30.ユリウスの婚約式
ユリウス様とレティシア嬢の婚約は問題なく決まり、宮殿で婚約式が開かれるころには、季節は冬に移り変わっていた。
学園は冬休みに入り、庭は雪が積もっている。
雪の中を毎日ミカとエリカと散歩して、午前中のバロワン先生の授業を受けて、週一回は午後も授業を受けて、わたくしは充実した毎日を送っていた。
文字も練習したのでかなり書けるようになってきていた。
婚約式の日、わたくしは厚手のドレスで参加することになったが、寒くてぷるぷると震えそうだった。ミカはジャケットを着ているが、ドレスには基本的に上着は着ない。
寒くても美しさのために我慢するのが美徳だと思われているのだ。
寒かったのでお母様にぴったりとくっついていたら、お母様が抱っこしてくれた。お母様の体温に温められて、わたくしはほっとする。
お父様が玉座に座って、白い婚約式の衣装で前に立つユリウス様とレティシア嬢に厳かに告げた。
「ユリウス・ルクレール、お前は、レティシア・ロズベルクと婚約し、成人の暁には結婚することを誓うか?」
「はい、誓います」
「レティシア・ロズベルク、お前は、ユリウス・ルクレールと婚約し、成人の暁には結婚することを誓うか?」
「はい、誓います」
ユリウス様とレティシア嬢が誓いの言葉を述べると、二人の前に婚約宣誓書が持って来られる。ユリウス様とレティシア嬢はそこにサインをしていた。
婚約式の後は、晩餐会が開かれるようだったが、わたくしとミカは小さいので参加できない。
わたくしがマティルダさんに抱っこされて、ミカがオレリアさんに抱っこされて退出しようとしていると、アルベルト様の名前が聞こえた気がした。
「マティルダさん、まってください」
「どうなさいました、セラフィナ殿下?」
足を止めてくれたマティルダさんに、わたくしが耳を澄ましていると、貴族たちが話しているのが聞こえる。
「ラファエル殿下もユリウス様も婚約されましたね」
「次はアルベルト様の番でしょうか?」
アルベルト様が婚約をする?
そういう話は聞いていなかったので、わたくしはじっとその話を聞いていた。
「アルベルト様は結婚も婚約もなさらないと仰っているのでは?」
「ベルンハルト公爵家の嫡男が、結婚をしないというのは無理ですよ」
「アルベルト様には弟妹もおられないし」
いつかこういう日が来るのだろうとは思っていた。
アルベルト様も皇族で、ベルンハルト公爵家の嫡男なのだから、誰か相応しい相手と婚約しなければいけない。
結婚して子どもを作るのも、貴族としての大事な役目なのだ。
アルベルト様に弟妹がいれば、その子どもを養子にもらうという手もあったのかもしれないが、アルベルト様に弟妹が生まれることはない。
「いきましょう、マティルダさん」
「はい、セラフィナ殿下」
わたくしが噂話を聞いていたと気付いているだろうが、マティルダさんは何も言わずわたくしを子ども部屋まで送り届けてくれた。
子ども部屋に戻ると、夕食の準備がされる。
テーブルについて食べていたが、わたくしは注意力散漫になっていたようだ。口の運ぼうとしたフォークからぽとりとお魚が落ちて、わたくしは慌ててしまった。
お行儀が悪いことをしてしまったと反省して、もう一度お魚をフォークで刺そうとするのだが、その手が止まってしまう。
「アルベルトおにいさまはこんやくされるのかしら」
小さくわたくしが呟くと、食事の介助についてくれていたマティルダさんが答える。
「ベルンハルト公爵家の嫡男ですから、いつかは婚約しなければいけないでしょうね」
「おとうさまとおかあさまは、がくえんでであって、おたがいにすきになって、こんやくしてけっこんした。おにいさまも、アンリエットおねえさまとであって、おたがいにすきになってこんやくした」
「身分の低いわたくしには分かりませんが、そんなことはごく稀なのではないでしょうか」
好きな相手と婚約することができるのは、お父様とお母様がそうしていたからであって、この国の歴史を考えれば、ごく最近のことでしかないとわたくしも分かっている。
前世のわたくしの両親は愛のない政略結婚をし、生まれてきたわたくしを全く愛していなかった。
わたくしの父方のお祖父様とお祖母様……前皇帝と前皇后は、愛のない政略結婚だったと聞いている。
結婚して子どもを作るというのは貴族の義務なのかもしれないが、自分の人生に大きくかかわる家族を作るということが自分の意志で決められないというのは、とても不自由だと思う。
愛がない結婚をしても、前世のわたくしのような不幸な子どもを増やすだけかもしれない。
アルベルト様のことを考えて、わたくしはため息をつく。
アルベルト様が幸せになれる婚約相手はいないのか。
アルベルト様は学園で好ましいと思う相手はいないのか。
考えていると、お腹がいっぱいになってきて、わたくしは夕食をほとんど食べずに残してしまった。
夕食後、お風呂に入って、暖炉の前で髪を乾かして、ベッドに入っても、わたくしはアルベルト様のことを考えていた。
前世で出会ったころは暗い顔をしていたアルベルト様。
両親との誤解が解けて、愛されていることが分かってから少しずつ表情が明るくなっていった。
アルベルト様が成長して、婚約して、結婚するのをメイドとして見守るのが夢だった。
それなのに、わたくしはアルベルト様を庇ってアルベルト様が十歳のときに死んでしまった。
セラフィナとして生まれ変わってからも、アルベルト様の姿を見守ってきたが、わたくしにできることが少なすぎて悔しくなってくる。
アルベルト様の笑顔を取り戻すことはできたかもしれないが、アルベルト様が前向きに生きることができているか、まだ分からない。
去年の冬、ベルンハルト公爵家に行ったときのことを思い出す。
アルベルト様はクラリッサに贈るはずだった青いペーパーウェイトと羽ペンを大事に飾っていて、月命日にはクラリッサのお墓参りもしていた。
クラリッサの両親に煩わされているというのも、そのときに聞いた。
アルベルト様がクラリッサの死を乗り越えられないのは、悪辣で強欲な両親が金をせびりにくるからではないだろうか。そのたびにアルベルト様はクラリッサが死んだことを思い知らなくてはいけないのではないだろうか。
どうにかしてクラリッサの両親をアルベルト様から遠ざけたい。
わたくしにできることはないだろうか。
四歳のわたくしは無力すぎて、悔しくてなかなか眠れなかった。
次の日、アルベルト様がお茶の時間に宮殿に来てくださった。
わたくしはラファエルお兄様と一緒にティールームに向かった。
四歳になったので、宮殿のこの棟のことも少しずつ分かって来た。ティールームや自分の部屋に行くくらいは、道が分かるようになっていた。
アルベルト様はティールームで待っていてくれた。ティールームの暖炉が赤く燃えていて、温かな空気が部屋に満ちている。
「アルベルトおにいさま、こまってませんか?」
唐突だったが、ずっと考えていたので、つい口から出てしまった言葉に、アルベルト様が目を丸くしている。
「わたしが、困っている? 急にどうしたのですか、セラフィナ」
「い、いえ……あの、いちねんまえにベルンハルトこうしゃくけにいったときのことをおもいだしたのです。こまったひとたちがいるといっていましたよね」
「あぁ、あの者たちですか。ベルンハルト公爵家で調べたところ、彼らは自分の娘を虐待していたことが分かったのです。亡骸を受け取りに来なかった時点でおかしいと思っていました」
わたくしの前世の両親について、アルベルト様は調べを進めていた。そして、真実に辿り着いていた。
「今、彼らの家には監査が入っています。愛人の息子を次期当主に据えようとしているようなので、それは認められず、あの家は取り潰しになるでしょう」
わたくしが心配しなくてもアルベルト様は自分でしっかりと対処ができていた。
前世のわたくしの家がお取り潰しになる。そう聞いてもわたくしは大して感慨もなかった。そうなって当然だろうと思っていたのだ。
むしろせいせいした気分だった。
「セラフィナに妙なことを聞かせてしまいましたね。すみません」
「いいえ。アルベルトおにいさまがわずらわされることがなくなってよかったです」
「セラフィナに『虐待』なんて言葉教えないでくれよ」
「すみません、ラファエル」
ラファエルお兄様はわたくしを心配していたが、わたくしはその単語はよく分からなかったふりをした。
アルベルト様が前世のわたくしの真実を白日の下に晒してくれたのならば嬉しい。
わたくしは虐待されていたのだと改めて実感して、今世で家族に愛されていることの幸せを思った。
これでアルベルト様は少しは前に進めるだろうか。
アルベルト様が婚約してしまったら寂しいと思う気持ちは、妹のように思われているからなのか、それとも違う何かがあるのか。
わたくしにはよく分からなかった。
これで「転生皇女セラフィナ」の二章は完結です。
間に合わないかと思ったらなんとか続きが書けました。
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