17.ベルンハルト公爵家からの帰り道
ベルンハルト公爵のお屋敷に泊まった。
わたくしはラファエルお兄様と同じ部屋で、二つ並んだベッドの一つに寝た。
寝る前にはオムツにはき替えていたが、夜中に起きてしまって、わたくしは隣のベッドで寝ているラファエルお兄様を起こした。
「おにいたま、おてあらい……」
「んんっ……マティルダさんを呼んでこよう」
起こしたことに不機嫌になったりせずに、ラファエルお兄様は隣の部屋で休んでいるマティルダさんを呼んできて、わたくしをお手洗いに連れて行ってもらった。
ちょっとだけ漏らしていてオムツが濡れていたのは恥ずかしいのでマティルダさんに内緒にしてもらった。
すっきりしてオムツも替えて布団に戻ると、体が冷え切っていてぷるぷると震える。
「くちんっ!」
くしゃみも出てきたわたくしに、ラファエルお兄様は寝ぼけながら自分の布団を捲った。
「寒いの、セラフィナ。いいよ。こっちにおいで」
「おにいたま……」
言葉に甘えてラファエルお兄様の布団に入れてもらうととても温かい。ラファエルお兄様がぎゅっとわたくしを抱き締めて来て、わたくしはその体温に安心してぐっすり眠ることができた。
朝はすっきり起きて、顔を洗って着替えをする。わたくしが選んだワンピースを着て、カーディガンを着て、白い靴下をはいて、靴も履くと準備が終わる。
ラファエルお兄様は自分で準備をできていた。
皇族や貴族の子息令嬢は、学園に通うときには自分で何でもできるようになっていないといけない。学園では体育で着替えをしたり、ダンスの授業で着替えをしたりするのだが、侍女や侍従を連れて行くことは許されていないので、自分でできなければいけないのだとラファエルお兄様から聞いていた。
支度が整ったころに客間のドアがノックされた。
「おはようございます、ラファエル、セラフィナ」
「おはよう、アルベルト」
「一緒に食堂まで行きましょう」
誘いに来てくれたアルベルト様に、わたくしはとてとてと近付く。両腕を広げると、アルベルト様は自然にわたくしを抱っこした。
「あ! アルベルト、セラフィナを抱っこしてずるいぞ」
「階段もあるのでわたしに抱っこされている方が安全だとセラフィナが判断したのでしょう」
「セラフィナ、わたしがいるじゃないか」
ラファエルお兄様が拗ねているので、わたくしはちょっと考えてからラファエルお兄様に伝えた。
「じゅんばん!」
「それでは、部屋に戻るときにはわたしがセラフィナを抱っこするからね!」
「分かりましたよ」
納得してくれたようなので、わたくしはアルベルト様に抱っこされて食堂まで行った。食堂に入ると叔父様と叔母様がアルベルト様に抱っこされているわたくしを見て目を細めている。
「アルベルトとセラフィナ殿下は兄妹のようですね」
「セラフィナ殿下のかわいいこと」
わたくしはお父様とお母様とラファエルお兄様だけではなく、アルベルト様とそのご両親にまで溺愛されているようだ。小さい子はかわいいものだから、これに驕らずずっと誰からもかわいがられるいい子であろうと心に誓うわたくしだった。
朝食を食べている間、わたくしはテーブルの中央が気になっていた。テーブルの中央には新鮮な苺が盛られている。艶々とした真っ赤な苺に視線が向いてしまうわたくしに、アルベルト様が促してくれる。
「朝食には我が家では苺は好きなだけ食べていいのですよ」
「いっぱい!?」
「朝食が食べられないようにならなければ」
大好きな苺を好きなだけ食べられる。
わたくしは朝食は控えめにして、マティルダさんに苺を小皿いっぱい取ってもらった。
苺を食べながらわたくしは幸せな気分になる。
ベルンハルト公爵領では苺の栽培が盛んだからこんなことができるのだろう。
美味しい苺を食べて、苺のフレーバーティーを飲んで、大満足でわたくしは朝食を終えた。
朝食が終わると、わたくしたちは帰り支度をする。
客間まで抱っこして連れて帰ってくれたラファエルお兄様がコートを着て防寒具を身に付けている。わたくしもコートを着せてもらって、ネックウォーマーと手袋を身に付ける。
「今度はアルベルトが遊びに来てくれ」
「アルベルトおにいたま、きてね」
「はい、ラファエル、セラフィナ」
見送りに来てくれたアルベルト様に挨拶をして、わたくしは馬車に乗った。
一泊だけのベルンハルト公爵家滞在だったが、わたくしにとっては大きな意味があった。
アルベルト様がクラリッサのことをまだ強く思っているのを感じたし、クラリッサのお墓参りにも行けた。
クラリッサのお墓はベルンハルト公爵家の敷地内にあった。
前世のわたくしの両親は遺体になってもわたくしを引き取ろうとしなかったのか。
考えていると、ラファエルお兄様が馬車の中でわたくしを抱き締めて小さく呟く。
「叔父上と叔母上も大変だな……」
「たいへん?」
「いや、なんでもないよ」
何が大変なのか気になってしまって、わたくしはラファエルお兄様の膝の上に抱っこされたまま、ラファエルお兄様の両頬に手を添えた。
「おにいたま、おちえて?」
できる限りかわいい声で、かわいく小首を傾げて言えたつもりだ。三歳児のわたくしはあざとさも覚えたのだ。
「セラフィナにそんな顔をされると弱いな……。亡くなったメイドのお墓を見たよね? 遺体は引き取りに来なかったのに、あの家は……ベルンハルト公爵家に自分の娘を死なせたと言って金をせびりにくるらしいんだ」
やりそうだ。
わたくしの前世の両親だったらやりそうなことを言われてわたくしは渋面になってしまう。
遺体も引き取りに来ないのに、わたくしの両親はベルンハルト公爵家に金をもらいに行っているのか。前世でクラリッサのことなど全く考えていなかったのに、金づるになると思ったら死んだことすら利用する両親に吐き気がしてくる。
「やーなの」
「嫌な感じだよね。最初は応じていたらしいんだけど、最近は追い返しているとは聞いている。それでもしつこいらしいんだ」
ベルンハルト公爵家は領地も広く、皇族で身分も高い。前世のわたくしの家は貧乏男爵家で、お金などなかった。貴族の地位を守れるかどうかの瀬戸際だった気がする。
それがわたくしの死をきっかけに、ベルンハルト公爵家を脅すようにして金をせびっていたのだと聞けばいい気はしない。
わたくしがあのひとたちからどのような扱いを受けていたか、クラリッサだったころに叔父様と叔母様とアルベルト様にしっかり伝えておけばよかった。そもそも、一人しかいない娘を奉公に出す時点で両親はおかしかったのだ。
わたくしが力及ばなかったばかりに、ベルンハルト公爵家に迷惑をかけていたと思うと申し訳なさで胸がいっぱいになる。
黙ってしまったわたくしを、ラファエルお兄様が優しく抱き締める。
「セラフィナに変な話を聞かせてごめんね。セラフィナは賢いから、つい話してしまう。こんな話は怖かったよね」
「こわくないの」
「そう? わたしは小さいころ、『死』というものを考えると、とても怖かったよ。この世界で生きているひとは誰も経験したことがなくて、一度死んでしまったら二度と戻って来られないと思うと、真っ暗な闇の中に突き落とされるような気がした」
ラファエルお兄様に言葉に、わたくしは死について考える。
わたくしは一度死んでいるが、生まれ変わった。こういうことが他の相手にも起きているのか分からない。
ただ、わたくしは死を経験していた。
死の瞬間、わたくしはとても痛くて苦しくてつらかった。
もう二度とあんな思いはしたくないとセラフィナになってから思い出して考えている。
それでも、セラフィナのわたくしもいつかは死ぬのだろう。
そのときまた生まれ変わるのか、今度こそ本当の終わりになるのか、わたくしには分からない。
「ち……こわい」
「怖いよね」
死について考えても分からないのだが、ラファエルお兄様の真っ暗な暗闇の中に突き落とされるような気がするというのも分かる気がした。
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