81. 紫電の金狼
「フェレシーラ! なんでここに……!」
「それはこっちの台詞でしょう。まったく」
思わず衝いて出たその問いかけに、フェレシーラは右手の甲を腰に軽く当てると、溜息混じりで応じてきた。
その足元では、一足先にホムラがパタパタと喜び駆け回っている。
「まーた一人で突っ走っていったと思ったら、こんなところで油を売ってるだなんて……一体、どういうことなのかしら?」
「う……それは、その。色々あって、止む無くというか、お世話になっていたというか……」
「色々お世話に、ねえ。まあその辺の話はあとでじっくり聞かせてもらうとして――」
そこで俺とのやり取りを一旦は切り上げて、フェレシーラがくるりと周囲を見渡す。
そしてそれまで不満気であった面持ちを一変させて「ニコリ」と笑みを浮かべて見せると。
俺の最も近くにいた女性陣……即ち、エピニオ、レヒネ、プリエラの三人に向けて、深々とおじぎを行った。
「こんにちは、親愛なる冒険者ギルドの皆様方。今日は私の連れが、大変お世話になってしまったようで。あらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました」
当然、彼女もセブの町での出来事を覚えていたのだろう。
頭を上げたフェレシーラの視線は、プリエラの影に隠れたエピニオへと向けられていた。
よく見れば、教団製の法衣の裾が僅かに赤茶色に染まっており、それが何とも言えない迫力を彼女に与えている。
「やだ……なにこの子! なんかこわいんだけど! こっち見てんですけど!」
「し、白羽根ってたしか……聖伐教団の中でも、たった一人にしか赦されない称号階位ですよね? この子が、No.1ってことですか……? あっ、お、押さないでくださいっ、エピニオ!」
未だざわめく周囲の反応から、只ならぬものを感じ取ったのだろう。
猫と兎がテーブルの向こう側に回って、おしくらまんじゅうを繰り広げている。
その光景を眺めていると、こちらの脇をつついてくる人物がいた。
一人フェレシーラの謝辞からの離脱に成功した、レヒネだ。
「ちょっとちょっと、フラムくん……雇った相手が白羽根って。そんな話、一言も聞いてないし……なんで隠してたのよ!」
「べ、べつに隠してたわけじゃ……てーか俺、黒獅子ってヤツの方が偉いのかと思ってたし……響き的に、そっちの方がカッコよくて強そうだったし……!」
「あら、フラムったら。そちらの女性のかたとも随分と仲がいいみたいね。よければ纏めて紹介してもらえると、手間が省けて助かるのだけど」
「手間って……お前な、フェレシーラ。初対面の人たちに、そんな言いか――たぁ!?」
フェレシーラの発言を咎めているところに、後ろからの突き押しがやってきた。
突然のことに振り向くと、エピニオたちが団子になって腕を交差させている。
見事なまでのバッテンマークだ。
どう見ても「あっちいってくれ」という意思表示だろう。
ついでに言えば、「神殿従士はボンクラ揃い」などと扱き下ろしていたスキンヘッドの大男も、目線を外して口笛を吹いている。
フェレシーラはといえば、相変わらず不自然なほどにニコニコとしている。
なんなんだよ、この状況は……!
いっそこの場で俺の暴走を咎めてくれればいいのに、めちゃくちゃ居心地が悪いぞ。
エピニオたちに礼を言いたいから紹介しろって言われても、向こうは全力で拒否してる感じだし。
フェレシーラに会えたはいいけど、色々と不穏過ぎる。
幾ら常日頃から仕事を取り合ってるいるにしても……
神殿従士と冒険者って、そんなに仲が悪いのか?
「いやー……参った参った。せっかくのエスコートを楽しんでたってのに、いきなり置いてけぼりだなんてなぁ」
なんてことを考えていると、通りのほうから聞き覚えのある男の声がやってきた。
それと同時に、再び人の垣根が割れてゆく。
店の入口から一直線に伸びたその道を、一人の男が闊歩してきた。
前髪以外を短く切り揃えた金色の髪に、薄紫色の瞳。
色白の肌、鍛え込まれた体つき。
服装は以前と変わらず白シャツ青ズボンで、しかし腰には長剣を佩いている。
「ここに駆け込むのを目撃してた人がいて、助かったよ」
「――アレクさん!」
朗らかに笑う長身の男を前に、俺はその名を叫んでいた。
「やあ、少年。また会えたね」
驚くこちらへと、彼は片手をあげての返事を行ってきた。
「なんだあの男、いきなり割って入ってきて……白羽根の知り合いか?」
「随分とスカした野郎だが……あっちの小僧が、アレクって言ってたか? ここらじゃ見ねぇ顔だな」
「いや……前に一度だけ見たことがあるツラだぞ。ありゃあ、どこでだったっけか」
「うん? 言われてみれば、俺もどっかで……アレク……アレクか」
そんなアレクさんにむけて、周囲の人々からの奇異の視線が降り注ぐ。
来客に続く来客に、野次馬根性が止まらないようだが……
どうにも今度のは、先ほどとは様子が違っている。
フェレシーラが現れたときとはまた違った、探る様な眼差しが彼の元へと押し寄せていた。
「思い出したぞ!」
そうこうしている内に、深緑色のフードを目深にかぶった男が声をあげてきた。
「メタルカ……メタルカ共和国だ! あの髪、あの面構え……前にメタルカでデカイ仕事を受けた時に、出くわしたヤツだ! 間違いねぇ!」
「メタルカの剣士で、アレクっていやぁ……まさか、雷閃――雷閃のアレクか! メタルカの金狼、紫電の魔剣士……アレク・メレクか!」
「ってことは……あっちの三人は、雷閃士団のメンバーか! 海蛇竜殺しのアレク・メレク率いる、メタルカの新鋭パーティーか!」
誰かが発した断定の声が、どよめきと共に紡ぎ合い答えを導きだしてゆく最中。
その男は、ゆったりとした歩調を変えることなく、俺たちの元へとやってきていた。
……なんかいま、もの凄い量の情報が一瞬にして飛び交っていたんだけど。
ここの人たちって、皆して他人の渾名に詳し過ぎないか?
仕事柄、同業者の名前を耳にするってのはあるんだろうけど……
もしかしてそこら中にいる冒険者一人一人に、渾名があったりするんだろうか。
てか、こういうのって誰が考えるんだ。
なんかパーティ名まで決まってる感じだったけど……ギルドに申告しておいて、情報を管理しやすくする為にも必要なんだろうか。
でも、雷閃士団って響きはなんだかカッコいいな……!
「あれま。こっちでも俺たちのこと知ってる人がいてくれたか。こいつは嬉しい誤算、って奴かな」
「「「アレク!!!」」」
ぽりぽりと頬を掻くアレクさんの元へと、レヒネが安堵の表情で歩み寄ってゆく。
エピニオがピンと尻尾を立てて駆け寄る。
プリエラが、芋の甘辛揚げを放り出して飛び込んでゆく。
「いままで、どこで道草を食っていたんですか! もう!」
「そーだよー! ていうかやっとアタシたちのこと知ってる人いたー! 気付かれるの遅すぎだよ、もーっ」
「というか、なんであなた神殿従士と……それも白羽根だなんて大物と一緒にやってくるのよ、もう……」
「いやぁ。毎度毎度、すまないね皆。しかしまあ、こうタイミングよく尋ね人をつかまえていてくれてるとは……驚きだよ」
あっという間に三人に囲まれて、アレクさんが苦笑を浮かべる。
その言葉と、登場のタイミングから察するに……
おそらくは、俺を探してくれていたフェレシーラと町のどこかで鉢合わせて、そのまま捜索に付き合ってくれていたのだろう。
こちらに向けられてきたアレクさんのウインクつきの笑顔からも、それが伝わってきていた。




