたことがなかったわたくしも意外だったし、ラファエルお兄様も意外だったようだ。
「医者になれば、身近なひとを助けられるかもしれませんし、領主が医者ならば領民も安心でしょう」
身近なひとを助けられるかもしれない。
その言葉にはクラリッサのことが入っているのかもしれない。
クラリッサもすぐに処置されれば命を取り留めたかもしれない。アルベルト様はそれを考えているのだろう。
死んでしまったクラリッサのために医者になりたいというアルベルト様の気持ちは、苦しいものかもしれないが、前向きでもあった。
「おうえんします、アルベルトおにいさま」
「それは心強いですね。ありがとうございます」
わたくしが小さな拳を握り締めて言えば、アルベルト様は微笑んで答えてくれた。
「セラフィナが生まれたとき、わたしは悲しみと苦しみの中にいて、将来のことなど考えられませんでした。セラフィナがわたしの妹のようにわたしを想ってくれて、応援してくれる今、やっと将来のことが考えられるようになっています」
「アルベルトおにいさま……」
「本当にアルベルトはセラフィナが大好きだね。妬けるくらいだよ」
苦笑しているラファエルお兄様に、アルベルト様が肩をすくめる。
「ラファエルは妹のことをかわいがりすぎじゃないのですか。そういうのを、シスコンというらしいですよ」
「し、シスコン!? 上等じゃないか! わたしはシスコンで構わないよ!」
「ミカエルが大きくなったら、ミカエルのことも過保護にかわいがりそうだし」
「それはそうだろう。年の離れたかわいい弟妹のことを愛さないわけがないじゃないか」
当然と胸を張ってしまったラファエルお兄様に、アルベルト様が聞こえよがしに言う。
「これでは、セラフィナに縁談が来たときは大変そうですね。わたしが味方ですからね、セラフィナ。好きな相手ができたら、一番に相談してくださいね」
「なにを言っているんだ! セラフィナに好きな相手ができたら、わたしに一番に相談するに決まっているだろう!」
「さぁ、どうでしょうね。セラフィナに聞いてみないと」
「セラフィナ、わたしに相談してくれるよね?」
からかっている様子のアルベルト様に、必死の様子のラファエルお兄様。
こんなアルベルト様の姿は初めて見たので、わたくしは驚いていた。
アルベルト様が普通の従兄弟のようにラファエルお兄様をからかって遊んでいる。
それは年相応の姿で、わたくしは少しだけ安心する。
クラリッサのことばかり考えていたアルベルト様が、今はラファエルお兄様と軽口をたたき合う仲になっている。
「わたくしには、まだはやいです。すきなひととか、よくわかりません」
「それもそうですね。セラフィナはまだ四歳ですからね」
「そうだよね。よかった。もう好きなひとがいるとか言われたら、わたしはどうしようかと」
胸を撫で下ろすラファエルお兄様に、わたくしはもし好きな方ができたら大変なことになるのではないかと思っていた。
残念ながら、わたくしには好きな方はいない。
アルベルト様のことは好きだが、これは前世で弟のように思っていた延長線上だし、今世で兄のように慕っているに過ぎない。
ラファエルお兄様もミカもお父様もお母様も、家族としての好きだし、それ以上になり得るはずがない。
わたくしがそう思っていると、ラファエルお兄様がわたくしを抱き上げる。額をこつんと合わせられて、ラファエルお兄様の金色の目が真っすぐにわたくしを映していた。
「かわいいセラフィナ。いつかどこかに嫁いでしまうなんて信じられない。そうだ、セラフィナには婿を取らせたらいいんじゃないだろうか。この宮殿でずっと幸せに暮らせばいい」
「ラファエル、それは横暴なんじゃないですか? セラフィナにも選ぶ権利がありますよ」
「どこかの貧乏貴族に心奪われたり、平民に……あぁ、我慢ができない。セラフィナには相応しい相手を」
「ラファエル、まだセラフィナは四歳です。考えすぎないで」
アルベルト様に諫められてもラファエルお兄様の暴走が止まらない。
それを聞いていると、廊下から声が聞こえてきた。
「ねぇね、にぃにー!」
オレリアさんに抱っこされたミカが廊下から呼んでいる。
「ミカをさみしくさせてしまったかもしれません。おにいさま、アルベルトおにいさま、ミカといっしょにおちゃをしませんか?」
「ミカエルはセラフィナが部屋にいなくて寂しくなってしまったのか。ティールームに移動しよう、アルベルト」
「はい、ラファエル」
ミカのためにティールームに移動すると、ティールームで椅子に座らされたミカは牛乳がほとんどのミルクティーを飲んで、お茶菓子を食べて満足そうにしていた。その金色の目がきょろきょろとわたくしたちを見ているのが分かる。
「さいきん、ミカはさびしがりやなのです。よるも、わたくしのベッドにはいってくるし」
ミカは一歳を超えてベビーベッドを卒業していた。わたくしのベッドの横にあるベッドに寝ているのだが、夜にもそもそとかわいくお尻からベッドを降りて、わたくしのベッドにもぐりこんでくる。小さくてかわいいミカが一緒に眠れるのは嫌ではないので、わたくしは受け入れているが、朝にミカを起こしに来たオレリアさんが苦笑していることがよくあった。
「寂しいという感情が生まれたのならば、それも成長です。ミカエルは大きくなったのですね」
ミカの寂しいという感情も受け止めてくれるアルベルト様に、ミカが口の周りを牛乳で真っ白にしてにっこりと微笑んでいる。
オレリアさんがミカの口の周りを拭いていた。
「あうー」
「わたしの名前を呼んでくれているのですか? アルベルト、ですよ」
「あうべうと」
「とても上手です」
「じょーじゅ!」
アルベルト様がなにを言っているか理解できていないかもしれないが自分のことを話していると分かっているのか、ミカはにこにこしてアルベルト様を呼んでいる。ミカもわたくしと同じく、アルベルト様大好きな子に育つのかもしれない。
「ミカエル、わたしの名前は?」
「にぃに!」
「ラファエルだよ。ラファエル」
「にぃに?」
アルベルト様が名前を呼ばれて悔しかったのか、ラファエルお兄様が自分の名前をミカに教えようとしているが、ミカは首を傾げてよく分からない様子だった。
ミカの様子にわたくしとアルベルト様は顔を見合わせてくすくすと笑ってしまって、ラファエルお兄様がむっとした表情になっている。わたくしにとってはラファエルお兄様は年上で大人なイメージなので、こういう表情はとても珍しい気がする。
「にぃに、らっこ!」
「おいで、ミカエル」
お茶菓子を食べ終えてしまったミカが、ラファエルお兄様に抱っこをねだっている。ラファエルお兄様は椅子から立ち上がってミカを抱っこした。ミカがぎゅーっとラファエルお兄様に抱き着いて、きゃっきゃと笑っている。
「ミカはおにいさまがだいすきですね」
「ラファエルはミカエルのいい兄なのですね」
わたくしとアルベルト様に言われて、ラファエルお兄様は胸を張っていた。
「当然だよ。ミカエルのことをわたしは愛しているからね」
「にぃに、すち!」
「わたしもミカエルのことが大好きだよ」
「すち!」
頬ずりされて嬉しそうにしているミカを見ると、わたくしも嬉しい気分になってくる。
ラファエルお兄様は愛情が過ぎるところはあるが、間違いなくわたくしとミカを愛してくれていた。
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