5.セラフィナのお披露目
ついにわたくしは一歳になった。
一歳の誕生日はわたくしはいつも通りに朝に起きて、厨房で小さくして食べやすくしてもらった朝食を食べる。まだ咀嚼がしっかりしていないので、パンではなくパン粥だが牛乳の甘さが出ていて美味しいのでしっかりと食べる。
食べた後は歯磨きをして、午前中はゆっくりと過ごす。
一歳児のお披露目なのでお茶会なのだ。
ラファエルお兄様が来てくれて絵本を読んでくれるし、お父様とお母様も執務の合間に顔を出してくれて声をかけてくれるので全然退屈しない。
乳母も庭にお散歩に連れて行ってくれる。
わたくしが前世で死んだのは秋の始めだった。死んだ翌日には皇女であるセラフィナに生まれ変わっていたので、誕生日も秋の始めになる。
お父様もお母様もラファエルお兄様もわたくしのお披露目をものすごく楽しみにしてくださっていたようだ。
お披露目にはアルベルト様も出席される。
アルベルト様に会ってわたくしは何ができるだろうか。
アルベルト様はクラリッサだったわたくしが死んだことにまだ心を落としているかもしれない。今世のわたくしは何をしてもお父様やお母様やラファエルお兄様に褒められて、癒されている様子なのだが、それは家族のひいき目ということで、アルベルト様はわたくしが微笑んだくらいでは癒されないだろう。
何より、わたくしはクラリッサだったと伝える方法がないし、クラリッサだったと伝えられたとしても頭がおかしいのではないかと思われてしまうに違いない。
新しくセラフィナとしてアルベルト様と関係を築きつつ、アルベルト様を癒したい。
そう考えていたところで、わたくしは昼食の時間になり、昼食を食べると眠くなってお昼寝、そして、起きると慌ただしく着替えさせられてお披露目のお茶会の時間になった。
しっかり食べたし、寝たので大丈夫と思いたかったが、幼児の胃袋はとても小さい。もうお腹が空いてきている。
会場にはお父様が抱っこして連れて行ってくれた。
皇帝であるお父様がわたくしを抱っこするのは皇帝として相応しいかどうか分からないが、お父様は率先してわたくしを抱っこしたがる。お母様は微笑みながらそれに寄り添っている。
「皇帝陛下、ご一家、いらっしゃいました」
皇帝一家の到着が告げられると、すぐに貴族が集まってくるが、お父様は対応せず、奥にある壇上に向かった。壇上には皇帝の玉座と皇后の玉座が据えてある。
貴族は全員、十五歳になるとデビュタントといって、社交界に出る資格を得る儀式を受ける。皇后から皇帝に紹介されて、皇后と皇帝の前で挨拶を述べるのだ。
わたくしは前世は十五歳になってもデビュタントに参加する資格がなかったし、十五歳で死んでしまったので社交界のことは全く分からない。
デビュタントを終えれば、貴族たちは晩餐会に出席できる。それまではお茶会がせいぜいだ。
お父様はわたくしを抱っこしたまま玉座についた。お母様も隣の玉座についている。
「今日は我が娘、セラフィナのために集まってくれて感謝する。セラフィナは今日、一歳の誕生日を迎えた。我妻、セレナが産んでくれた大事なわたしの娘だ。無事に一歳の誕生日を迎えられたことを神に感謝し、今日、セラフィナのお披露目を行う」
「わたくしたちの愛しい娘です。どうかよろしくお願いします」
お父様とお母様に紹介されて、わたくしに貴族たちの視線が向く。わたくしは緊張していたが、一生懸命笑顔を作って貴族たちに手を振ってみせた。
「皇后陛下そっくりの美しい皇女殿下!」
「皇帝陛下と同じ金の瞳を持っていらっしゃる」
「これは美しくなられるだろう」
貴族たちの声が聞こえて、わたくしはそんなにかわいいのかと驚いてしまう。お父様やお母様やラファエルお兄様が毎日のようにわたくしを溺愛していたが、それも家族のひいき目が入っていると思い込んでいたのだ。
壇上から降りてきたお父様に、ラファエルお兄様が手を伸ばす。
「父上、セラフィナをわたしにも抱っこさせてください」
「ラファエルはセラフィナのことが大好きだな。気を付けて抱っこするのだよ。ひとが多いから降ろすときは目を離さないように」
「はい、父上」
ラファエルお兄様に抱っこされてわたくしはアルベルト様とユリウス様に会うことができた。さらさらの金髪に琥珀色の目の男の子がアルベルト様で、灰色の髪に薄水色の目の男の子がユリウス様だった。
「アルベルト、ユリウス、わたしの天使、セラフィナだよ」
「とてもかわいいですね。よろしくお願いします、セラフィナ殿下」
「セラフィナ殿下、アルベルト・ベルンハルトです」
「アルベルト、真面目に自己紹介しすぎだよ。セラフィナはまだ一歳なんだよ」
ラファエルお兄様は笑っているが、アルベルト様は全く笑っていない。凍り付いたような表情をしている。
アルベルト様に手を伸ばしかけて、わたくしは一つの事実に気付いていた。
アルベルト様はわたくしを「殿下」と呼んだ。
クラリッサだったころはわたくしがアルベルト様のメイドで、アルベルト様がわたくしの主だった。セラフィナは皇女で、アルベルト様は公爵子息。ということは、わたくしの方が身分が高いのだ。
わたくしが皇女でアルベルト様が臣下に当たる公爵子息。
この事実はわたくしにはすぐには受け入れがたいものだった。
「あー……あうー……」
アルベルト様と名前を呼ぼうとしても、うまく口が動かない。手を伸ばすわたくしにラファエルお兄様は気付いたようだ。
「アルベルト、セラフィナが君を気にしているようだ。抱っこしてみる?」
「いえ、わたしは子どもに慣れておりませんので、恐れ多いです」
「それなら、膝の上に乗せてみる?」
どうしてもわたくしを自慢したいラファエルお兄様に、渋々アルベルト様が椅子に座ってわたくしを膝の上に乗せる。膝の上に乗せられて、わたくしはアルベルト様の頬を撫でた。
クラリッサの命日は昨日だったはずだ。
アルベルト様は少し目が赤いように見えた。
「いこ、いこ」
いい子だとラファエルお兄様やお父様やお母様が頭を撫でてくれるように、伸びあがってアルベルト様の髪を撫でると、アルベルト様が琥珀色の目を見開いている。その目が潤んでいるように見えたのは勘違いではないだろう。
「膝の上で立っては落ちてしまうよ。アルベルトは本当に慣れていないんだなぁ」
苦笑しながらラファエルお兄様がわたくしを抱きとって、わたくしはアルベルト様から引き離される。もっと慰めたくて、アルベルト様から引き離されたのが悲しくて、感情の制御ができない一歳の体は自然と泣き出していた。
「びぇぇぇ! ふぇぇぇ!」
「セラフィナ、アルベルトがそんなに気に入ったの!?」
「あうー! あうー! びぇぇぇ!」
泣くわたくしにラファエルお兄様が驚いていると、お母様が来てくれてわたくしを抱っこしてくれる。お母様は慣れた様子でアルベルト様の方に行きたがるわたくしをあやし、床に降ろした。
床に降りるとわたくしはてちてちと歩いてアルベルト様のところに行った。椅子に座ったままのアルベルト様の足にしがみ付いて、お膝をぺちぺちと叩く。
「アルベルト殿のお膝に乗りたいようですね。どうしましょう、セラフィナは初恋でしょうか」
「母上!? そんなの早すぎます! ダメです!」
「落ち着きなさい、ラファエル。まだセラフィナは小さいのです。よく分かっていませんよ」
そうです、初恋とかじゃないです。
お母様の言葉にわたくしは心の中で頷きつつ、この想いは何なのか考えた。
アルベルト様に対する前世の想いは弟のように感じていたし、守らなければいけない主だと思っていた。
今世ではどうなるのだろう。
わたくしの方がアルベルト様よりも地位が高いし、主ではない。年齢もアルベルト様よりも小さくなってしまった。
それでも、わたくしはアルベルト様を守りたいと思っている。
「一年前の事故はとても大変でしたね。馬車を襲ったものは捕まりましたが、それを雇ったものが捕まっていないと聞いています」
「皇后陛下、お気遣いありがとうございます。わたしは平気です。わたしのせいで命を失ったわたしのメイドが……」
「ふぇぇぇ!」
それはわたくしのことではないですか!
やはりアルベルト様はわたくしの死を気にしていらっしゃるのだ。
わたくしはアルベルト様を守れて後悔はなかったが、アルベルト様はずっとわたくしの死を気にし続けている。
そう考えた途端、一歳の体は勝手に泣きだしていた。
感情の制御が難しいのは困ってしまう。
「母上、アルベルト、セラフィナの前で不穏な話をしないでください。セラフィナは小さいですが周囲の空気を感じ取っています。泣いてしまったではないですか」
「セラフィナ、ごめんなさい。わたくし、配慮が足りませんでした。アルベルト殿もつらいことを思い出させてすみません」
「いえ、皇后陛下のお気持ちが嬉しかったです」
アルベルト様の馬車を襲ったものたちは捕まったが、そのものたちを雇った人物は捕まっていない。
それならば、またアルベルト様は襲われるのではないだろうか。
アルベルト様が襲われた理由も分かっていないし、今後も襲われるかもしれないという危険性がある。
わたくしはなにか忘れているのではないだろうか。
あの日、アルベルト様が急に町に行きたがった理由はなんだったのだろう。
思い出せない記憶があることにわたくしは気付いていた。
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