23.ミカエルの一歳のお披露目の準備
体育祭から帰った日、わたくしはお父様とお母様とラファエルお兄様と夕食を食べた。
夕食の時間にわたくしはお父様とお母様に興奮のままに伝えていた。
「たいいくさい、しゅごかったの。アルベルトおにいたま、おうまで、ぴょんぴょん、びゅーん! ユリウスたま、ぴゅーってはちった。おにいたま、かっこよくて、アンリエットおねえたま、きれいだったの」
頬を紅潮させて言うわたくしに、お父様もお母様も笑顔で聞いてくれている。
「アルベルトの乗馬は見事だったのか」
「ユリウスの走りは速かったのですね」
「ラファエルとアンリエットのダンスは素晴らしかったみたいだな」
「わたくしも誇らしいですわ」
褒められてラファエルお兄様が顔を少し赤くしている。
「セラフィナが見ていてくれると思うと気合も入りました」
「ラファエルは頑張ったようだね。セラフィナは楽しかったようだ」
「二人にとっていい日だったようでよかったです」
お父様とお母様に報告した後も、わたくしは全然落ち着かなくて、子ども部屋でミカ相手に語っていた。
「アルベルトおにいたま、しゅごかったの。おうま、かっこよかったの。ユリウスたま、ぴゅーんってはちったの。おにいたまとアンリエットおねえたま、しゅごくしゅてきだったの」
わたくしが語ると、ミカは金色のお目目をきょろきょろさせて聞いてくれて、わたくしが拍手をすると真似をしてぱちぱちと手を打ち鳴らしていた。
「にぃ! ねぇ!」
「ミカたん、おにいたまのことをよんだの? わたくちのこともよんだの?」
「ねぇ!」
「そうよ、ねぇねよ!」
ミカが一生懸命わたくしとラファエルお兄様を呼んだ気がして、わたくしは何度も聞き返してしまった。
その日から、ラファエルはわたくしのことは「ねぇ」、ラファエルお兄様のことは「にぃ」と呼ぶようになった。
ミカの成長も感じられた幸せな一日だった。
体育祭が終わると、季節は急に夏に近付いてくる。
ミカの一歳の誕生日が目前に迫っている。ミカはつかまり立ちから手を離しても立てるようになって、ついに歩き始めようとしていた。
ミカの一歳の誕生日は、ミカのお披露目の日でもある。
ミカにはかわいい小さなシャツとジャケットと短い丈のズボンが用意されて、わたくしはドレスを誂えることになった。
ドレスを誂えるときには、お母様が同席してくれていた。
四歳が近くなって体も大きくなってきたわたくしは、採寸し直して、菫色のドレスと薄茶色のドレスを作ってもらった。
「にちゃくもいいのですか?」
「わたくしも同じ色で作ってもらおうと思っているのですよ。わたくしとお揃いは嫌ですか?」
「うれしいです」
四歳が近くなって、わたくしはかなり滑らかに話すことができるようになっていた。これまでは発音が不明瞭なところもあったが、周囲がわたくしの言葉をなんとか聞きとってくれていた。それが滑らかに喋ることができるようになって、コミュニケーションがかなり取りやすくなった。
生まれてからもうすぐ四年。
四年もかからないとわたくしはここまで成長できないのかとこれまでの年月を思い返す。
喋ることも動くこともままならなかった乳児期。何もかもしてもらわないとできなくて、とてももどかしかった。
少しずつ動けるようになってきても、なかなか自由にはできない。喋るのも難しかったし、感情も前世で十五歳だったはずなのに、体に引きずられるのかどうしても幼くなってしまう感覚だった。
それがようやく四年目を迎えようとして、意思疎通がはっきりできて、体も走ったり跳んだりできるようになって、自由になることが増えた。
まだワンピースの背中のボタンを留めるのは難しかったが、着替えもほとんど自分でできるようになっていた。
「ミカちゃん、ねぇねのドレス、どうですか?」
「ねぇね! ねぇね!」
ミカにドレスを見せに行くと、手を叩いて喜んでくれる。ミカはわたくしがふわふわしたスカートをはいていると、近寄ってきて掴んだり、捲ろうとしたりしてくるので困るが、ミカはスカートに興味津々なのだ。
「ミカエル、わたくしもお披露目のときにはドレスを着ますからね」
「まっま! まっま!」
「はい、ミカエル」
お母様が声をかけると、ミカはお母様のことを呼んでいる。少しずつだが単語が出始めているミカはかなり成長した。
ミカを抱き上げたお母様が、ミカのふわふわの赤毛に頬ずりをする。
わたくしも小さなころしてもらった記憶が思い出されて、ミカとお母様の触れ合いに微笑ましさが募る。
お母様はわたくしのことも大事に育ててくれた。
皇后という立場だから公務があって忙しいのは分かっていたが、その合間を縫ってわたくしに会いに来てくれていた。
ミカに対してもお母様は同じように接している。
ミカの成長を見ることは、わたくしがこれまでどのようにお母様とお父様から大事にされていたかを改めて実感するいい機会だった。
「セラフィナ、ミカエル、お披露目の衣装は出来上がったのかな? よく見せてごらん」
「おとうさま!」
「ぱっぱ!」
お父様が子ども部屋にやってきて、わたくしは出来上がった衣装を試着しているところだったので、お父様に見せる。ミカもよちよちとお父様に歩み寄って、両腕を広げていた。
お父様がミカの両脇に手を差し込んで抱き上げる。
「ミカエルは小さな紳士だね。セラフィナは立派な淑女だ」
「このドレス、おかあさまとおそろいなのです」
「ぱっぱ! ぱっぱ!」
わたくしがドレスの裾を摘まんで言えば、お父様がそれを見て笑み崩れる。ミカはお父様の逞しい胸を叩いて、一生懸命自己主張していた。
「菫色と薄茶色の二着を仕立てましたわ。ミカエルには臙脂色を。セラフィナのドレスはわたくしとお揃いにしました」
「素晴らしいね、セレナ。わたしの愛する女性二人がお揃いの格好だなんて、わたしはどちらを見ればいいのか迷ってしまうな」
「どちらともを見てください」
「おとうさま、わたくしのこともみてね」
「あぁ、どちらも愛しい」
うっとりとお父様が言っているのに、わたくしとお母様は顔を見合わせて笑う。
お父様はミカにシャツを引っ張られて、ミカと額をくっつけている。
「ミカエルのことも見ているよ」
「ぱっぱ!」
「ミカエルにパパと呼ばれるのが何よりも嬉しい」
子煩悩でわたくしのこともミカのことも溺愛してくれるお父様。お母様もわたくしのことをかわいがってくださるし、ラファエルお兄様もわたくしとミカをかわいがっている。
ミカがお披露目が終わってもっと喋るようになって、もっと動きも激しくなれば、わたくしは子ども部屋でミカと一緒に過ごすのがもっと楽しくなるのではないかと思っていた。
ミカのお披露目の日にはわたくしはまだ小さいが特別に参加を許される。お茶会にデビューできるのが六歳くらいからなので、わたくしはまだ二年以上も待たなければいけない。
ミカは後五年待たなければいけないのだ。
じりじりとしか進んでいかない日々は、焦れてしまいそうになるけれど、わたくしは一日一日を生きて行かなければ成長できない。
前世の年齢にわたくしが到達するのは、後十一年後。
結婚できる年齢になるまでには、十四年もかかる。
前世では恋愛もするような余裕はなかったし、結婚ができるとは思っていなかった。
この人生では皇女として誰かに嫁がなければいけないのではないだろうか。
お父様とお母様のことだから、わたくしの望まない相手に嫁がせることはないだろうが、わたくしは政略結婚を考えると少し怖くなる。
わたくしと年が近い男の子を考えると、一番にルカ様が浮かぶ。
ルカ様のイヤイヤぶりを見ていると、とても相手にはできないと思う。
ルカ様も育つにつれて変わっていくのかもしれないが、わたくしの中ではルカ様が恋愛対象になることはなさそうだった。
アルベルト様なら?
ふと浮かんだアルベルト様の顔に、わたくしは戸惑ってしまう。
アルベルト様はわたくしよりも十歳も年上で、わたくしが結婚できる年になるころには二十八歳になっている。
ベルンハルト公爵家の嫡男がそんな年まで結婚していないはずはないのだが、アルベルト様は自分は結婚しないと言っていた。
アルベルト様の顔が見たい。
わたくしは、アルベルト様の顔を見て何をしようとしているのか、自分でも分からなかったが、ただアルベルト様に会いたかった。
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