29.ミカエルの成長
お父様とお母様にお願いして、わたくしの部屋にもエリカ用のトイレを設置してもらった。エリカはわたくしが自分の部屋にいるときには、わたくしの部屋にいることも、子ども部屋でミカと遊んでいることもできるようになった。
わたくしの部屋も使ってみると居心地がいいのでわたくしは気に入っていた。
ラファエルお兄様は六歳のときに子ども部屋を卒業して一人部屋になったようだが、わたくしはまだ四歳なので、家庭教師のバロワン先生と授業をして、その後少し残っているくらいで、他の時間は子ども部屋で過ごしていた。
食事も子ども部屋で食べるし、寝るのも子ども部屋だ。
一人部屋で眠ってもいいのだが、夜中に目が覚めたときにマティルダさんやミカがいないとなると、やはり心細いので、子ども部屋で眠ることにしていた。
お父様とお母様が執務の合間を縫って子ども部屋に来られた日、わたくしはお父様に、ミカはお母様に抱っこされてわたくしの部屋に行った。
初めてわたくしの部屋に来たミカは、興味深そうにきょろきょろと周囲を見回していた。
「ミカ、ここがわたくしのへやです」
「ねぇね、おへや!」
「ここで、まいにちおべんきょうをしているのですよ」
「みー、おへや?」
「ミカのおへやは、もうすこしおおきくなったらもらえますよ」
わたくしとミカが話していると、エリカも階段を上がってきたようで、わたくしの部屋に入ってくる。エリカはわたくしの部屋に用意されたトイレに行って、匂いを嗅いで確かめていたようだった。
エリカが来るとミカはエリカの方に駆け寄って抱き着く。エリカはしっかりとミカを受け止めて尻尾を振っていた。
「部屋の内装はわたくしが決めましたが、気に入りましたか?」
「はい、おかあさま。おへやがとてもあかるくて、わたくし、だいすきです」
お母様に問いかけられてわたくしは元気に答える。
わたくしの部屋は明るい印象で、色調は空色で統一されて、居心地がよかった。
ソファに座ると、お父様とお母様もソファに座る。
「ミカエルが大きくなってきたら、子ども部屋も手狭に感じるようになるだろうからね」
「セラフィナはいつでもこの部屋を使っていいのですよ」
ミカと過ごすのは楽しいが、ミカがいるとできないこともある。
家庭教師のバロワン先生が来てから、わたくしは自分でも勉強を始めていた。
休憩を挟みつつ、文字の練習をしたり、バロワン先生が置いて行ってくれている歴史や地理の本を読み進めたりしている。
そんなときに、ミカが来ると、勉強ができなくなるのだ。
ミカもペンや紙には興味津々で、自分で書きたがる。ペンを取られてはいけないので、わたくしはそうなると、勉強を中断しなければいけなかった。歴史や地理の本を読んでいると、ミカは自分の読んでほしい絵本を持ってわたくしのところに来る。ミカのために歴史や地理の本を中断して、絵本を読むことになって、わたくしの勉強が進まないことはよくあった。
バロワン先生も勉強を急がせてはいないのだが、わたくしがどうしても新しいことを知りたい、新しいことを習得したい欲が出てしまっているのだ。
ミカには申し訳ないが、子ども部屋を出て自分の部屋で過ごす時間をこれから持つようになるのかもしれないと思っていた。
「家庭教師から報告を受けている。セラフィナは勉強に意欲的で、とても理解が早いと」
「文字を書くのは苦手なようですが、数字は書けるようになったのですね」
「バロワンせんせいのおかげです。バロワンせんせいのじゅぎょうはとてもおもしろくて、じぶんでもさきにすすめたくてしょうがないのです」
「無理をしないようにするのだよ。でもこの調子なら、午後にも一時間勉強の時間を取ってもいいかもしれないね」
「午後は礼儀作法の時間にしましょうか」
勉強の時間が伸びる。
それはわたくしが願っていたことだった。
「れいぎさほうのべんきょうもしたいです」
「セラフィナ、勉強時間を増やすのは段階的にしよう。これから週に一回だけ、午後の授業を受けて、慣れてきたら、週に二回、三回と増やしていこう」
「セラフィナはまだ小さいですからね」
「はい、おとうさま、おかあさま」
まだ週に一回しか勉強時間を伸ばしてもらえないことは残念だったが、わたくしの年齢を考えれば仕方がない。週一回だけでも伸ばしてもらえることを感謝しなければいけないだろう。
「みーも!」
「ミカエルも勉強するのか?」
「あい!」
「ミカエルは絵本を読むところから始めたらどうですか?」
「えぽん!」
ミカもわたくしに影響されて勉強したい気分になっているが、まだ一歳なので早すぎるだろう。絵本を自分で読めるようになるのは何歳くらいなのか。ラファエルお兄様が三歳くらいで字を読めるようになったと聞いているので、ミカもそれくらいかもしれない。
ミカが三歳になるころにはわたくしは六歳になる。
そのころにはお茶会にデビューして、食事も食堂で食べるようになって、一日中自分の部屋で過ごすようになるのだろう。
バロワン先生の授業の時間も長くなっているかもしれない。
二年後のことを考えると、わたくしは楽しみしかない気がしていた。
「皇帝陛下、皇后陛下、失礼いたします」
「あぁ。セラフィナ、ミカエル、わたしたちは執務に戻るよ」
「二人はゆっくり過ごしてくださいね」
お父様とお母様が呼ばれて執務に戻るのに、ミカが寂しそうに追いかける。ドアのところまで追いかけて行ったミカを、お父様とお母様は抱き締めて、オレリアさんに渡していた。
子ども部屋に戻ると、ミカとエリカも戻ってくる。
ミカは最近、喋るのが上手になってきて、ついに魔の言葉を覚えてしまった。
「おかーり!」
「ミカエル殿下、もう三回目ですよ?」
「おかーり!」
指を一本立ててお代わりを要求するミカ。
食事のたびに、オレリアさんとミカで争いが勃発している。
「おかーり! ちょーあい!」
「食べすぎです、ミカエル殿下」
「やー! おかーり!」
いやいやをして椅子の上でのけ反るミカに、オレリアさんが仕方なく少しだけお代わりを入れている。一歳になって大人と同じものを食べられるようになったミカは、以前から食いしん坊だったが、食欲に目覚めていた。
自分の分の料理をもりもりと食べて、何度も「おかーり!」とお代わりを要求する。オレリアさんもパターンが分かって来たので、少しずつしかお代わりを上げていないが、それでも何回も続けばかなりの量になる。
「ミカエル殿下のお腹がはちきれてしまいます」
「やー! ちょーあい!」
普段はとてもいい子なのに、食べ物に関してだけは執着がすごいミカ。このままではわたくしは追い越されてしまうのではないかと戦々恐々としていた。
昼食を食べ終わると歯磨きをして、ミカとわたくしはお昼寝をする。
お昼寝から目が覚めるとお茶の時間だ。
お手洗いに行って、着替えると、ラファエルお兄様がアルベルト様と一緒にティールームでわたくしを待っていると告げられる。
今日は学園は早く終わったのだろうか。
ティールームに行くと、ラファエルお兄様とアルベルト様が待っていてくれた。
「セラフィナ、今日は午後の授業の教授が休みで、早く帰れたんだ」
「セラフィナが驚く報告がありますよ」
なんとなくそわそわした様子のラファエルお兄様と、アルベルト様に、わたくしは席につきながら首を傾げる。
「どうしましたか?」
「ユリウスがレティシア嬢に婚約を申し込んだんだ。レティシア嬢は両親と相談すると言っていたが、多分受けてもらえると思うよ」
「ユリウスさまが!」
ユリウス様が同級生で同じサロンでお茶をしている令嬢のことを気にかけているというのは聞いていた。ついにユリウス様もその令嬢に婚約を申し込んだのか。
「ユリウス殿はルクレール公爵家の嫡男で、皇后陛下の甥なので、宮殿で婚約式が開かれると思います」
「きゅうでんで! ……わたくしはでられないでしょうね」
わたくしもユリウス様をお祝いしたい気持ちはあったが、まだ四歳なので婚約式には出られないだろうとしょんぼりしていると、ラファエルお兄様がわたくしに声をかけてくれる。
「セラフィナもユリウスの従妹だから婚約式には出席することになるよ」
「ほんとうですか?」
「ミカエルも出席すると思う」
わたくしもミカも出席できるのならば、ユリウス様をお祝いすることができる。
わたくしは婚約式の日を楽しみにしていた。
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