第6話 ギルド
朝早くに出発し、3時間ほど森を歩くと、目的地の「ルネ」市街に着いた。高い山脈に囲まれたこの国には海が無い。露店に売られているものは肉や野菜ばかり。主食は穀物だとユピテルが言っていた。茹でて食べるらしいので米に近い何かかと推測される。
エルフの森のように緑豊かな土地があり、やや湿度が高いこの国はどことなく日本に近いものを感じた。ただ、建物はヨーロッパ辺りの街並みで、顔立ちも堀が深い人が多い印象だった。
街に着く前にユピテルと地図を確認していたが、ルネの街は想像以上に広かった。下町とは思えないほどの人の行き交い、露店の多さ、宿の多さ。これでいてまだ田舎と言われるらしい。ルネの城がある都に近づけばもっとすごいものが見られるよ、と知らない商人が道端で叫んでいたのを思い出す。
「すごい人だね」
「人酔いしそうだ…」
あんなに楽しみにしていたユピテルの顔が徐々に歪んでいっている。休憩する?と聞いたが、ギルドが先だと言って断られた。
迷路のような入り組んだ道をひたすら歩いて、『ギルド』と書かれた看板を発見した頃にはもう太陽が真上まで上がっていた。
「やっと着いた!」
疲れたと言ってギルドの受付にある椅子に、ユピテルは躊躇なくドカッと座った。
「いらっしゃいませ、」
少し呆れている男性店員の顔に、ルナは少し申し訳なさを感じた。
「依頼ってどこで見ればいい?」
ユピテルの質問に店員はすぐさま「初めてのご利用ですね」と前置きして、ギルドについて丁寧に教えてくれた。
「まず、チームか個人かで依頼内容や報酬が多少変わってきます。今回はどちらでしょうか?」
「あ~、そうだな」
ちらり。ユピテルはルナを見つめる。
(…なぜだろう、こいつ使えないんだよな~みたいな目で見られている気がする)
「どっちの方が報酬が高くなるんだ?」
「もちろん個人です。チームだと分け合うことになる場合が多いですよ」
「んじゃ、個人で」
(え。噓でしょ、)
「あ、あのチー」ムと言おうとしたところをユピテルに遮られる。
「ではまずはギルド登録をお願いします。依頼をする人は必要ないのですが、依頼を受ける側には安全対策として登録をお願いしています。少々ご質問もさせて頂きたいので私と別室にて手続きの方を進めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「分かりました!すぐ書きます!すぐ行きましょう!」
ユピテルは振り返ってベーと舌を出した。
「ルナは先に掲示板でも見て決めてもいいぞ~ルナにできるクエストがあればの話だがな!言っとくが報酬は自分のために使うから。今夜の宿楽しみだな!野宿にならないように頑張れよ!」
ギルドに一人しか見当たらなかった店員と共に、ユピテルは別室に行ってしまう。
(許さないっ…!)
昼近いからか、ギルドには私たちと店員の他に客がいなかった。静かな店内を歩いていると掲示板と思われるものが中央近くにあるのを発見した。
「これか。どれどれ」
全てカタカナでできた文章をなんとか脳裏で漢字に変換する。
(できるだけ今日中に達成できそうな簡単そうなものにしないと。)
≪キノコ探検:サルノコシカケ100個の収穫。報酬:1000ルネ≫
(100個って日が暮れちゃうよ)
≪鉱石採掘:アマテラス1個。報酬:1万ルネ≫
(なんだろう、簡単そうに見えて実は激強モンスターがいる場所での採掘になるやつに見えてしまう。これはやめとこう。)
もっと今の私にできることで、宿に泊まれるような報酬が良い。でも、そういえば宿ってどのくらいするのだろう。
「ここの物価とかお金の事、聞いておけば良かった。これじゃあ1000ルネがどれくらいの価値か分からないよ」
≪小動物の捕獲:青白いフェレットの捕獲。報酬:1億ルネ≫
「あ。」
ふと目に留まった内容にルナはこれだと確信した。億がつけば宿くらい大丈夫な気がしたのだ。内容も可愛らしい動物だし、捕獲の仕方さえユピテルから教われば私でもクリアできそう。ルナの頭の中の『捕獲』は、檻と仕掛けで待てば獲物が罠に引っ掛かり捕獲できる簡単なものだった。
◇◇◇
登録が終わったユピテルと交代して、次は私が手続きする番になった。
すれ違いさまにユピテルが「依頼あったか?」と聞いてきたので「簡単そうなのあったよ!」と自信満々に言ってみた。
「ではこちらをお読み頂いて、こちらにサインを。」
出された書類の全30行のカタカナの文章はさすがに頭が痛くなった。要するに自己責任ですよという内容ぽいので途中で飛ばしてサインした。それから年齢や血液型、得意技まで事細かに聞かれた。
「天野 瑠奈、16歳、AB型、得意技は高速爆炎。こちらでお間違いないでしょうか?」
(早く火起こしできるっていう得意技のこと、高速爆炎とかカッコつけちゃったけどいいよね!異世界だし!)
「間違いありません!」
「あ、それと先ほど掲示板の方を見ておられたようですが、何か受けますか?」
(そうだった。無事に登録できて、安心して忘れるところだった。)
ルナは掲示板に貼られていた紙を机の上に広げた。
が、男性店員はそれを見るや否や、震えあがった声でルナを見た。
「そ、それはやめた方が良い。」
「どうしてですか?」
「報酬を見ろ1億ルネだ。やめておけ」
「え、安いの?」
「馬鹿っ、城が建つくらいだ!」
(城ってあの城のこと?)
男性店員は依頼書を取ろうと手を伸ばした。
「だめ!」
「は?」
ルナは素早く依頼書に手を置いた。城が建つくらいならこの依頼は絶対受けたい。一生、宿で暮らせるかもしれない。旅が少しでも安全になるのだとしたら、これは絶対他の人に譲れない!
「なんでだ!これは簡単そうに見えるが闇を感じる依頼だ。報酬だって本当にこの金額がもらえるかなんて分からないぞ!異様に高い報酬ってのは、死ぬやつか、とんでもない嘘依頼か、後悔するほどの訳ありかだ。ここに来る冒険者はそんな危険で怪しい依頼に手を出したりはしない!君もやめるんだ。」
小さなフェレットの捕獲になぜこの男はこんなにも必死なのか理解できなかった。嘘の金額でもいい。多少、金額が少なくなってもいい。私ができるクエストはこれしかないのだ。今日は野宿しないって決めている。だから、
「金額が嘘でもいい。やりたいの!捕獲ってことは、この依頼主は探しているってことでしょう?飼っているのか分からないけど、きっと今もこの依頼主は探しているんだわ。そんな困ってる人を見捨てる訳にはいかない。」
(そして、捕獲して、宿に泊まってお風呂に入りたい!)
店員は手をすとんと落として唖然とした。これは何を言っても聞かないだろうと諦めたのか。ため息を一つこぼした。
「負けだ。好きにしろ。ただし…、明日の夜までの期間で依頼されたものだ。この意味わかるよな?」
「明日の夜までにフェレットを捕獲して持ってこればいいんだね」
「そうだ」
分かったと言って、ルナは部屋を出た。
中央の掲示板の近くにユピテルの姿を確認し向かった。
「無事終わったか?」
「終わったよ。ユピテルは何か良いクエストとかあった?」
「あぁ。ルナが別室に行った後、このギルドのオーナーが丁度入ってきて、新しい依頼書を掲示板に貼ったんだ。良さそうなのが二件ほどあったから、オーナーに言って引き受けた。ほら、」
これ。と依頼書を見る。
≪ウサギの燻製を作りたい!:ウサギ2匹。報酬:8000ルネ≫
≪駆除依頼:エルフの森に生えてるバラモドキに寄生された木10本。焼いて袋に入れて持ってきてくれ。数が合えば報酬を渡す。報酬:1万ルネ≫
(もしかしたら、こっちの方が簡単だったかも…もう少し待てば良かった。)
汗ばむルナにユピテルは首を傾げた。
「ま、まぁあれだ。二つともおれがクリアすれば、二人分の宿くらいの金額にはなる。だから、ルナは気楽にクエストして大丈夫だからな!ルナの受けたクエストはなんだ?キノコ採りか?薬草の採取か?」
にこにことユピテルは笑って聞く。
「……しえて。」
え?とユピテルは耳に手をかざす。
「……しえて。」
ルナの小さい声に顔を寄せた。ルナは気まずそうな面持ちでユピテルを見つめた。
「…青白いフェレットの捕獲の仕方教えて。」
ほんの数秒、ユピテルは間を置いた。
『青白いフェレット』という今まで聞いたことが無い色の小動物に、ルナが一度もやったことのない『捕獲』というキーワード。
「は?」
と言い放った、ユピテルの声色はいつまでもルナの脳裏に響き渡った。