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転生皇女セラフィナ  作者: 秋月真鳥
二章 ミカエル誕生

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3.パンジーの花束

 ラファエルお兄様のお誕生日のお茶会が終わって、数日後にアルベルト様のお誕生日のお茶会が開かれた。わたくしは小さすぎるので当然参加できないが、わたくしがアルベルト様のことを気にしているのをお母様もラファエルお兄様も知っていたので、その三日後にアルベルト様は宮殿に来てくださった。

 宮殿に招かれるときには、フロックコートなどの正装を身に付けておかなければいけないが、アルベルト様は春らしい爽やかな若葉色のフロックコートを着ていて、それがとてもよく似合っていた。


「本日はお招き下さりありがとうございます」

「母上からセラフィナがアルベルトの誕生日を祝いたいと思っていると聞いてね」

「ありがとうございます、ラファエル殿下」


 優雅な動作で一礼するアルベルト様はまた背が高くなっている気がする。ラファエルお兄様もだが、お父様とベルンハルト公爵であるコンラート叔父様の背が高いので、アルベルト様もその血を引いて長身に育っているようだった。


 ラファエルお兄様は体が大きくて、十歳のころからわたくしを抱っこするときに非常に安定していたが、アルベルト様もそれに負けず劣らずと言ったところだった。このお二人に比べるとユリウス様は少し小さく見えるかもしれない。

 お母様は成人女性の平均身長よりも少し大きいくらいなので、お父様やラファエルお兄様と並ぶと小さく見えるのだが、わたくしはお母様に似ているからあまり身長は伸びないかもしれないと思っていた。


「ある……あるべうと……あ、ある、アルベルトたま!」

「セラフィナ殿下、わたしの名前を呼べるようになったのですね」

「あい。アルベルトたま、おたんどーび、おめめとごじゃまつ」


 庭師に用意してもらっていた白と黄色とオレンジのパンジーを纏めた花束を差し出すと、アルベルト様が嬉しそうに受け取る。


「ありがとうございます。どうしましょう。枯れてしまうのがもったいないですね」

「わたしはセラフィナに誕生日にスミレの花をもらったけれど、一輪は押し花にして栞に加工して、ずっと持ち歩けるようにしようと思っているよ」

「それはいい考えですね。わたしも白と黄色とオレンジを一輪ずつ押し花にして栞にしましょう」


 わたくしが摘んだわけではないし、用意してもらっただけのプレゼントだったがこんなにも喜んでもらえてわたくしは本当に嬉しかった。

 今日はお母様もお茶にご一緒していた。

 新年にお母様の妊娠が公表されて、公務を休むようになってから、お母様はわたくしとお茶の時間をできるだけ一緒に過ごしてくれようとしていたのだ。


「セラフィナが植物図鑑を眺めて、花を決めたのです。ラファエルにはスミレ、アルベルト殿にはパンジーと」

「わたしが差し上げた植物図鑑が役に立っているのですね」

「あの植物図鑑はセラフィナのお気に入りですよ。重くて持って読めないようですが、テーブルに置いて破れないように丁寧にページをめくってよく眺めています」


 お母様がアルベルト様に説明してくださる。

 二歳の体は力加減が難しいので、思わぬところでものを壊してしまうことがある。アルベルト様からもらった図鑑は高級品だと分かっているし、とても大切なものなので、わたくしは丁寧に扱っていた。


「ずかん、おはな、きれい。どうぶつ、すごい」

「図鑑を気に入ってくださってありがとうございます。あの画家が挿絵を描いている詩集もあるのですが、セラフィナ殿下には少し難しいかもしれませんので、贈るかどうか迷っていました」


 詩集!

 わたくしは前世では詩など読んだことがなかった。詩は貴族の中でも余裕のあるものが嗜むイメージで、わたくしのような貧乏貴族には縁遠いものだった。


「セラフィナはわたしが五、六歳のときに読んでいた本を読んでも熱心に聞いているから、理解できているのかもしれないけれど、詩は難しいかな」

「セラフィナ殿下は賢いのですね」


 詩に興味がないわけではなかったが、わたくしにはまだ早いと判断されたようだった。


「画集もありますが、図鑑より重くて大きいのですよね」

「セラフィナの腕力では持ち運ぶのも難しいかもしれないね」

「何かいいものがあれば、探してきます」


 図鑑の画家の絵はわたくしもとても美しいと思っていたので、他の絵も見られるならば見たいとは思っていた。


「絵を贈るのは早すぎますよね」

「あの画家の絵はセラフィナの部屋に飾ってもいいものだが、さすがに早すぎる」

「アルベルト殿、セラフィナはまだ二歳なのですよ」


 ラファエルお兄様にもお母様にもたしなめられてアルベルト様は絵を贈ることを諦めたようだった。直筆の絵は人気画家のものなので当然高いだろうし、わたくしはそんなものをいただいてもお返しができないと震えあがってしまったので、絵をもらうことがなくなって安堵していた。


 その日もアルベルト様は領地で採れた春摘みの苺を持ってきてくれていて、お茶菓子には苺のケーキが出た。


「苺の季節もそろそろ終わりです。これが最後になるかもしれません」

「いつも苺を届けてくれてありがとう」

「あいがとごじゃまつ」

「ラファエル殿下とセラフィナ殿下が喜んでくださるなら、わたしも嬉しいです」


 微笑むアルベルト様に、お母様がふと呟く。


「アルベルト殿はラファエルとセラフィナの従兄弟なのだから、もう少し砕けた喋り方をしてもいいのではないでしょうか。特に、こういう私的な場では」

「いえ、わたしはラファエル殿下とセラフィナ殿下の従兄弟ですが、身分が違いますので」

「わたくしは従兄弟のことを小さなころは『お兄様』と呼んだり、呼び捨てで呼んだりしたものです」

「そうだよ。アルベルトもわたしのことは『ラファエル』、セラフィナのことは『セラフィナ』と呼んだらいい」


 従兄弟同士なのに距離を置かれているような喋り方がラファエルお兄様も気になっていたのだろう。お母様の言葉に賛同している。


「いいのでしょうか……」

「公の場ではこれまで通りにすればいいのではないですか? 学園や私的な場ではラファエルの言う通りにしてあげたらどうですか?」


 お母様に促されて、アルベルト様がおずおずと口を開く。


「ラファエル……セラフィナ」

「これはいいな。アルベルトともっと親しくなれた気がするよ」

「アルベルトにぃに?」

「わたしのことも兄のように思ってくれるのですか」


 お母様が年上の従兄弟を「お兄様」と呼んでいたというのを聞いて、わたくしもアルベルト様を「アルベルトにぃに」と呼ぶと、アルベルト様が琥珀色の目を輝かせている。


「アルベルトに許したのだったら、ユリウスにも許さなければいけませんね」

「従兄弟同士、仲良くなるのはいいことだと思います」


 喜んでいるラファエルお兄様に、お母様も頷いていた。


 その日から、アルベルト様は私的な場ではわたくしとラファエルお兄様を呼び捨てにするようになった。元々アルベルト様は皇帝であるお父様の弟の息子なので、皇族である。わたくしたちのことを呼び捨てにして、親しく話しかけてもおかしくはなかったのだ。

 それでもアルベルト様は敬語は崩さなかった。


 日に日に日差しが暖かくなって、暖炉に火を灯さなくても過ごせるようになった春の日、わたくしはお母様の目立ってきたお腹と向き合っていた。

 お母様がわたくしに教えてくれたのだ。


「セラフィナ、赤ちゃんが動くようになりました」

「あかたん、うごく?」

「わたくしのお腹に手を当ててください」

「あい」


 お母様のふくらんできたお腹に手を当てると、しばらくは何も起こらなかったが、ややあってぽこんと何かが中から蹴ったような気配がした。


「あかたん!?」

「そうです。今、お腹を蹴りました」

「あかたん、ねぇねよ。いいこいいこ」


 わたくしが語り掛けると、お母様のお腹の中で赤ちゃんがまた動く。

 赤ちゃんになんて触れ合ったこともないし、妊娠している相手に触れることもなかったわたくしは、赤ちゃんがお腹の中から動くのを感じられるなんて知らなくて、小さな手に伝わった確かな命の証に感動していた。


「おかあたま、あかたん、かーいーね」

「生まれてくるのが楽しみですね」

「あかたん、おとと? いもと?」

「生まれて来るまでは弟か妹か分かりませんよ。セラフィナはどっちがいいですか?」

「どっちも!」


 弟であろうとも、妹であろうとも、わたくしは赤ちゃんをかわいがるつもりだった。

 前世ではわたくしには腹違いの兄弟がいたようなのだが、会うこともなくわたくしはベルンハルト公爵家に奉公に行った。赤ちゃんと触れ合ったことはないし、弟妹がいる実感もなかった。

 お母様のお腹から生まれてくる赤ちゃんは、間違いなくセラフィナであるわたくしの弟か妹で、わたくしにとっては初めての弟妹だ。


「あかたん、ねぇね、あかたん、だいすちよ」

「セラフィナはいいお姉様になりそうですね」


 お母様に言われて、わたくしはお母様のお腹を撫でながら、生まれてくる弟妹のことを考えていた。


読んでいただきありがとうございました。

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