16.二つの花束
わたくし、クラリッサが死んでしまって魂が体から離れたところに、魂が体から離れたセラフィナの体があった。クラリッサの魂はセラフィナの体に入り込み、新しい人生を歩むことになった。
ラファエルお兄様の発言からそういう仮説を立ててみたが、わたくしにできることは何もなかった。
わたくしもどうやってセラフィナの体に入ったのか全く分からないし、わたくしの魂が離れたところで本来のセラフィナの魂が戻って来れるとは限らない。多分、わたくしの魂が離れれば、セラフィナの体は死んでしまうのではないだろうか。
それは誰にとっても悲劇である。
死産かもしれないと一度は娘を失う危機を経て、何とか取り戻したお父様とお母様にとって、中身がクラリッサであろうとも、生まれてからずっとセラフィナとして生きてきたわたくしが死んでしまえば、愛娘を失ったとして悲しみに沈むだろう。それはラファエルお兄様も同じだ。せっかく助かった妹を失ってどれほど嘆き悲しむだろう。
わたくしがセラフィナの体を借りて生きているとしても、このまま生きていくのが一番いいのではないだろうか。
わたくしはそういう結論に達した。
わたくしは、皇女セラフィナとして生きていくことをさらに強く心に決めたのだった。
人間が生まれ変わるなんて話、聞いたことがないし、どういう原理なのかも全く分からないが、わたくしはクラリッサの記憶を持ってセラフィナに生まれ変わった。そういうことにしておいた方が誰も悲しまずに済みそうだ。
衝撃に立ち竦んでしまったが、気を取り直してわたくしはラファエルお兄様に聞いてみた。
「にぃに、アルたま、ユーリたま、アンたま、くゆ?」
「今日招待状を出してもくるのは来週になるかな」
「たのちみ」
「セラフィナも楽しみにしていると招待状に書くよ」
ラファエルお兄様はアルベルト様とユリウス様とアンリエット様に、来週の休みにお茶会の招待状を書いていた。
これまではアルベルト様とユリウス様だけだったのだが、アンリエット様が参加するようになったのは、大きな変化だった。
「学園でも、社交界に出てから困らないように、サロンを借りてお茶の時間があるんだ。わたしはアルベルトとユリウスとお茶をしているけれど、アンリエット嬢は他の令嬢とお茶をしているみたいなんだ」
「アンたま、べちゅべちゅ?」
「そう、アンリエット嬢とは別々なんだ。一緒にお茶をしたいと思ってはいるんだが、アンリエット嬢は女性だし、男性の中に一人だけ混ざるのも微妙だろう?」
「にぃに、アンたま、すち?」
「え!? 好き!? そ、そうなのかな? わたしは、アンリエット嬢のことが好きなのかな?」
白い頬を薔薇色に染めて狼狽えているラファエルお兄様に、これはもしかしてとわたくしは思う。ラファエルお兄様はアンリエット嬢のことを好ましく思っているのかもしれない。
わたくしはアンリエット嬢はわたくしにも優しくしてくれるし、身分も申し分ないし、ラファエルお兄様に相応しいと思っているのだが、ラファエルお兄様はどうなのだろう。
「アンリエット嬢のストロベリーブロンドの髪がとても美しくて、空色の瞳にわたしが映っていると嬉しくて、ちょっと散ったそばかすもチャーミングで……」
あぁ、これはラファエルお兄様はアンリエット嬢に恋をしている。間違いない。
アンリエット嬢とラファエルお兄様の仲を取り持ちたいと思うのだが、わたくしになにができるだろう。
前世でもわたくしは恋愛など全く縁がなかった。今世ではまだ二歳である。恋愛など縁があるわけがない。
それでも、いつか好きなひとと結ばれたいという思いが前世でもあったし、今世でももちろんある。
好きなひとができたこと自体一度もないのだが。
「にぃに、アンたま、けこんちる?」
「け、結婚!? セラフィナはおませさんだな。そんな言葉を知ってるだなんて。結婚の前に婚約だけど……アンリエット嬢はわたしのことをどう思っているのだろう」
アンリエット嬢の態度からすれば、ラファエルお兄様のことを嫌ってはいなさそうなのだが、好きかどうかは分からない。
アンリエット嬢は恋愛よりも弟妹をかわいがることに気を取られている気がする。
「にぃに、おはな、あげう!」
「アンリエット嬢に花束をプレゼントするのか」
一生懸命アドバイスするわたくしに、ラファエルお兄様は頷き、考えているようだった。
次の週末、アルベルト様とユリウス様とアンリエット嬢が宮殿にやってきた。
ティールームにはわたくしも当然のように同席していた。
ラファエルお兄様は白薔薇の花束を用意していたが、なかなかアンリエット嬢に渡せない様子である。幼児用の椅子に座ってわたくしはラファエルお兄様を見守る。
「あ、アンリエット嬢、よく来てくれましたね」
「お招きいただきありがとうございます。わたくしの友人もラファエル殿下とアルベルト様とユリウス様のお茶会に来たがっていましたわ」
「ご友人も……次回お招きしましょうか」
「喜ぶと思います」
ラファエルお兄様、令嬢を増やす方向に持って行ってどうするのですか!
「にぃに、おはな!」
ラファエルお兄様がなかなか花束を渡せずにいるのに、わたくしはつい口出しをしてしまった。二歳児の口はどうにも感情のままに動きすぎる。
「お花? お花がどうかしましたか?」
「いえ、あの……アンリエット嬢は、白薔薇はお好きですか?」
「はい。わたくし、お花は何でも好きですわ」
「こ、これ……」
白薔薇の花束を差し出して真っ赤になって俯いてしまうラファエルお兄様に、アンリエット嬢が花束を受け取って喜んでいる。
「わたくしにですか? ありがとうございます」
「せ、セラフィナが、アンリエット嬢に花を差し上げたらいいのではないかと言いまして」
「まぁ、セラフィナ殿下が。ありがとうございます、セラフィナ殿下」
ラファエルお兄様、そこでわたくしの名前を出してはいけません!
自分が花を上げたかったのだと口にしなければ。
まだまだラファエルお兄様には恋愛は難しいようだった。
わたくしは椅子に座って小さなカップから牛乳が半分のミルクティーを飲み、お茶菓子を食べる。
ラファエルお兄様は緊張した面持ちのままわたくしの横に戻ってきた。
「ラファエル殿下、アンリエット嬢が……」
「ユリウス、何も言わないでくれ」
「はい、ラファエル殿下」
上手に花束を渡せなかったとしても、ラファエルお兄様の恋心はユリウス様には伝わってしまったようだった。伝わってほしいひとには伝わらずに、どうでもいいひとには伝わるのだから、困ったものだ。
「セラフィナ殿下、わたしからこれを」
そんなことを考えていると、アルベルト様がわたくしに小さなガーベラの花束を渡してきた。わたくしは花束をもらう理由がなくて驚いてしまう。
両手で花束を抱えると、アルベルト様が小さく微笑んだ。
「誕生日の日に、わたしにタンポポをくださったので」
「あいがちょごじゃます」
「セラフィナ殿下は不思議です。セラフィナ殿下と一緒にいると、わたしは心が凪いでいくような気がするのです」
わたくしが花束をもらってしまった!
しかも、アルベルト様から!
ラファエルお兄様は花束を渡すのを失敗して、わたくしはアルベルト様から花束をもらったお茶会は始まったばかり。
アルベルト様はわたくしに向かって初めて微笑みを向けた気がするし、前よりも顔色がよくなっている気がする。アルベルト様はクラリッサが死んでから泣くこともできなかったのではないだろうか。前回のわたくしのお誕生日のお茶会で、やっと涙を流して、気持ちに区切りがついたのかもしれない。
これからラファエルお兄様とアンリエット嬢の関係がどうなるのか、わたくしは見守っているだけでは済まない気がしてきていた。
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