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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
十三章

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445. 【鴉】

「な――」


 力なく落ちていた両腕より、腕輪の重みが抜け落ちてゆく。

 漆黒の翔玉石が砂礫の如く微塵に砕けて、風に溶ける。

 

「ジン……グ?」

 

 天空の魔獣、大怪鳥ルフの稀少素材である漆黒のアトマ貯蔵器官。

 即ち、魂の力の置き所。

 それがなんの前触れもなく塵と化す、その最中。

 

 俺の背後から、何かを激しく殴打する音がやってきていた。

 

「ちょっと……なによこれの煙! いきなり湧いてきたと思ったら、進めないし! 術法も攻撃も受け付けないなんて……!」


 振り向けばそこに在るのは濛々たる黒煙。

 地に満ち、天を覆い尽くさんばかりの勢いで噴き上がるその煙の向こうに、フェレシーラの姿が微かに垣間見えている。

 

 パニックに陥りかけたまま周囲を見回すも、そこにあるのはやはり無尽の黒煙のみ。

 状況を把握せねばらない。

 この異常事態に対して、疾く思考を巡らせて、即座に打破せねばならない。

 

 そう考えるも、腕の震えが止まらなかった。

 

「うそ、だろ……」

 

 そこに在るべき物がない。然るべき重みがない。

 あれだけ喧しかったジングの存在が、一切感じられない。

 

「フラム! いま、そっちはどうなってるの!? 答えて、フラム!」 

「あ、ああ、フェレ、シーラ……ジングが、ジングのヤツが……」


 フェレシーラの声が、やたらと遠くから聞こえている気がした。

 眩暈を起こしかけた頭を振りかぶり、無理矢理に思考を回しにかかる。

 

 辺りに立ち込める黒煙の正体は、恐らく瘴気だ。

 それも超高濃度の……

 

 いや。

 これは、違う。

 瘴気は瘴気でも、構成自体が、密度そのものが、これまで俺が目にし操ってきたものとはまったく次元が違う代物だ。

 その証左に、先ほどから黒煙の突破を試みているフェレシーラが、瘴気に巻かれるどころか一歩も前に進めずにいる。

 

「うぐ……っ!」


 不意に喉元に、強烈な灼熱感がせり上がってきた。

 わかっている。

 眩暈に続き、そんな症状が出てきた理由は自分でもわかっている。

 

 突然の出来事にパニックに陥っていたくせに、ジングの魂が押し込められたいた翔玉石の腕輪が砕け散るのをこの目でみていたくせに、無理矢理に頭を使おうとしたからだ。


 冷静なフリをして、受け入れきれない現実からの逃避を試みていたからだ。

 吐き気が、止まらなかった。


 わかっていた。

 ジングはもう、ここにはいない。

 粉々となった腕輪から、アイツがいなくなっていたことは、わかっていた。

 

「なにが……」


 何が起きたのか、まったくわからない。

 全身を包む怖気が、このままここに居てはならないと告げてくる。

 だが、俺の体が選択したのはそんな理性的な行動ではなかった。

 

「なにが、つまんねえだ……!」

 

 止まぬ悪寒に歯をカチカチと鳴らしながらも、わなわなと拳が震えているのが、わかった。

 震えながらも、俺は叫ばずにいられなかった。

 

「なにが、俺の人生がつまんねえだよ……! こんな、こんなの……こんな結果の方が、よほどつまんねえだろうが! アホジング!」

「ふむ」

 

 喉も裂けよとばかりに放った絶叫に、応じる者がいた。

 

「……あ?」

「なるほど。二人合わせて、ジング……か。これはまた、あやつらしさを良く真似たものだ。クク――」


 目の前で、人の形をした闇が笑っていた。

 

 第一印象は、黒い鳥。鴉。

 または黒そのもの。

 第二の印象は、人外の術士。

 即ち魔人。


 身の丈は180㎝を優に越えているだろう。

 黒い外套に身を包んだ、壮年の男がそこにいた。

 

 彫りの深い美貌に、長い黒髪と黒い瞳。

 折りたたまれた艶のある黒い翼が、右肩のみを覆っている。

 よくよくみれば、顔の左側には火傷らしきあとがあった。

 

 手を口にあてて笑う男を見上げて、俺はすぐさま、とある直感を得る。

 

「ああ。これは失敬。どうにも可笑しくてね。こんなものに我が心血を注ぎ込んだ玉体をいい様にされていたとは……いや失敬」

 

 落ち着き払った声に続き、黒い瞳がこちらを睥睨してくる。

 そこにあるのは好機と蔑みの入り混じった、冷たい光。


 やはり魔人だ。

 姿形こそに人間に酷似しているが、こいつは間違いなく魔人だ。

 俺の直感がそう告げている。

 それもあのルゼアウルすらも上回る力をもつ、埒外の域にある魔人だ。

 

 その体にはあの黒煙の如き瘴気が纏わりついて――もしくは、そいつが瘴気を黒煙として纏っており、そこから放たれる重圧プレッシャーだけで息苦しさを覚えてしまうほどだ。

 

「フラム! ねえ、フラムってば!」

「……!」

 

 一瞬、呼吸すらままならなくなりかけていたところに、再びやっていたのはフェレシーラの声。

 かろうじて、俺は男から距離を取る。

 

「わるい、フェレシーラ! 多分だけど、新手の魔人だ! それも今までの連中とは比べ物にならないぐらいの、魔人が目の前にいる!」

「比べ物にならないって……目の前にって、一体どういうことなの! 今の今まで、どこにもいなかったじゃないっ!」

「それが……」


 黒煙の向こうからの問いかけに、俺は言葉を失う。

 失うより他にない。

 

 正体不明の魔人。

 そいつは明らかに、『凍炎の魔女』に競り勝ち虚脱していた俺の両腕から漏れ出でてきた、黒煙を介してこの場に現れていた。

 

 つまりはこの鴉野郎は、俺の中、つまりは精神領域に身を隠し、しゃしゃり出てきたことになる。

 その事実が、嫌が応にも俺の思考をとある推測へと至らせていた。

 

「ヴォルツ、クロウ……!」

「然り」


 こちらがその名を苦しげに吐き出すと、そいつは最悪なことに満足げな頷きを見せてきた。

 それを見て、俺は歯噛みする。

 

 ヴォルツクロウ。

 それはこちらが『誓約ギアス』の術効により、ルゼアウルから聞き出した『我が君』の名だ。

 あの耳木兎ミミズクの魔人が主と呼んでいた者の名だ。 


「お前はあやつと違い、莫迦ではないようだ。どのような手段を用いて、我が名を知り得たかはわからぬが……ジングと名乗っていた、あの愚か者からか? それともまさか、我が臣下の口を割らせたか?」

「さてね……!」


 どうやらコイツも、人の体の中にコソコソ隠れていたクチのようだが……

 言っていることを鵜呑みにするのであれば、ジングのようにこちらがやっていること覗き見出来ていたわけではないのだろう。

 

 もし見えていたとしても、それは極々直近の出来事――

 つまりは、俺と『凍炎の魔女』が戦っている最中のことに限定される筈だ。


「ああ、今は外からの干渉は不可能だよ。少し空間の位相をずらしてある。ようやく自由になったというのに、邪魔をされては困るのでね。物のついでに音も封じておくとするか」

 

 視線を背後、フェレシーラの方へと向けると、そいつは慌てる風もなく言ってきた。

 その口振りといい、佇まいといい……妙にこちらの癪に障るものがある。


 その苛つきが、逆にパニックを引き起こしていた俺に幾ばくかの平静さを取り戻させていた。

 

「空間の位相をずらしただなんて、また大きくでたな。随分と半端な成りしているわりによ」

「ふむ? ああ、この見た目か。自分では悪くないと思っているのだがね。お気に召さなかったかな?」

「そんな事は、どうでもいいんだよ」


 まるで自分の作品を見せびらかすかの如きの口振りの男に、自分で振った話を自分で終わらせにゆく。

 わざわざ煽りにいくような真似になったが、今はそれがどうした、としか思えなかった。

 

「腕輪を壊したのはお前だな?」

「然り」

「何故そんなことをした? ジングのヤツは魔人なんだろ。ルゼアウルが言うには、あんたは支配者サマとやらなんだろ? ちょっとぐらい問題児でも、身内に変わりはないんじゃないか?」

「これは異なことを口にするものだ。たしか……フラムといったかな、お前の名は」

「質問に答えろ。俺の名前なんでどうだっていい。なんでジングを狙った?」

「不遜だな」

「……あ?」

「不遜だと言っている」


 沸々と湧き上がってくる感情に任せて口を動かしていると、男の手が持ち上がってきた。

 

「控えよ」

「――ぐッ!?」


 その一言と共に、なんの前触れもなくこちらの膝が崩れ落ちる。

 不可視の力がこちらの全身を圧し包む。


「既に封印は解除し終えた。無駄話はこれぐらいにして、返してもらうとしよう」

「ふう、いん……? かえ、す、だと……? なんの話だよ、さっきからテメェはよ……!」

「ほう。まだ動けるか。満身創痍のように見えていたがな。曲がりなりにも器の力を使いこなしている、というわけか」

「だから、なんの話だって聞いてん――ぅ、ぐ……!」

「無論、その体をだ。その為に用意したのだからな、お前という完成品を」

「完、成……品?」

 

 鸚鵡返しでなんとかそこまで口にして、手が地面をついてしまっていた。

 やはりだ。

 やはりこいつの声を聞いていると、怒りが湧いてくる。

 異常なまでにムカっ腹が立ってくる。

 

「人の時間としては、それなりの長さだっただろう。多少予定は狂ったが、お前の役目はここまでだ。あとは休むがいい……永遠にな」

「ふざ、けん……な!」


 怒気に任せて言い返すも、辺りを包む黒煙が這い寄ってくる様をただ眺めていることしか出来ない。

 本格的に不味い状況だ。

 

 わけもわからずムカついて仕方のない偉そうな鴉野郎だが、おそらくコイツに体を乗っ取られたとすれば……

 

「さすがに、お前のときみたいには……上手く、いかないかな……はは……」

 

 知らず弱音が口から漏れ出でて、透明な液体が目の前の地面を濡らす。

 そこにあるのは、砂と化した腕輪の残滓。

 

「さらばだ」

「が……ッ!?」


 黒一色の魔人、ヴォルツクロウの宣告と共に、体が宙づりになる。

 指先一つ動かすことも叶わずに、しかし迫る黒煙をせめてとばかりに睨みつけた、その瞬間――

 

「ぬぅあに、勝手に諦めてやがるッ! クッッッゥッッソだらしねぇ顔して、約束してただろ、テメェはよ! こんの、泣き虫小僧がッ!」

 

 忘れたくとも忘れられない糞喧しいあいつの声と共に、迸った閃光がすべてを塗り潰していた。

 


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