20.子猫騒動
ぴぃぴぃと何かが鳴いている。
わたくしがそれに気付いたのは、エリカと朝食後のお散歩に出かけたときだった。
子ども部屋用の庭は広く、エリカが走り回るだけの場所が十分にある。
エリカが走り回って戻ってきてから、ぴぃぴぃという鳴き声が聞こえるようになった。
よく見るとエリカは口になにか咥えている。
「エリカたん、おくち、みてて」
「きゃう」
決して吠えたりしないエリカはわたくしが口をこじ開けるのに抵抗しなかった。
エリカの口からぽとりと小さな生き物が落ちる。
痩せたお腹にぱやぱやと毛の生えた体。
これは子猫ではないだろうか。
「せわがかりたん、きてー!」
子猫に気付いた瞬間、わたくしは叫んでいた。
エリカの世話係が急いで走ってくる。わたくしの大声に驚いたマティルダさんも、敷物の上でミカを遊ばせていたオレリアさんも、何事かと走ってくる。
わたくしはエリカのよだれでべたべたになった子猫を世話係に差し出していた。
「これは、猫ですね……」
「エリカたん、つれてきた。ねこたんのおかあたん、さがしてる?」
エリカがどこかから子猫を連れてきたのだったら、子猫を探している母猫がいてもおかしくはない。
世話係は子猫を受け取ると、難しい顔になっている。
「この痩せ具合では、親猫に捨てられた可能性がありますね」
「ねこたん、かってるひと、いる?」
「宮殿で猫を飼っているひとはいません。宮殿で飼われているのは護衛用の軍用犬だけです」
猫は宮殿では飼われていない。
宮殿に迷い込んできた子猫は母猫に捨てられた可能性がある。
わたくしは全てを理解して世話係に命じた。
「こねこたん、たつけて」
「分かりました。子猫はわたしが預かります。セラフィナ殿下はエリカと共に部屋にお戻りください」
「あい!」
犬の世話係だが、子猫のことも助けてくれるだろう。世話係に子猫のことは頼んで、わたくしは部屋に戻った。
部屋に戻った後も、子猫のことが気になっていて仕方がなかった。
昼食後にお昼寝をして、起きたわたくしに世話係が報告に来た。
「あの子猫の母猫は見つかりませんでした。子猫は衰弱していますが、ミルクを飲ませて温めていると少しずつ回復しているようです」
「ねこたん、かえる?」
「皇帝陛下がどう仰るかですね」
わたくしはエリカが拾って来てしまったのだから、子猫には責任を持ちたいと思っていた。
でも、お父様は許さないかもしれない。
お父様はわたくしが犬がほしいと言ったときにも、厳選してエリカを連れてきた。猫が飼いたいと言ったら、エリカが拾ってきたような捨て猫ではなくて、もっと高級な躾の行き届いた猫でないと許されないかもしれない。
わたくしが困っていると、マティルダさんがわたくしの服を着替えさせてくれた。
子猫騒ぎでそれどころではなかったが、今日はラファエルお兄様とアルベルト様の合同お誕生日会なのだ。
春の暖かな日差しの差し込むサンルームにわたくしが行くと、ベルンハルト公爵家の叔父様と叔母様とアルベルト様、それにラファエルお兄様とお父様とお母様、アルマンドール公爵家夫妻とアンリエットお義姉様とニコ様とリヴィア嬢が来ていた。
わたくしはお辞儀をして挨拶をする。
「いらったいまて」
「アルベルトの誕生日を祝ってくださってありがとうございます」
「ラファエル殿下とご一緒できて嬉しいです」
「セラフィナ殿下、ラファエル殿下、伯父上、伯母上、今日はよろしくお願いします」
叔父様と叔母様とアルベルト様が挨拶をしてくれる。
わたくしはガーベラの花束をラファエルお兄様とアルベルト様に差し出した。
「リボンはわたくちがむつびまちた」
「片結びができるようになったのか、セラフィナ」
「大事にしますね」
受け取ってくれたラファエルお兄様とアルベルト様は嬉しそうだった。
お茶会は和やかに進んでいくのだが、わたくしの頭の端にはあの子猫のことが浮かんでいた。
フォークを持ったままお茶菓子に手を付けないわたくしを見て、アルベルト様が心配そうにわたくしの手元を覗き込んでいる。
「どうかされましたか、セラフィナ殿下」
どうしようかと思ったけれど、わたくしは正直に全部話してしまうことにした。
「あさのおたんぽで、エリカたんが、こねこたんをひろいまちた。こねこたん、ちいさくて、おかあたんにすてられたのでつ。こねこたん、かわいとう」
母猫に捨てられた小さな子猫が、わたくしの前世と重なってしまう。
両親から顧みられず、お腹を空かせていつ死んでもおかしくなかった前世のわたくし。
それを考えていると、アルベルト様が叔父様と叔母様の方を見て聞いていた。
「父上、母上、わたしは犬がほしいと言っていましたが、猫でもいいかもしれません」
「アルベルト?」
「猫を飼いたいのですか?」
「セラフィナ殿下の拾った猫ならば、何か縁があるのでしょう。うちで引き取って育てても構いませんか?」
「誕生日プレゼントに犬を飼おうかと思っていたけれど、猫でいいのかな?」
「猫と犬は全然違いますが、いいのですか?」
「はい。責任をもってかわいがって飼います。父上、母上、セラフィナ殿下が拾った猫をわたしが飼うことを許してください」
アルベルト様は誕生日プレゼントに犬をほしがっていたようだが、わたくしが拾った猫を代わりに飼おうとしてくれている。子猫には行き先ができるし、アルベルト様はペットを飼えるし、これが一番いいのかもしれない。
「伯父上、伯母上、セラフィナ殿下が拾った子猫をわたしに譲ってくれませんか?」
「セラフィナが猫を拾ったことは報告されていたが、これからどうするか考えていたところだ」
「アルベルト殿が飼ってくれるのならば安心ですね」
「セラフィナ殿下からの誕生日プレゼントだと思って大事にします」
お父様とお母様にも許可をもらって、子猫はアルベルト様の元にもらわれて行くことになった。
世話係が子猫を連れてくると、アンリエットお義姉様もニコ様もリヴィア嬢も子猫を見てうっとりしている。
「小さくてかわいいですね」
「お腹が丸々してます」
「これ、にゃーにゃー?」
「そうですよ、子猫です」
寒くないように温かな毛布に包まれた子猫は、ミルクをたくさん飲んだのかお腹が丸々としていて満足そうに眠っていた。
箱に入っている子猫を受け取って、アルベルト様がわたくしに向かって微笑む。
「セラフィナ殿下は子猫の行き先が気になっていたのですよね。これで安心してお茶会を楽しめますね」
アルベルト様の優しさにわたくしは深く感謝した。
お茶会の間に目を覚ました子猫に、世話係がアルベルト様にお世話の仕方を教えている。まだ小さな子猫なので、排泄も促してあげないといけないようだった。
「温めたタオルで拭いてあげて、排泄を促してあげてください。飲ませるのは猫用のミルクにしてください」
「分かった」
「躾と世話が必要なので、世話係を雇うといいかもしれません」
「分かった。父上、母上、猫の世話係を雇ってもいいですか?」
「手配させましょう」
貴族は猫にも世話係が付くのだ。エリカが来たときに当然のように世話係がついていたけれど、猫もそうだとは思わなかった。
エリカの世話係は子猫の排泄を促した後に、ミルクを飲ませてまたお腹を丸々とさせていた。
痩せて死にそうだった子猫だが、ミルクを飲ませて温かくしているとかなり回復はしているようで安心した。
「エリカたんがひろってきたのでつ」
「エリカが?」
「エリカたんがおくちにくわえてきたの」
わたくしが子猫を拾った状況を詳しく説明すると、アルベルト様はそれを聞いて、考えることがあったようだ。
「それでは、この子猫の性別が分かったら、エリカにちなんだ名前をつけましょう」
「おなまえ、おちえて」
「つけたら教えますね」
名前をつけたら教えてくれるように約束をして、その日のお茶会は終わった。
アルベルト様はお茶会の後で子ども部屋に来て、エリカに会って行った。
「エリカが拾ってきた子猫は、わたしが責任をもって大事にするからね」
「きゅん」
子猫の入った箱を持って宣言するアルベルト様に、エリカは「お願いします」とばかりに小さく鳴いていた。
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