1.新年の式典とルナール男爵家の真実
新年の式典のときには、わたくしもミカも参加できなかったが、ラファエルお兄様とお父様とお母様が子ども部屋に来てくれて、わたくしとミカに挨拶をしてくれた。
「セラフィナ、ミカエル、新年おめでとう。今年もよろしくね」
「セラフィナにとっても、ミカエルにとってもよい年になるように、この国を導いていくよ」
「セラフィナ、ミカエル、新年おめでとうございます」
わたくしもミカもそれに答える。
「おにいさま、おとうさま、おかあさま、しんねんおめでとうございます。おとうさま、おかあさま、ことしもしつむがんばってください。おにいさま、ことしもよろしくおねがいします」
「ぱっぱ、まっま、にぃに、ねぇね、すち!」
ミカが口にした言葉に、ラファエルお兄様もお父様もお母様も驚いたし、わたくしも驚いた。ミカが「好き」だなんて言えるとは知らなかった。
「ミカ、もういちどいってください」
「わたしのことが好きなの?」
「わたしに好きと言ったよね?」
「ミカ、もう一度!」
わたくしとラファエルお兄様とお父様とお母様に詰め寄られて、ミカはにこっと笑って言った。
「すち!」
ミカがわたくしたちを好きと言ってくれている。
一年の始まりは素晴らしいものになりそうだった。
お父様とお母様とラファエルお兄様が式典に行ってしまってから、わたくしとミカは子ども部屋で過ごしていた。午前中にはエリカと一緒に散歩に行って、庭でミカと「待て待て」をして遊んだし、昼食は式典で振舞われる料理と同じものだった。
前菜からスープ、魚料理に肉料理と豪華な料理が並んで、ミカは大興奮して食べていた。わたくしも食べたのだが、量が多すぎて残してしまった。
「ミカエル殿下、食べすぎではないですか? これくらいにしておきましょうか?」
「やー!」
「ミカエル殿下、気分が悪くなってしまいますよ!?」
もりもりと食べているミカにオレリアさんが必死に止めているが、ミカは食べるのをやめそうになかった。
昼食を食べると、わたくしとミカはお昼寝をする。わたくしはそろそろお昼寝はいらないのではないかと思っているのだが、お腹がいっぱいになると眠くなってくるので、少し休もうと思うと眠っている。
もう四歳なのだから起きていられると思うのだが、うまくいかないものだ。
前世ではこの年齢ではもう使用人と同じように働かされていたし、こんな風にお昼寝もさせてもらえなかったはずなのに、今世の体はすっかりとお昼寝のある生活に慣れ切っていた。
お昼寝から起きると、お茶の時間になっている。
お茶の時間も今日はミカと二人で過ごさなければいけない。
新年の式典は昼から夜にかけて続く。
貴族たちが十五歳になるとデビュタントを迎えるのだが、それも新年の式典で行われるので、お父様とお母様は大忙しだろう。
わたくしはミカとゆっくり過ごしているが、六歳になってお茶会デビューすることになったら、新年の式典にも参加するようになるのかもしれない。晩餐会には参加できないが、昼食会からお茶会までの時間は拘束されるだろう。
その間はミカは一人で過ごさなければいけなくなる。
そのころにはミカも三歳になっているのだが、どんな子に育っているか分からない。
魔の三歳と言われるイヤイヤ期真っただ中かもしれない。
じっとミカの方を見ていると、ミカが食べていた焼き菓子をわたくしの方に差し出してきた。
「ねぇね?」
「ミカがたべていいのですよ。わたくしはわたくしのぶんがあります」
「あい」
安心して自分の分を食べているミカに微笑みかけて、こんなにかわいいミカが魔の三歳になってしまうのは怖いが、ミカが成長していくのは楽しみだと思っていた。
お茶の時間が終わると、わたくしはテーブルについて文字の練習を始める。ミカも横に座って画用紙にクレヨンで何か書いている。
わたくしの真似をしているのだろう、真剣な表情がかわいい。
わたくしはようやく文字が大きなマス目に入るように書けるようになってきた。
ぐにゃぐにゃだった線も、少しは整ってきた。
「ねぇね」
「どうしましたか、ミカ?」
「ねぇね!」
ミカが自分の書いたものをぐいぐいと見せてくるので、わたくしはミカの求めている言葉に気付いた。わたくしはふわふわのミカの赤い髪を撫でて微笑む。
「ミカ、とてもじょうずですよ」
「じょーじゅ!」
「はい、じょうずです」
褒めるとミカは満足して、新しい紙にまた何かクレヨンで書いていた。
お茶会から晩餐会までの間に休憩があったのか、ラファエルお兄様が子ども部屋を訪ねて来てくれた。アルベルト様もご一緒だった。
「セラフィナ、ミカエル、新年おめでとうございます」
「アルベルトおにいさま、しんねんおめでとうございます」
「あー! あー!」
「はい、アルベルトです」
ミカは上手にアルベルト様の名前を呼べないので「あー」と言っているが、アルベルト様には通じているようだ。
「セラフィナは勉強をしていたのかな? 今日は家庭教師は休みなのに、偉いね」
「すこしでもはやくじょうたつしたくて」
「セラフィナが書いたのですか? とても上手に書けていますね」
わたくしの書いていたテーブルの上に広げたマス目のあるノートを見て、ラファエルお兄様とアルベルト様が褒めてくださる。それに対して、素早くミカが自分の書いた画用紙を持って来てアルベルト様とラファエルお兄様にアピールする。
「ミカエルはお絵描きをしていたのかな?」
「これはなんでしょう?」
何を書いてあるのか分かっていないラファエルお兄様とアルベルト様に、わたくしはそっと伝える。
「ミカもわたくしのまねをしてべんきょうをしていたつもりなのです。ほめてほしいのです」
「そうか、分かったよ」
「ミカエルも褒めてほしいのですね」
わたくしに言われて理解したラファエルお兄様とアルベルト様が、順番にミカの髪を撫で抱っこする。
「ミカエルも頑張ったね。偉いね」
「とても上手ですよ」
「あい!」
褒められてミカは満足して胸を張っていた。
短い休憩時間に顔を出してくれたようで、ラファエルお兄様とアルベルト様は慌ただしく子ども部屋を出て行く。そのときに、わたくしはラファエルお兄様が付けていたラペルピンが子ども部屋に落ちているのに気付いた。アメジストの飾られた葡萄の形のラペルピン。
拾って廊下までラファエルお兄様を追いかけていくと、ラファエルお兄様とアルベルト様が廊下で話しているのが聞こえた。
「ルナール男爵家に警察の取り調べが入ったのだろう? そこで、ルナール男爵家がアルベルトを襲うためにひとを手配するように指示した文書が出てきたと聞いたけど」
「わたしのメイドはそれに関わっていないと思います。彼女はルナール男爵夫妻から虐待を受けていて、ルナール男爵夫妻の命令に従うことはなかったと思います」
「アルベルトを襲った相手をルナール男爵が手配していたとなると、ますますルナール男爵家のお取り潰しは間違いないな。それにしても、それを指示した相手を吐いてくれるか……」
「減刑でもちらつかせたら簡単に吐くのではないですか?」
ラファエルお兄様とアルベルト様の話している内容に、わたくしはショックを受けて立ち尽くしてしまった。
ルナール男爵家はクラリッサの生家である。クラリッサの両親がアルベルト様襲撃に関わっていて、クラリッサの死にも関わっていただなんて。
あの両親は本当に娘の命なんてどうでもよかったのだ。むしろ、死んでほしかったのかもしれない。
立ち尽くすわたくしに、ラファエルお兄様が気付いた。
「セラフィナ、どうしたの? 子ども部屋から出て来て」
「おにいさま、これ」
「あ、わたしのラペルピンだ。落としていたんだね。気付いてくれてありがとう。ミカエルが口に入れたら危なかったし、届けてくれて助かったよ」
ぱっと表情を明るく変えて、これまでの話した内容は忘れたかのようなラファエルお兄様に、わたくしは小さく震えながらラペルピンを手渡した。
アルベルト様がわたくしを抱き上げてくれる。
「子ども部屋まで送りましょう。寒かったのでしょう。こんなに震えて」
寒くなかったわけではないが、わたくしが震えているのは別の理由がある。
そんなことをわたくしは口にできるわけがなかった。
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