82. 集結、雷閃士団
「すみません、アレクさん。また迷惑をおかけしてしまったみたいで……」
「ああ。気にしないでくれ、少年。見覚えのある美人が困っていたから、ついつい声をかけてしまったわけなんだが……まだミストピアのことは、勝手がわかってなくてね。何のお役にも立てなかった、ってオチさ。むしろ俺がいなかったほうが町の案内をせずに済んだ分、もっと早くここに来れたかもしれないよ」
「いえ……そんなことは、決してないと思います。ありがとうございます」
朗らかに笑って片手を振るアレクさんに向けて、俺は深々と頭を下げた。
彼がこの町に詳しくないというのは、本当だろう。
だが、フェレシーラの冒険者に対する態度を見るに、彼女が優先してギルドに足を運ぶ可能性は相当低かったはずだ。
しかしそこに、アレクさんが声をかけてきたのであれば……
エピニオたちや他の冒険者に協力を仰いで、俺を探してみようという提案を受けたであろうことは、想像に難くない。
そしてその結果、俺はフェレシーラと再会できたのだ。
だからアレクさんには、幾ら感謝してもしたりないぐらいだった。
フェレシーラにしても、それはわかっていたのだろう。
「そうね。成り行きとはいえ貴方には助けられたわ。ありがとうございます、アレク・メレク」
俺が頭を下げる横で、彼女もまた、頭を垂れていた。
その一部始終を眺めていたのだろう。
それまで見物を決め込んでいた冒険者たちの輪が、潮が引くようしてほどけ始めていた。
「なんだありゃ。あのフェレシーラが、よそ者の冒険者にあっさり頭下げてら……なんか大事が始まるとかじゃなかった、ってことか?」
「いや、それがどうもな……あの横にいるボウズを探してたみたいだぜ。盛り上がらねえ話だけどよ」
「ああ、さっきチビのグリフォンに吊るされてたガキか。むしろ幻獣目当てだろうな、こりゃ」
「てことは……触らぬナントカに祟りなし、だな。幻獣一匹取り合って、教団の猛禽相手に獲物の横取りかます度胸があるってんなら、話は別だがよ」
「アホか。そりゃ度胸があるんじゃねえ。ただの命知らずの、素人ってヤツだろ。はー……つまんね。おりゃあそろそろ塒に帰るわ。もう大して面白いものも見れなそうだしな」
「とかなんとか言って、武器の一つも持ってない小娘相手にブルってんだろ、お前は。さぁて……腹も膨れたし、俺も今日は宿に戻るかな」
「法衣姿のフェレシーラちゃん……いい……」
好き勝手に言い合いながら、皆が元いた場所へと戻ってゆく。
それに合わせるようにして、楽師や踊り子といった面々も撤収を開始し始めていた。
あれだけ盛況であった酒場が、嘘のように静かとなる。
あまりに唐突な宴の幕切れを、俺は呆気に取られながら眺めていた。
「また賑わうさ。夜がくるからね」
「……アレクさん」
ポツリと洩らしてきたその言葉に、俺は視線を巡らせる。
振り返るとそこには、向かい合わせにされた二つのテーブルがあった。
「彼女、最初君を追って貧民街に入って行こうとしていてね。さすがにそれよりは、教会に言伝を頼んでからギルドに……って流れになったわけさ」
周囲に聞き耳を立てる者もいなくなった辺りで、彼は話し始めていた。
いつの間にか用意されていた席は、合わせて七つ。
この場に残った全員――ホムラを含めて――が、着座可能な数だった。
「せっかく空いたんだ。まあ、座りなよ。謝礼代わりに少し付き合っていくぐらい、いいだろ?」
そう言われて、こちらが断れるはずもない。
それになにより……俺自身にこの人と話してみたいという、漠然とした欲求があった。
「そうね。世話になっておいて『では、ごきげんよう』ってわけにもいかないし……ただし、長話はお断りよ。一応、依頼の達成を優先して動かないといけないから」
「勿論そのつもりだよ……と、言いたいところだが。それは場合によるね」
意外な程にすんなりと席についたフェレシーラに、アレクさんがニヤリとして見せてきた。
悪戯っ子丸出し、といったその笑みを前に俺も席につく。
席の配置は、当然の如く4:3の向い合せ。
こちらは左からフェレシーラ、俺、ホムラ。
向かってあちら側は、アレクさん、プリエラ、レヒネ、エピニオという並びだ。
おそらくだが、後衛であり専門の術士である二人を守るために、自然に染みついた位置取りなのだろう。
これまで散々喋り倒していた女性三人も、表情や姿勢こそ違えど、全員が沈黙を守っている。
どう見ても、リーダーであるアレクさんの出方を待っている形だ。
ということは……いまは彼ら雷閃士団にとっての『パーティー行動中』、仕事の時間に相当するのだろう。
「フラムくん、だったね。大体の話は聞いているかもだけど。まずはあらためて、名乗らせてもらうよ」
テーブルに両肘をつき、口元で掌を軽く組み合わせたアレクさんが、にこやかな笑みと共に宣言してきた。
それに対して、俺たちは頷きで返す。
「では、まずは最初に。俺の名前はアレク・メレク。歳は二十二。冒険者パーティー『雷閃士団』のリーダーをやっている。魔剣士としてメタルカの冒険者ギルドで活動していた」
アレクさんが自己紹介を行う。
まるで出会い頭の挨拶のように、歯切れよく澱みのない名乗りだ。
そこに続けてプリエラが、「ちょこん」と兎耳を下げてきた。
「プリエラ・ラムリエ、ラビーゼ族の僧侶です。今年で二十になります。アレクとは四年前から一緒しています」
アレクさんに倣う形で、しかしそれよりは簡潔に、プリエラが挨拶を終える。
お次はレヒネだ。
彼女は両手をテーブルには乗せずに、深めのおじぎを済ませてから口を開いてきた。
「レヒネ・ヒューレ。魔術士よ。歳は……二十五。冒険者歴はそこそこだけど、三年と二ヶ月前に『雷閃士団』に加入してからは、いわゆる固定メンバー状態ね」
こちらはそこはかとなく、パーティーの歴史を感じさせる内容だが……
なんとなくレヒネの様子から、彼女が自己紹介に乗り気ではない印象を受けた。
気のせいかもしれないけど。
ともあれ、最後はこいつ――
「おぃっーす! アタシはエピニオ! エピニオ・ライガリンね! 十九歳、盗賊! 見ての通りの獣人族! 皆と付き合い始めたのは、二年ぐらい前からだったかな? それまではなんかテキトーにゴロついてた! よろしく!」
うるせぇ。
無駄に元気すぎだろ!
あ、でも……そういやエピニオからは、自己紹介されてなかったな。
なんか言われなくてもわかる的な感じで、まったく気にしてなかったけど。
盗賊が率先してペラペラと自分のこと喋り倒すのも、ちょっとイメージに合わないしな。
エピニオが盗賊のイメージにピッタリかって言うと、首を捻りたくなる部分もあるが。
しかし今度の女性陣の挨拶は、最初のときより随分と踏み込んだ内容だ。
まあ、そこら辺はリーダーのアレクさんがしっかりやっていたからか。
全体的にわかりやすい自己紹介だった。
だけど皆、意外と出身国とかは口にしないものなんだな。
中央大陸にはここまでの話にでてきたメタルカ共和国、ラ・ギオ以外にも、東側のアシュローグ帝国もあるし、そこらが不透明だったけど。
国家に属さない冒険者としての信条だとか、不文律だったりするんだろうか。
なんにせよ、この流れだと……
これってもしかしなくても、こっちも自己紹介をやる流れなんだろうか。
判断に迷い、俺はフェレシーラへと視線を飛ばす。
見れば彼女は、身じろぎ一つせずに目を伏せていた。