15.衝撃の事実
わたくしも二歳になったのだから、お父様とお母様のことを、平民のように「パパ」「ママ」と呼ぶのではなく、「お父様」「お母様」と呼びたいと思っていた。
特にお父様は皇帝陛下であらせられて、お母様は皇后陛下なのだ。
「お、おとーたま、おかーたま」
「ヘリオドール様、聞きましたか? セラフィナがわたくしたちを『お父様』『お母様』と呼びましたわ」
「聞いたよ、セレナ。二歳になるとこんなに成長するものなのか。やはり女の子はお喋りが早いというけれど、その通りだったようだね」
感激しているお母様とお父様に、わたくしも誇らしい気持ちになる。
「おとたま? おかたま?」
「あい。パパ、おとーたま、ママ、おかーたま」
「おとーたま、おかーたま!」
わたくしの真似をしてリヴィア嬢もアルマンドール公爵夫妻を呼んでいる。
「リヴィアがわたしを『お父様』と呼んでくれた」
「わたくしのことは『お母様』と呼びましたわ」
アルマンドール公爵夫妻も感激している様子だった。
「それでは、リヴィアはこれからは自分のことは『わたくし』と言わなければいけませんね」
「アンリエット、それは少し早いのではないかな?」
「いいえ、小さなころからきちんと教えておくのが大事なのです。リヴィア、言えますか?」
「わたくち!」
「素晴らしいです、リヴィア」
「わたくち、すばらち!」
リヴィア嬢がアンリエット嬢に自分のことを「わたくし」と言うように習っている。
これは、わたくしも習得してもいいころなのではないだろうか。
「わたくち!」
「ヘリオドール様、セラフィナも自分のことを『わたくし』と言っていますわ」
「素晴らしいね」
「わたくち、すばらち!」
少しずつだが口も動くようになってきて、わたくしは喋ることができるようになってきていた。けれどまだ二歳。はしゃいで遊べばお腹が空き、お茶とお茶菓子でお腹がいっぱいになれば眠くなる。
「わたくち、ねんね……」
「そろそろ、セラフィナが疲れて眠くなっているようだね。今日のセラフィナのお誕生日はこれでお開きにしよう。アルマンドール公爵夫妻、ベルンハルト公爵夫妻、共に祝ってくれて感謝する」
「またお招きいただけますと幸いです」
「リヴィアもセラフィナ殿下のことがとても気に入っているようです。また一緒に遊べたらと思います」
「本日はお招きいただきありがとうございました、兄上、義姉上」
「アルベルトはセラフィナ殿下を特別にかわいいと思っているようなので、お祝いに参加できて嬉しかったことでしょう」
アルマンドール公爵夫妻とベルンハルト公爵夫妻が挨拶をしている。
「兄上、昔のようにコンラートと呼んでください」
「皇帝陛下、わたしも昔のようにカスパールと呼んでください」
「皇太子時代を思い出すな。コンラート、カスパール」
ベルンハルト公爵のお名前はコンラート様で、お父様の弟にあたる。アルマンドール公爵のお名前はカスパールでお父様の従弟にあたる。
二人を名前で呼ぶのは皇太子時代以来ということのようだが、また兄弟、従兄弟同士、交友が持てるようになるのかもしれない。
ラファエルお兄様がアルベルト様やアンリエット嬢と交友を持ち、わたくしがリヴィア嬢と交友を持つことによって、お父様も昔とは立場が違ってしまったけれど、弟や従兄弟とまた新しい関係を築けるのかもしれないと思っていた。
ベルンハルト公爵夫妻とアルベルト様、アルマンドール公爵夫妻とアンリエット嬢、ニコ様、リヴィア嬢が帰って行く中、わたくしは見送りに出ることもできず、疲れてベッドに寝かされていた。
わたくしの横にはお布団をかけられたお人形が寝かせてある。
お人形と一緒にわたくしは眠ってしまっていた。
わたくしのお誕生日のお茶会から一週間くらい経って、ラファエルお兄様は学園に入学した。
ラファエルお兄様が首席で入学の挨拶をするところは見られなかったが、入学の挨拶の練習をしているところは見られたのでよしとする。
ラファエルお兄様は学園に入学してから忙しく、わたくしのいる子ども部屋にほとんど来られなくなってしまった。
わたくしは一人で遊んでいたが、どのおもちゃも幼稚でつまらないし、お人形の着せ替えをして遊びたくても着替えさせることができなくて、退屈していた。
毎日のように会っていたアルベルト様とユーリ様とも会うことはなくなってしまった。
そのことを寂しく思いながら、わたくしは子ども部屋の机の上に飾ってあるダリアの花を見る。アルベルト様がお誕生日にくれたダリアの花はまだきれいに咲いて残っていた。
これもいつかは枯れてしまうのだろうが、その美しさを心の中に取っておきたい。これはアルベルト様がわたくしに下さった初めての贈り物だ。
ダリアの花はわたくしのお誕生日近くが盛りなので、この花を選んでくれたのだろう。
わたくしはアルベルト様のお誕生日にネモフィラの花を渡したが、ネモフィラの花はアルベルト様のお誕生日近くに盛りで、わたくしが持っていても怪我をしないという理由で選ばれたのだろう。薔薇は棘があるし、茎が硬いので持ったまま転んだらわたくしは怪我をしてしまう。
小さな体というのは不便なのだとしみじみと思う。
週末には学園は休みになるので、ラファエルお兄様もその日にはわたくしのいる子ども部屋に来てくれていた。
ラファエルお兄様に絵本を読んでもらって、わたくしは絵本の内容は易しすぎてつまらないのだが、その絵は美しくて引き込まれるのでじっと絵本を聞く。ラファエルお兄様の読み方が上手なので、飽きないというのもあった。
「来週末にはアルベルトとユリウスを呼ぼうと思っているんだ。アンリエット嬢も呼んだら来てくれるだろうか?」
「リーじょう?」
「セラフィナはリヴィア嬢と会いたいのかな? リヴィア嬢を呼ぶのは難しいかもしれない」
「にぃに、リーじょう、あとぶ」
「リヴィア嬢は無理かもしれないけど、アンリエット嬢は一緒に遊んでくれると思うよ」
リヴィア嬢と遊びたかったが難しいようだ。
小さな子どもは一人で外出もできないし制限が多すぎる。
「アルたま、かなちい、どうちて?」
ふとわたくしの口からぽろりと言葉がこぼれ出ていた。
アルベルト様はわたくしのお誕生日のお茶会の後、庭に散歩に行ったときに泣いていた。あの涙の理由をわたくしは知っていたが、ラファエルお兄様の口からはっきりと聞いておきたかった。
「アルベルトが悲しそうだったの?」
「あい」
「そうか……セラフィナには分かるんだね。セラフィナには難しいかもしれないけど、セラフィナが生まれる前の日に、アルベルトは事故に遭っているんだ。そのときに、アルベルトについていたメイドが亡くなったと聞いている」
わたくしが生まれる前の日に、クラリッサは死んだ。
それをはっきりと突きつけられて、わたくしは金色の目を瞬かせる。
「アルベルトにとってとても大事なひとだったんだよ。わたしは、セラフィナが生まれたことを喜んでいて、アルベルトの気持ちに添うことができなかった」
アルベルト様が悲しみに沈んでいたときに、わたくしが生まれたのでラファエルお兄様はその気持ちに添うことができなかったのを後悔しているようだった。
「にぃに、すち」
「わたしもセラフィナが大好きだよ。セラフィナが生まれてきてくれて本当に嬉しいと思っている。でも、どうしてあのタイミングだったのだろうとは思っているんだ。母上の出産予定日は十日も先だったし、セラフィナは生まれたときに呼吸をしていなくて、医者が手を尽くして何とか命を長らえたと聞いているし」
え!?
わたくしは生まれたときに呼吸をしていなかった!?
もしかして、セラフィナは別の魂を持っていて、わたくしは死んだすぐで魂が離れた瞬間、セラフィナの体に入ってしまったのだろうか。
それならば、ラファエルお兄様が愛するセラフィナはもう死んでいて、別人の魂がセラフィナの体に入っているということになる。
仮説の話だが、わたくしはそれが正しいような気がして、自分がセラフィナとして生きていていいのか考えてしまう。
でも、わたくしはセラフィナとして生まれてきたのだし、セラフィナとして人生を歩み始めているのだから、他の魂がセラフィナだったとしても、もうこの体を返すことはできない。
ラファエルお兄様の話から、わたくしは衝撃の事実を知って立ち尽くしていた。
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