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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
三章

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50. 宿にて、回想

 木製の扉を、伸ばした手で押し込む。

 やや立て付けの悪くなっていたそれは、ギィ――と音を立てて開いてくれた。

 

「はぁー……待ち長かったぁ……」 


 そんな虚脱の言葉と共に、部屋の奥に配された寝台へとドスンと腰を下ろす。

 

「ちょっと。部屋に着くなり寝っ転がったりしないでよ? 先にやっておきたいことがあるんだから」 


 そこにやってきたフェレシーラの指摘の声に、俺はまっさらなシーツの上に横たわらせかけていた体を無理矢理に引き起こしていた。

 

「う……そういや洗濯物とかも、ずいぶん溜ってたもんなぁ。あと、ナップサックもしっかり洗っておかないとだ。さっきみたら、色々と大変なことになってたし……」 

 

 場所はセブの町、繁華街のど真ん中。石造りの建物の、二階の角部屋。

 つい今しがたまで俺たちが立ち寄っていた教会の、真向かいにある宿の一室だった。

 

 ちなみに、教会では入ってすぐの待合室で待機していただけなので、特筆すべきことはなにもない。

 礼拝堂とかには今一関心が湧かなくて、待合室でずっと本の虫をするしかなかった感じだ。

 フェレシーラは書類やらを持って、すぐに奥の建物に行ってたし。

 

 敢えて言うなら、神官の人たちが女性多めでのんびりとした感じだった、っていうぐらいだろうか。

 フェレシーラの姿を見た途端、なんか皆ピリッとした雰囲気になって背筋伸ばしてたけど。

 

「ていうかだ。フェレシーラって神殿従士なんだろ。わざわざお金出して宿とらなくても、教会か神殿で寝泊まり出来たんじゃないか?」 

「私一人なら、そうしていたかもだけど。聖伐教団の決まりごとやらなんやらで、関係者以外には結構五月蠅いのよ、教会って」

「う――それは、申し訳ございませんでした……」


 ……そういや俺が待合室にいる間だったか。

 色んな人が入れ替わり立ち替わりで入ってきて、矢鱈とこっちをジロジロと見ていたかもしれない。

 ちょっとお偉い感じの人もいたし、部外者にうるさいっていうのはマジなんだろうな。


「ううん。いいのよ、そこは気にしないで。べつに責めてるわけじゃないから。それにフレンはしっかり預けてきたし、こっちだって報告書を出す間、ずっと待たせたもの。それよりも……いつまでも頭の上にホムラを乗っけていないの。そろそろご飯の時間でしょ?」

「へーい。んじゃ、まずはそっちから――」

「ピィ! ピピィ!」

「あ、こら……騒ぐなって、ホムラ。いま食わせてやるから、お行儀良くだぞ、大お行儀良く」

「ピ? ピィ♪」 

 

 背中の住人から頭上の住人へと化していたホムラを下に降ろすと、楽しげに鳴きながら回り跳ねてきた。

 初めて見る木の床板が、そんなに珍しかったんだろうか。

 

 初めてと言えば……今日のご飯は干し肉じゃなくて、捌きたての鹿肉だ。

 通りの肉屋で血抜きが上手くいかなかったからと安く売ってもらえたのだが、むしろそのほうがホムラの成長に必要な栄養も取れていいだろうという判断である。


「ピピピピピ――」

 

 小分けにされたお肉を前に、クルクルとローリングを披露してくるホムラ。

 犬が自分の尻尾に目掛けてぐるぐるする、あの動きにちょっと似てるなこれ。

 

「よーしよし、たっぷり食えよー。今日は少しだけどモツもあるからな。……しっかし、グリフォンが雑食だったっていうのは意外だったな。俺、肉しか駄目なのかと思ってたよ」

「それもだけど。私はもう、母乳を飲まないでも元気でいられるが驚いちゃった。バーゼルの口振りだと、飲ませるのが当たり前な感じだったし」

「あー。確かにそれだと、もっと大変だったか。でも本当は、そっちも必要なんだろうな。明日からでも、色んなのを少しずつ飲ませて様子見てみるか」

「そうね。体質に合いそうなのがわかれば、いっそ旅の間はチーズの類を食べさせてみるのもいいかも。それなら持ち運びにも保存にも苦労しないし」

「なるほど、じゃあ早速――」


 ちまちまと肉が啄まれるのを眺めつつ、俺たちはそんな会話に没頭する。


 基本的にホムラは食わず嫌いもせずに、わりとなんでも食べてくれる。

 道端に野草の類があればちょこちょこと手を出しているし、野営中に焚火に寄ってきた羽虫の類なんかを(おそらく遊び半分で)仕留めてくれるから中々にありがたい。

 

 でもやっぱり栄養のバランスとかはちゃんと考えてみたほうが、きっと育ちもよくなるし、病気にだってかかりにくくなるだろう。 


「――って! こんなことばかりに時間割いてる場合じゃないんだけど!」

「む。こんなこととは何だよ。これだって、大事な予定の一つだろ」


 ご飯の〆に指で水やりならぬアトマやりからのゲップをさせていると、フェレシーラがそんなことを言い出してきた。

 しかしまあ、慣れないことをしていると時間が経つのが早いのも確かだ。


 ふと、小さな窓から空を眺める。既に陽は赤く染まり始めていた。 

 この分だと、すぐにこの辺りも暗くなるだろう。

 

「でもほんと、お乳は探してあげてみないとだなぁ。嘴あるのに、上手にチュウチュウ出来るんだもんなぁ。相性よさそうなのはネコ科のヤツっぽいけど、それだとちょっと入手は難しいか」

「だからいい加減、その話から離れなさいってば……ほら、いつまでもベッドの上に陣取ってないで。そっちの椅子に座りなさい」

「あ、ちょ、そんな押すなって。ここ結構狭いんだからさ」

「それは仕方ないでしょ。ホムラも一緒にってなると、片付けが楽な部屋でないと困るって言われちゃったんだし。同伴を断られていたらまた野宿よ? ようやく町まで来ておいて、また野宿したい?」 

「……さーせん。文句言ってすみませんでした」

「わかれば宜しい」


 ふん、と鼻息荒く胸を大きく反らすフェレシーラに、俺は頭を下げるしかなかった。

 

 何せ彼女は、一人であれば愛馬フレンの脚で以てとっくにこの町についていたはずなのだ。

 ここまで辿り着くのに四日もかかったのは、飽くまで徒歩である俺に合わせた結果だ。

 

 一応フレンへの二人乗りも案にはでたが、当然ながら鞍は一人用。

 おまけにこちらに乗馬の心得がないこともあり、断念を余儀なくされた形だ。

 

 なので、仕方なく野営を挟みながらこの宿場町にまで辿り着いた次第なのだが…… 

 これがまた、想像していた以上に大変だった。

 

 まず、基本である飲料水や携帯食の管理。

 これは森を出立する前に補充を済ませていたし、旅慣れたフェレシーラに倣い従うことで体裁は繕えた。

 水分は小まめに、食事は朝昼夕可能な限りしっかりと。

 夏場なのもあって、ちょっと気を抜くとすぐにバテそうになるのが、思いの外厄介だった。


 次に、一日を終える為に行う野営地の設営。

 これに関しては……正直言って、侮っていた。侮り過ぎていた。

 

 野営と言えば、陽が落ちたら行うもの。

 適当に寝心地のよい場所を見繕ろい、そこにテントを張ればいい。

 

 塔での生活で一通りの炊事や生活用品の扱いには慣れていたこともあり、俺の認識はその程度のものだった。

 しかし実際に、その準備に移るとなると……これがめちゃくちゃ大変だった。

 

 はっきりいって、野外にそうそう都合よく『適当に寝心地のよい場所』などなかったのだ。

 

 近くに河川があれば、雨による鉄砲水に備えて地盤の安定した高所に陣取り。

 それが無理なら、テントの周囲に排水溝を設けてから設営に取り掛かり。

 焚木に用いるのに適した枯れ木がなければ、明るいうちに薪の用意から取り掛かる必要があり。

 そもそも火を扱う時点で、常に延焼に気を払わなければいけなかった。

 

 仮にフェレシーラと出会わずに、一人で森を出ていたとして。

 

 気がつけば、寝ている間に大水に呑まれていた。

 焚木を碌に起こせず、外敵に襲われた。

 ようやく起こしてみたら、周囲が完全に火の海だった。

 

 そんな状況に陥っていたことを想像すると、中々に背筋が寒くなる。


 そして最後に、フェレシーラと交代で行った焚木の番。

 これに関しては言うまでもない。

 単純に、眠気との戦いだった。


 眠りについたフェレシーラとホムラを起こさぬよう、可能な限り静かにしつつ。

 只管に火を絶やさぬように、薪をチマチマ、チマチマとくべてゆく。 

 この状態が何とも言えず眠気を誘ってくるのだ。

 携帯式の水晶灯を使えばいいのにとも思ったが、それでは夜の冷え込みに耐えられず、獣除けとしても不十分らしい。

 

 ついでに白状しておくと、居眠りをかました数は両手でも足りない。

 不慣れとはいえ、見張り失格もいいところだ。 

 交代の際にフェレシーラに揺り起こされたことすらあった。

 

 そういえば初めて見張りに着く際に、彼女から「元気があるからって、寝込みを襲ったら駄目だからね」と言われてしまい、意味もわからず首を捻った記憶がある。

 

 気になって翌日に「何で俺がお前のこと襲うって話になるんだ? 魔物や狼じゃあるまいし」って聞いてみたところ、何故だか無言の笑顔が返されてきた。

 その後タイミング悪くホムラが走り回りだして、意図を確認しそこなったけど……

 次に見張りに着くときには注意はされなかったし、問題ありとは見做されなかったと思いたい。


 只でさえ俺は彼女と知り合ってから、事あるごとに質問責めに合わせているのだ。 

 教え上手なフェレシーラに甘え過ぎないように無闇矢鱈と質問はせず、円滑に旅を進める努力ぐらいはすべきだろう。

 師匠だって、「何事も自分で考える力を身に付けろ」と言っていたし。

 フェレシーラの行動を手本にしているうちに、自ずとわかってくることも多いはずだ。


 ……ちなみに一番心配していた、魔物に襲われる、ってパターンは一度もなかった。

 フェレシーラ曰く、「夜行性の魔物や動物は、そうそう火の傍には近づいてこないものなの」だそうで。

 

「森を出てからの出来事を振り返って、少し考えてみたのだけど」 


 使い古された椅子に身を預けてそんなことを考えていると、フェレシーラが口を開いてきた。



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