13.セラフィナ、皇帝と皇后の寝室で眠る
わたくしはベッドの中で柔らかくて軽いふわふわの羽根布団に包まれて眠っていた。
眠っていると、いつの間にかわたくしは馬車の中にいた。
馬車の中にはわたくしとラファエルお兄様とアルベルト様がいて、わたくしはクラリッサの姿ではなくてセラフィナの姿だった。
ラファエルお兄様とアルベルト様はどちらがわたくしを抱っこするかで揉めている様子だった。
「セラフィナはわたしに抱っこさせてください」
「いや、わたしが抱っこする」
「ラファエルはいつも抱っこできているのだからいいではないですか」
「馬車の中でセラフィナを受け渡すのは危ないから、わたしが抱っこしたままにする」
微笑ましい従兄弟同士の口喧嘩を聞きながら馬車に揺られていると、馬車が急に傾いて止まった。
周囲を馬で守っていた護衛たちが素早く馬車の周りに集まってくる。
その護衛が次々と倒れて、馬車のドアが無理やり開けられる。
「ベルンハルト公爵家の子息はどこだ!」
「その小僧か?」
そのときになって、わたくしは自分がクラリッサになっていて、ラファエルお兄様が護衛に変わっていて、アルベルト様が十三歳ではなくなって、十歳のあどけないお顔に戻っているのが分かった。
「アルベルト様! お守りいたします!」
「クラリッサ、逃げるんだ!」
「ダメです、アルベルト様!」
必死にアルベルト様に覆い被さってわたくしは刃に貫かれた。
目が覚めたとき、わたくしは泣いていた。
涙が止まらなくて、体を起こすと寒さで震えてしまう。
「こ、こわい……。おとうたま、おかあたま……」
裸足のままベッドから降りると、ベッドの横で眠っていたエリカが目を覚まして、わたくしの濡れた頬に鼻先をすり寄せてくる。
ふらふらと歩き出したわたくしを、気が付いたマティルダさんが止めた。
「セラフィナ殿下、どうなさいましたか?」
「こわいの……。おとうたまとおかあたまに、あいたいの」
泣きながら訴えるわたくしに、マティルダさんは少しだけ考えて、わたくしの足にルームシューズを履かせて、上着を着せた。
「セラフィナ殿下が『冒険』をしてから、皇帝陛下と皇后陛下からは、セラフィナ殿下がいつ自分たちの部屋に行きたがっても行かせていいと言われています。参りますか?」
「あい」
涙をぼろぼろと零したままで、わたくしはよろよろと歩き出した。エリカがわたくしの横にいてわたくしを支えてくれる。
廊下の灯りは最小限に落とされているが、マティルダさんが持っているランプの灯りがわたくしたちを照らしていた。
廊下を突き当りまで直進して、左に曲がると、階段が見える。階段を登るのは難しいので、マティルダさんに抱っこしてもらって登らせてもらい、階段の上の廊下を左に進む。
ゆらゆらと揺れるランプの灯りの中、わたくしはエリカに支えてもらって一生懸命歩く。
突き当りがお父様とお母様の寝室だ。
ドアをノックすると、わたくしは耐えきれずに泣き出してしまった。
「おとうたまー! おかあたまー! ふぇーん!」
ドアの前で座り込んで泣いているわたくしに、急いで駆けてきたお父様とお母様がパジャマ姿でドアを開けてくれた。
「セラフィナではないか。どうしたのだ?」
「わたくしたちを訪ねて来てくれたのですね」
優しく迎え入れられて、ソファに座らされて、顔を拭かれて、わたくしはホットミルクを、エリカは水を飲ませてもらう。ホットミルクをふーふーと吹いて冷まして飲んでいると、温かさに鼻水が垂れたが、それもすぐにお母様が拭ってくれる。
「こ、こわいの……。おとうたまとおかあたまと、ねんねちたいの」
怖い夢を見たことも、どうゆう夢だったかもうまく説明できなかったが、わたくしが一生懸命に伝えると、空になったホットミルクのカップをわたくしの手から受け取り、ローテーブルに置いたお父様が、わたくしを抱き上げた。
「怖い夢を見たのかな? 今日だけ特別だよ」
「わたくしたちと寝ましょう」
「おとうたま、おかあたま」
お父様とお母様の優しさに、また新しい涙が零れだしてくる。
それを拭いながらお父様はベッドにわたくしを連れて行った。
お父様とお母様のベッドはとても広くて、お父様とお母様の間にわたくしは眠ることになった。
お母様がわたくしを抱き締めて布団に入れてくれる。
「セレナ、それはずるいんじゃないか? わたしもセラフィナを抱き締めたい」
「ヘリオドール様、布団に入れてあげなければセラフィナは凍えてしまいます。わたくしが布団に入れてあげます」
「わたしの布団でもいいんじゃないか?」
「セラフィナ、どちらの布団がいいですか?」
わたくしに選択が委ねられてしまった。
そんなこと決められない。
わたくしが困っていると、マティルダさんが苦笑して侍女にすぐに子ども部屋からわたくしの布団を持って来させた。
それで問題なくわたくしはお父様とお母様の間で眠ることができた。
エリカはベッドの足元の方に丸くなって眠っていた。
右手をお父様が握って、左手をお母様が握ってくれる。
「おやすみ、セラフィナ」
「お休みなさい、セラフィナ。怖い夢を見たら、起こしてくださいね」
「いつでも声をかけていいからね」
右の頬にお父様がキスをして、左の頬にお母様がキスをして、わたくしは手を繋いだまま目を閉じた。大きくて温かいお父様の手と、華奢だが心強いお母様の手の温もりを感じて、わたくしはぐっすりと眠っていた。
翌朝は、お父様とお母様と一緒に目覚めた。
お父様とお母様は侍女に手伝ってもらって仕度をしているのを、わたくしはベッドに腰かけたままでじっと見ていた。
お父様は深いグリーンの肋骨服を身に纏い、お母様は上品なグリーンのドレスを身に纏う。
支度ができてから、お父様がわたくしを抱き上げ、お母様と共に子ども部屋まで連れて行ってくれた。
エリカも上機嫌で尻尾を振りながらついてきていた。
子ども部屋に行くと、真夜中に起こされて少し眠そうなマティルダさんがわたくしたちを迎えてくれた。
お父様がマティルダさんにわたくしを預け、わたくしはお手洗いに行ってから厚手のワンピースと上着に着替える。
「セラフィナが『冒険』をしてわたしたちの部屋を覚えていてくれてよかった」
「また怖いことがあったらいつでも訪ねてきていいですからね」
「おとうたま、おかあたま、ありがとうございまつ」
昨日見た夢の詳細は教えられないが、わたくしはお父様とお母様が優しく迎え入れてくれたことだけは一生忘れないだろう。
わたくしがあんな夢を見たのは、アルベルト様のお屋敷に泊まりに来てほしいと言われたからに違いなかった。
前世で馬車の中で死んだわたくしは、馬車に乗ること自体が怖くなっているのかもしれない。
皇帝一家の馬車には護衛が大量についてあんなことは絶対に怒らないと思っていても、恐怖は消えなかった。
わたくしが震えていると、お父様とお母様はわたくしを暖炉のそばに連れて行ってくれる。
「セラフィナ、寒いのかな? それとも、まだ怖いのかな?」
「わたくち……こわい」
「何が怖いのですか?」
「むつかちい」
今世でわたくしはまだ馬車に乗ったことがないし、馬も見たことがない。そんな状況で馬車に乗ることが怖いだなんて言えるはずがない。馬車というのも絵本では知っているが、今世で経験していないのだから、それが怖いというのは不自然だろう。
「この宮殿にいる限りは、セラフィナの安全は守られるからね」
「エリカもいますから、安心してください」
「何かあったら、わたしは一番にセラフィナとミカエルのところに行くよ」
「わたくしも、セラフィナとミカエルのところに行きます。わたくしたちがついていますからね」
お父様もお母様も子どもを愛する優しい両親だった。
わたくしが怖い夢を見てお父様とお母様の寝室で寝たことは、ラファエルお兄様にも知らされていたのか、朝食後にラファエルお兄様も子ども部屋に顔を出してくれた。
ラファエルお兄様はわたくしを抱き上げて、わたくしの額にこつんと自分の額をぶつける。
「セラフィナ、怖い夢を見たんだって?」
「あい」
「父上と母上がいないときには、わたしの部屋に来てもいいよ」
「おにいたまのおへや?」
「うん。わたしでよければ一緒に寝てあげる」
ラファエルお兄様までそんなことを言ってくれて、わたくしは家族に本当に愛されているのだと実感する。
アルベルト様が王宮に泊まりに来た後で、わたくしとラファエルお兄様もベルンハルト公爵家に泊まりに行くかもしれない。
そこでわたくしは初めて馬車に乗るだろう。
馬車の中でもラファエルお兄様が一緒だと思うと、大丈夫かもしれないと思える。
「おにいたま、いっちょにいて」
「セラフィナが怖いときには一緒にいるよ」
ラファエルお兄様に言われて、わたくしは恐怖が少しだけ薄れるようだった。
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