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転生皇女セラフィナ  作者: 秋月真鳥
二章 ミカエル誕生

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16.クラリッサのお墓

 アルベルト様の部屋でラファエルお兄様とアルベルト様は学園の宿題を見せあっていた。お互いに間違っているところはないか確認しているようだ。

 わたくしは学園に通えなかったので、学園の勉強が気になって仕方がない。

 背伸びをしてアルベルト様とラファエルお兄様がノートを見せあっている机の上を見ようとしたが、背が低すぎて難しい。机のへりに手をかけて一生懸命背伸びをしていると、ラファエルお兄様がわたくしを抱き上げてくれた。

 膝の上に抱っこされて、わたくしはラファエルお兄様とアルベルト様のノートが見えるようになる。二人は歴史のレポートについて話し合っていたようだった。

 この国と属国との関係や、貿易についてレポートは書かれている。

 詳しく読みたかったが、わたくしがレポートの用紙を捲るわけにはいかず、見える部分だけでも読んでおいた。


 セレスティア帝国とストラレイン王国とカラステア王国。

 三つの国の結びつきについてレポートには詳しく書かれているようだ。


 わたくしが読んでいると、アルベルト様が時間を見て立ち上がった。


「少し席を外していいですか?」

「どこに行くんだ、アルベルト」

「今日は亡くなったメイドの月命日なので、お墓参りに行ってきます」


 アルベルト様はクラリッサのことを少しも忘れていない。

 飾ってあったペーパーウェイトと青い羽ペンからもそれを感じられたが、月命日にはお墓にお参りに行っていたのか。

 わたくしは素早く手をあげた。


「わたくち、いきたいでつ!」

「そうだね、アルベルトの命を救ってくれた人物だ。わたしも従兄弟としてお礼を言わなければいけないだろう」

「ラファエルとセラフィナも来ますか?」

「あい!」

「行くよ」


 アルベルト様はそれに関して受け入れて、わたくしとラファエルお兄様は一度客間に帰ってコートや防寒具を身に付けて玄関ホールでアルベルト様と合流した。

 玄関ホールから出ると、馬車が待っているのかと思っていたが、そうではないようだ。アルベルト様は護衛に守られながら庭を歩いていく。

 わたくしはラファエルお兄様と手を繋いで、アルベルト様について行った。

 ベルンハルト公爵家の敷地内にお墓はあった。

 庭から柵を潜って出た先に、大きな木が見えて、その木の近くに墓石が立ててあった。


 クラリッサ・ルナール。


 わたくしの前世の名前だ。

 アルベルト様はわたくしのお墓をベルンハルト公爵家の敷地内に作ってくれたようだった。


 アルベルト様が墓石の前で目をつぶって祈っているのに、わたくしは複雑な気持ちになる。

 そこに眠っている亡骸は確かにクラリッサのものではあるけれど、クラリッサの魂はわたくしの中にある。

 わたくしがセラフィナとして生きて行くうちに少しずつ薄れている気はするのだが、まだクラリッサの記憶はわたくしの中にあった。


「わたしの大事な従弟を守ってくれてありがとう」


 ラファエルお兄様が静かな声で呟く。

 わたくしが守ったのがラファエルお兄様の大事な従弟で、アルベルト様は今はわたくしの従兄である。

 なんだか複雑になってしまって混乱しそうだったが、わたくしも一応祈っているふりはした。


 祈りを捧げた後に庭を歩いて帰ると、防寒具を脱いで、わたくしたちはティールームに移動した。

 昼食後のお昼寝をしていなかったので、その時点でわたくしはかなり眠くなっていた。

 ティールームでお茶を飲みながら、こくりこくりと居眠りをしてしまうわたくしに気付いて、ラファエルお兄様がマティルダさんにわたくしを部屋に連れて行くように指示したところまでは覚えている。


 それから、わたくしは記憶がない。


 気が付けばわたくしはベルンハルト公爵家で働くメイドのクラリッサだった。

 アルベルト様付きのメイドのわたくしのすることは、アルベルト様の着替えの仕度だったり、部屋の掃除、寝室を整えること、それに、アルベルト様と一緒に勉強することだった。


「クラリッサが一緒に勉強してくれるようになってから、ぼくは勉強が楽しくなったよ」

「わたくしも勉強ができて楽しいです」

「クラリッサは平民と一緒に学校に通っていたんでしょう? どんなところだった?」

「週に五日、午前中の授業と午後の授業があって、その間には給食がありました。給食が一番の楽しみでした」

「美味しかったの?」

「わたくしにとっては」


 実家ではかびたようなパンと薄いスープしか与えられていなかったわたくしにとって、硬くなっていないパンとおかずが出てくる給食は、とても幸せなものだった。

 ベルンハルト公爵家に奉公に出てからは、温かいものが三食食べられているので、比べ物にならないが、そのときのわたくしにとっては給食は命を繋ぐために必要なものだった。


「成績がよかったので、先生に気に入られていて、給食のおかずを少し多めについでもらえるのも嬉しかったです」

「クラリッサは食いしん坊なんだね」

「そうかもしれません」


 そんなことを言い合って、アルベルト様と笑い合った。

 五歳の年の差があったけれど、アルベルト様は聡明で、体も大きい方で、あまり年の差は感じさせなかった。

 それでも笑うと幼く見えて、年相応だと思った。


 目が覚めて、わたくしは自分がセラフィナなのかクラリッサなのか分からなくなってしまっていた。

 ふらふらと裸足でベッドから降りると、ドアの方に歩いていくが、周囲のものがとても大きく見える。ドアノブに手をかけようとしても、高くて届かない。

 窓の外は赤く染まっていて、夕暮れ時の空の色が見えていた。


「セラフィナ殿下、目が覚めたのですか?」


 マティルダさんに声をかけられて、わたくしは自分がセラフィナだったことを思い出す。

 マティルダさんはわたくしのオムツを確認して、漏らしていないことを確かめると、お手洗いに連れて行ってくれた。

 お手洗いから出ると、オムツは外して、下着を身に付ける。


「わたくち……」

「ここはベルンハルト公爵家です。お分かりになりますか?」

「あい」


 わたくしは、皇女セラフィナ。メイドのクラリッサではない。

 ようやくそれを理解したが、クラリッサだったころの気持ちが胸に残っていて、わたくしは泣きたいような、叫びだしたいような複雑な気分になる。


「眠っているときに汗をかいたようですね。夕食前にお風呂に入りましょうか」

「あい」


 マティルダさんに手を引かれてバスルームに連れて行かれて、わたくしはお風呂に入れてもらった。

 小さな手。小さな足。丸いお腹。

 わたくしは三歳児に違いなかった。


 暖炉のそばに座って髪を乾かしていると、ラファエルお兄様が客間に帰ってくる。


「セラフィナ、お風呂に入ったの? いい香り」


 ベルンハルト公爵家の石鹸は香り高く、髪も肌もすべすべになっていた。

 ラファエルお兄様から抱き締められて、わたくしはラファエルお兄様の胸に顔をすり寄せる。

 じわりと滲んできた涙は、クラリッサが確かに死んでしまっていたことをしっかりと実感した証かもしれない。

 クラリッサのお墓を見て、ベルンハルト公爵家の今を見て、わたくしはクラリッサが過去になったのだと実感していた。

 その中でもアルベルト様だけはまだクラリッサのことを過去にできていない。


「セラフィナ、泣いているの? 寂しくなった?」

「わたくち……」


 寂しくなったわけではないが、この複雑な気持ちを口に出すのは難しくて、わたくしは涙を拭ってラファエルお兄様にしっかりと抱き着いた。


 夕食は叔父様も叔母様もご一緒で、アルベルト様は穏やかに微笑んでいた。

 クラリッサが繋いだ叔父様と叔母様とアルベルト様の仲も、クラリッサがいなくなっても良好であり続けたようだ。

 そのことに安心するとともに、アルベルト様はクラリッサがいなくてももう平気なのだろうかと疑問もわいてくる。

 まだクラリッサのことを少しも忘れていないアルベルト様。

 月命日にはこんな雪の中でもお墓に参っている。


 アルベルト様の中のクラリッサの存在の大きさを改めて実感した日だった。

読んでいただきありがとうございました。

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