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54. 発進! 快速! フレン号!

「……なるほど」 


 予想していたよりも、ずっと激しい揺れと向かい風を全身で感じる最中。


「なるほど、なるほど……!」


 俺はだだっ広く拓けた街道の上で、景気よくフレンをパカらせていた。

 

 いや……正確に言えば、俺がフレンを走らせていたわけではない。

 フレンの手綱を取り、土埃を巻き上げ疾走させているのは他でもない。

 俺の眼前の御者台に座っている、フェレシーラだ。

 

 だがしかし、俺は馬車を走らせている。

 それもあれから聖伐教団の厩務員たちに見送られて、セブの町を旅立ってからずっと(・・・)だ。

 

「なるほどな! 役割分担……納得だ、フェレシーラ!」 

「そう。それはよかった。厩舎の人たちには無理を承知で頼んだけど、その甲斐はあったみたいね」


 白銀の馬装が照り返す、晴天の陽光に目を細めつつ。

 俺とフェレシーラは、それぞれの役割をこなしながら言葉を交わしてゆく。

 

 フェレシーラは、御者台にて堂に入った手つきで手綱を捌いている。 

 俺はといえば、その後ろに追加で設けられた座席に腰を下ろして操作・・を行っている真っ最中だ。

 

 整備の行き届いた幅広な街道を、フレンが猛然と、しかし軽やかに駆けてゆく。

 背中のナップサックでは、ホムラが「ピピー♪」とご機嫌な声をあげている。

 

 道行きすれ違う旅人の、度肝を抜きながら。

 悠然と前を進んでいた多頭立ての馬車の乗員を、唖然とさせながら。

 

 俺たちを乗せた幌馬車は、信じられないほどのペースで進み続けていた。

 

「しかしまあ、よくこんなやりかた考えつくもんだな……!」


 田畑。畦道。小川。雑木林……

 次々と流れゆく景色の群れを前に、両の掌に自ずと力が篭る。


「運行中の馬車に『軽量化』、馬に『体力付与』をかけ続けて走らせるなんてなぁ……!」

 

 青と白、二色の燐光を放つ霊銀盤へと、齧りつくように意識を傾けながら。

 俺は舌を巻く思いで、二つの術具へのアトマの充填に専念し続けていた。

 

 「私が考えついたことじゃないけどね! 金に糸目を付けなければ、誰だって出来るといえば出来るやりかただし!」 


 対してフェレシーラは、快走するフレンを見事に御しつつこちらの声を拾ってきている。 

 

「でもまあ……それにしても、ここまで簡単に出来るものでもないけど。普通は術具を即時発動式にして出力を保つ代わりに術者の数を多めにするか、その逆の大容量の充填式にして術具そのもののスペースを広く取るかの、どちらかだからね!」

「説明、どうもだけど……おま、こんなに揺れる中で舌噛んでも知らないぞ……!」

「その言葉、そっくりそのまま返させてもらおうかしら? 何せこんな無茶な真似、貴方がいなければ実行に移そうとも思わなかったもの! だからそのまま、頑張ってね!」

 

 少女からの声援に、俺は無言で頷いてみせた。

 

 俺の右手で青く輝くのは、『軽量化』の魔術法式が組み込まれた球状の術具。

 その名が示すとおりに、対象の重量を軽減する効果を持っている。

 その効果は当然、術具の性能により大きく変動する。

 

 今こうして俺が用いているアトマ充填型のそれは、充填容量が低めとなっており、無機物のみを対象にしている。

 その代わりに、軽量化そのものの効果を高めた代物だ。

 具体的に言えば、大人四人分ほどの重量をカットしている形となる。

 当然それにより、フレンに掛かる負担は大幅に低下し、速度の向上に貢献している。

 

 そしてその逆の位置。

 即ち左手の中で白く輝く棒状の術具は、『体力回復』の効果を持つ即時発動型の神術具だ。

 こちらもその名が示すとおりに、対象――この場合は一番の働き手であるフレン――の体力を回復することが可能になっている。

 

 馬車に搭載された『軽量化』と『体力回復』、二種の術具。

 そのどちらもが、聖伐教団の管理下にある貴重品とのことだが……

 

 その同時運用を可能としているのは、他でもない、この俺だ。

 

「うん。やっぱり私の目に狂いはなかったみたいね。シュクサ村で術具の扱いを見たときから、きっと貴方なら……フラムなら、こんな無茶な芸当も出来るじゃないかって、思ってたの!」

「無茶な芸当って、そんな、これぐらいのこと……」 

 

 上機嫌で手綱を握るフェレシーラに、俺は反射的に謙遜の言葉を口に動かしかける。

 動かし、かけて……

 

「これぐらいのこと――出来ないヤツだって、結構、いるかもな……!」 


 結局俺はあっさりとそれを翻し、見事なまでに調子に乗っていた。

 

 しかしまあ……それも仕方のないだろうと、俺は主張したい。

 術具による走破能力の向上には、対価として『何らかの積載物を増やす』というジレンマが発生して然りなのだ。

 

 だがそれは、フェレシーラの言葉によれば世間一般の常識らしく。 

 それらの問題は、どうやら俺一人が術具の操作に専念することで、十分にカバー出来るらしい。

 

 それはこの中央大陸を旅するという目的において、それなりの以上……

 いや。

 もしかしなくても、かなりの、結構なアドバンテージを発揮出来るはずなのだ。

 

 速力の上昇と、走行時間の増加。

 相反するこの二つの要素が共存可能となった際に、得られる恩恵は計り知れない。

 

 まず当然、時間当たりに稼げる距離が伸びる。

 これにより、町から町の移動はスームズになる。

 相当な悪天候やアクシデントに見舞われない限り、宿場町から宿場町といった基本的な移動に関しては日を跨がずの到着が可能となるだろう。

 

 そして次に、トラブルに対する回避力、対応力の向上が見込める。


 これは出立前に行われた、馬術場での指導と試走でわかったことなのだが……

 実はなんと、この幌馬車であれば俺も御者の真似事が可能となっている。

 ほぼ直進のみで速度を上げ過ぎず、術具の補助は軽量化のみ、といった条件下ではあるが……不可能ではないのだ。

 

 勿論それは厳しい調練を経て、へっぽこな俺を乗せても馬車を牽引することが可能なフレンの力量に依るものだ。

 その結果を受けて、慢心することなど到底出来ない。

 

 だがしかし、それが一夜にして可能となったことにより。

 俺たちは馬車を用いての交互に休息を取ることも可能となったのだ。

 

 無論、睡眠時間と日照時間の関係で、フレンを何処かでしっかりと休ませないといけないのに変わりはない。

 でもそれを、野外で行わずに済むケースが圧倒的に多くなるのだ。


 町から町に移動しつつ、馬車のメンテナンスを施し続けて。

 旅中では休息時間を確保することで、外敵への素早い対応を実現する。

 これは旅慣れない俺にとって、相当にありがたい変化だ。

 自然、時間的な余裕も増すことで、旅先で学べることも多くなるだろう。 

 

 ……まあ結局は、フェレシーラが起きているときが安全なのは確かだろうけど。

 それでも彼女の負担だって多少は減らせるはずだ。


 ちなみに車輪を始めとした、予備の馬車用パーツも搭載済みである。

 部品を痛みやすいものに絞れば、そこまで嵩張るものでもないらしい。

 

 そんなことを思い返していると、地平線の向こうにキラキラと輝く何かが見えてきた。

 

 川だ。

 名も知らぬ、大きな川。

 それが降り注ぐ陽光を堰き止めて、光の帯となり大地に横たわっている。

 

 初めて目にする光景。

 きっとこれから、数え切れぬほど目にするであろう、新たな天地。

 こうして皆で越え続けてゆくであろう世界が、馬蹄の打ち鳴らす快音と共に次々と拓かれてゆく。

 

「ああ――」


 ばたばたと風にたなびく幌布の歓声に、耳朶を打たれながら。


「気持ちいいな、フェレシーラ! 俺、こんなに気持ちいいの、初めてだ!」 

 

 全身を突き抜ける充実感と解放感に、我知らず、俺は快哉の声をあげていた。

 

「お気に召してくれたようで、何よりね。……私もよ、フラム。私もこんな気持ちのいい旅は、初めて」 

「そっか……!」


 そんな俺の思いは、フェレシーラにしてもそう変わらなかったらしい。

 

「じゃあ、お互い初めて同士ってわけだな! そっか……はは!」 

「そうね。でも、予想以上に上手くいったからって、無理は禁物よ。このやりかたは、飽くまで貴方が軸だから。調子に乗ってアトマを使いすぎたりしてダウンでもされたら……諸々投げ出しての振り出しに、逆戻りだってことはお忘れなく」

「う……! わか、りました……っ」 


 そんな普段どおりとなった、フェレシーラからの釘刺しを受けつつも。

 

 俺たちは、白雲伸び行く夏の街道をひた走っていった。



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