70. 冒険者たち
まだ昼過ぎだというのに、不揃いな石壁をオレンジ色の輝きに染めた店内でのこと。
「おーっしゃ! 俺もお前もお疲れ! 今日の冒険に、かんぱーい! ってな!」
大きなジョッキが一斉に掲げられて、祝杯が次々と打ち鳴らされていた。
……俺が腰かけていた、テーブルの隣で。
「ふーん。それじゃキミ、仲間とはぐれて迷子してたんだ。それもあんな人気のない、胡散臭いトコで」
「ええと……まあ、はい。そういうことに、なるかな……」
場所は酒場然とした店の壁際。
入口から一番離れた奥のテーブルに腰かけて、三方を囲まれた状況。
そこで俺は、頭に大きな猫耳を生やした獣人の少女による質問攻めにあっていた。
「なーる。それであんなに急いで、アタシたちの横をとおり抜けようとしてた、と。あ、おねーさん、こっち揚げイモ大皿おかわりー。オレンジジュースも二つねー」
「はーい! かしこまりましたー!」
少女の呼びかけに、両手に大量の皿を乗せた給仕の女性がにこやかな笑顔で振り返り、すぐさま次の席へと移っていく。
大繁盛の飲食店……というには、周囲で酒盛りに興じる面々は、少々物々しい恰好の人物ばかりだ。
年層は十代後半から、三十そこそこまでといった感じか。
男女の比率はパッと見で7:3ぐらいか。
その多くが、陽気に語り合いながら飲み食いに勤しんでいる。
それも鎧や外套に身を包み、剣や槍、斧といった武器を横に置いた状態で、だ。
明らかにそれとわかる、職種の者たちが集う酒場。
即ちそこは、冒険者の酒場兼ギルド――
いや、逆か? もしかしてこの規模だと、酒場の方がメインなのか?
……どちらにせよ俺が連れ込まれたその場所は、多くの冒険者が集い騒ぐ、巨大な建物だった。
「それで……名前はフラムくん、だったかな?」
熱気の立ち込める店内をキョロキョロと見回していると、今度は右手から声がかかってきた。
猫耳の少女よりも落ち着いた、艶のある声だ。
息遣いのそれからして知性を感じさせる、大人の女性の声。
こちらに語り掛けてきたのは、長い水色の髪とグレーの瞳の持ち主だった。
鍔付きのとんがり帽子と、金色の刺繍の入った群青のローブ。
出で立ちから見て、魔術士を生業としているのだろう。
帽子の両端で揺れる月を模したアクセサリーが印象的な、色白の女性だ。
「あ、はい。そうですが……ええと、あなたたちは……?」
「ああ、ごめんなさい。エピニオの勢いに釣られて、まだ自己紹介が済んでなかったか。これは失礼をしました。私はレヒネ。見てのとおり、魔術士よ。こっちの騒がしいのはエピニオ。君を助けてくれたのはプリエラ。詳しく知りたければ、後は直接聞いてちょうだい」
警戒心の滲み出た俺の問いかけに、レヒネと名乗った女性は躊躇う素振りも見せずに答えてきた。
おそらくは、この人が一番話が通じるし、通じなくもなるだろう。
そんな雰囲気のある……年上の女性だった。
多分、ウチの師匠とそう変わらない年齢だ。
ちなみにあの人は、今年でもう二十六だとボヤいてました。
「フラムくんは、その神殿従士さんとこの町に来たばかりだったんですか? あ、わたし、いま紹介してもらったプリエラと申します。駆け出しにちかい僧侶で、レヒネやエピニオと比べたらまだまだですけど……神術の扱いなら、少しは自信がありますよ!」
「あっ、ハイ。そう……ですね。昨日ここに来たばっかりで、道もよくわかんなくて……」
左手からやってきて明るい声に押されつつも、俺は返事を行う。
今度の女性は、ピンク色のやや巻き髪となったミディアムヘアー。
体つきは他の二人よりもふっくらとしているが、背は一番低く、150㎝にも満たない。
身に付けているのは白い法衣。
聖伐教団の神官衣とは作りが異なるものだ。
金の刺繍が入ってる辺りは、レヒネのローブとよく似ていた。
童顔で小柄、ほんわかとした雰囲気もあり、年齢はあまり予測出来ないが……
こちらより年上なことに、変わりはないだろう。
エピニオと呼ばれていた獣人の子とのやり取りを見た感じでは、二十歳前後な気もしてくる。
だが、プリエラと名乗った少女の印象が強く残るのは、そうした部分ではなかった。
「うんうん。迷子になるのはツライですよねー。わかりますよ、フラムさん」
彼女が頷くその度に……ピンクの髪の上でぴょこぴょこと折れ下がる、白い獣耳。
ぱっちりとした瞳の中心で輝く、血の色そのものを写し込んだような赤い水晶体。
獣人の中でも一風変わった特性で知られる、兎型の亜人。
ラビーゼという種族固有の身体的特徴に、俺は目を奪われていた。
身体面で優れた能力を誇る他の獣人とは異なる、非力で臆病な亜人。
そしてそれを補って余りある、アトマの出力と行使に特化した稀少な種族だ。
その個体数は決して多くはなく、ラ・ギオ以外で見かけるのは珍しいとされる。
「わたしも毎回、とっていた宿の場所がわからなくなってしまい、ツライです……」
「それは……たしかに、ツライですね」
そんなプリエラの言葉を耳にして、俺は同意の頷きで返す。
隣で静かに首を横に振っていた、レヒネさんへと向けてだが。
「そんでそんで? そのフラムくんは、なんでグリフォンの雛なんていう、おたから――じゃないや。ええと、そんな珍しい魔物をつれてるの? もしかしてキミ、噂に聞く魔獣使い……ビーストテイマーとかいうヤツなの?」
話がそこで一旦途切れたとみたのか、正面にいたエピニオが口を開いてきた。
最初に話しかけてきた、ベージュの髪をボブカットに切りそろえた女の子だ。
加えていえば、あの路地裏で俺を締め上げてきた張本人でもある。
接触の直前まで気配を殺していたのも、多分こいつだろう。
普段から隠身を行っているあたり、この中では盗賊かそれに類する役割を担っているはずだ。
そこらをすすんで口にしない辺りも、らしいといえばらしい。
そういうわけで、この三人の中では一番警戒していたのだが……
何より俺が彼女を気にしていたのは、その容姿に見覚えがあったからだった。
俺が『隠者の森』を出て、最初に立ち寄った場所。
宿場町セブで、アレクという人に助けてもらった際に姿を見せた、獣人の子だ。
薄手のシャツにショートパンツという軽装を極めた装いも、まったく変わっていない。
裏路地での反応を見るに、どうやら朧気にこちらを覚えてもいるようだ。
とは言え、その興味が俺に向けられていないことは明白だ。
彼女の視線は、俺の背中で目を瞬かせるホムラに注がれている。
レヒネからの説明を受けて以降、こいつはずっとこんな調子なのだ。
色んな意味で油断がならない。
「べつに魔獣使いとか、そんなんじゃないよ。ホムラは……俺の大事な友達だから。一緒にいる理由なんて、それだけだ」
「ふーん。トモダチねぇ。いかにも魔獣使いが好きそうな言葉だけど。なぁーんか、あっやしいなぁ。グリフォンってさ、めちゃくちゃ狂暴な魔物……幻獣ってヤツなんでしょ?」
「……なにが言いたいんだよ。もしかしてあんた、俺がホムラを親から引き離したとでも疑ってるのかよ」
「べっつにー。そこまでは言ってないけどぉ……でも、慌てたところを見ると。ホントは後ろめたいところ、あるのかなぁーって」
「……あんたなあ! 人が下手に出ていりゃあ――」
「やめなさいって、エピニオ。フラムくんも」
テーブルに手をつき立ち上がったところに、制止の声が飛んできた。
レヒネだ。
彼女はグラスに差されたスティック状の生野菜をヒョイと摘まみ上げると、指揮棒のようにそれを軽く振ってきた。
「ちょっと可愛い男の子をみると、すぐそうやってからかうのはあなたの悪い癖よ」
「そうですよ。フラムさんとホムラちゃんと仲良しなんですから。手を出したらガブッとやられちゃいますよ。あ、このお芋、甘辛でおいしいですね! 蛮族風って、どこの味付けなんでしょうね。南のほうかなぁ。エピニオは食べたことあります?」
「や、初めての味だけど。どーせよその国の味は蛮族の味、って感じでしょ。まあまあ悪くない味だけど、すぐに飽きそうっていうか……わたしはフツーに塩味のほうがすきかなー。そもそものこのイモ、妙に甘いし」
細い指、ふっくらとした指、そして毛皮に包まれた指……
それらが直径40㎝越えの大皿へと次々と伸びて、会話が交わされてゆく。
なんとなくタイミングを外してしまい、俺はナップサックを腹に抱える格好で着座する。
するとそこに、オレンジをしぼったコップが二つ、運ばれてきた。




