443. 師弟対決 其の参
頭上より迫るは無数の氷塊、凍てつきの流星。
「吹き飛べ!」
そこへと向けて、俺は渾身の『熱線』を放つ。
多量広範囲で圧してくる氷術、その全てを打ち消す必要はない。
肝要なのはタイミングだ。
銀色の冷たき暴威が地表に突き刺さるその寸前での、術者――この場合は、当然ながら『凍炎の魔女』だ――を狙いつつの、相殺攻撃。
解き放たれた赤きアトマの光条が、超高音の熱エネルギーが、こちらを捉えようとしていた六つの『氷弾』を溶かし散らして、夜天へと伸びる。
「反射防御」
反撃を兼ねた『熱線』の一撃を、空にて氷晶の盾を纏い受け流す。
一度はこちらの『縛糸』に絡めとられて攻略されたそれらの守りは、全周囲に張り巡らされていたそれまでの盾と違い、今は前面のみに出現している。
その上それら全てが鏡の如き輝きを放っているのだから、その術効を察することは容易だが……
「さすがに真正面からの反射は負担が高い……というか、術法式の難度そのものが頭おかしいレベルになるんで、受け流しに絞っているって感じですかね。ま、あまり非現実的な防御術を組んでると、いざって時にトチって発動もせずに、そのまま終了って可能性が高過ぎますからね」
「標的の反撃を確認。防衛システムの改良を続行。攻撃システムとの競合を確認――」
「……相変わらず、おかしな話し方で手の内を晒してくるようけど。でもそれじゃ、駄目なんじゃないですかね。幾らこっちを逃したくないからってカバー範囲を広げても、ギリギリで食らうタイミングで守るか打ち消すかすればいいだけです。あんまり早く相殺すると、外側の『氷弾』をコントロールして、全弾叩き込んでくるんでしょうけど。地表スレスレまで引きつけたら、後詠唱での変化も間に合わないし……そもそも今みたいに貫通攻撃で返されたら、防御に回らないといけなくなる」
「……標的の発言を分析。理論把握。目的不明。戦闘を続行」
上から下に叩きつけてくる。
それ自体、非常に有効な攻撃法であり、受けて側は上方向への視認が必要となる為、移動や防御の負担となる。
そもそも上空から洒落にならない攻撃を繰り出してくる相手など、自然界に滅多にいる筈もなく、となれば人という種がそれに不慣れなのも当然だ。
しかしそれも、喰らう側がそうした事態を常に想定し、返しの札を模索し続けていれば結果は違ってくる。
その前者こそが最強の魔女マルゼス・フレイミングであり……
その後者が俺だった。
無論、幾度も目にし焼きつけてきた炎術と、初見となる氷術では対応法にも天と地とも云える差も出てくる。
だが、互い悲しいかな。
それはどうやら『凍炎の魔女』にとっても、そう変わらない状況の様だった。
「結論として……雑に範囲を広げて当たれば幸い、なんて攻撃は俺には通用しませんよ。やるんなら、回避も相殺も不可能な、とっておきで来てください」
「標的の発言、継続収集。類似データの断片を検出。関連性の推論、並びに戦闘を継続……」
「またごちゃごちゃと独り言ですか。そんなの、貴女の癖ではなかったでしょうに。やる気が起きないって言うんなら……」
そう。
こんな風にごちゃごちゃと理屈を捏ね回さず、一言で述べるのであれば。
「こっちはもう、ゴリ押しだろうと無茶振りだろうと……たとえどんな手でこようと、貴女と戦う算段はつけまくってるんですから」
これはもう、気構えの問題だった。
ガチにマジで真剣に、そうとしか言えなかった。
「そろそろ、こっちからいかせてもらいますよ! へっぽこ師匠!」
「――標的のZ値増大からの低下、並びにA値の増大を確認。警告、警告」
天に揺蕩う青き魔女へと向けての布告には、またも意味不明の垂れ流されてくる。
まあそれも、冷静に考えれば無意味ということもないのだろう。
百聞は一見に如かずともいうが、ならば一聞とて百とは言わずともそれなり重ね束ねれれば、真実、大いなる一見に迫る可能性も有り得る。
しかし今は、そんなことはどうだっていいのだ。
こちらと会話に及ぶ気もない。
かといって、敵対するにしても温い牽制レベルの攻撃しか繰り出してこない。
以前、フェレシーラに「中途半端は好きじゃない」的なことを言われたこともあったが、現状のこれは正しくそんな感じだ。
故に俺は、カチンときてしまっている。
久しぶりに弟子の顔を見たのになんですかそのシレッとした態度は。
いきなり現れて見たこともない魔術をぶちかましておいてなんですかその後は。
とりあえず、「まだ塔を追い出されて十日ほどしか経っていないでしょ」とか、「もう破門されたから弟子でもないし師匠呼びもおかしいでしょ」とか、「実はこれが真の姿でお披露目しにきちゃったの。てへっ♪」とか、etc.etc.……
「なんでもいいから、意味のわかる言葉で喋れってんですよ! この、空飛ぶ非常識!」
叫び、俺は力の流れを制御する。
ゼフトをアトマに。
アトマを術法式へ。
ルゼアウルの用いていた『転』術は、今のところは正常に作動している。
力の源流に関わる根本的な動き。
呪文の詠唱は要らない。
だが、一度に転換する力の総量に応じて必要とされる時間もまた、増大する。
おそらくこれは、双極の力だ。
こうして己の内側で巡らせてゆくと、それが手に取るようにわかる。
「あんたが『煌炎の魔女』だっていうのなら。マルゼス・フレイミングだというのなら……先ずは何をおいても、これしかない」
十二分なリソースの確保。
魂源力を胸に俺は狙いを定める。
用いる魔術は決まっている。
視線の先には『凍炎の魔女』。
「標的のZ値急減少、及びA値の急上昇を確認……」
それは高空より繰り出す氷術の悉くを凌がれたことに起因した、戦術的な切り替えだったのか。
それともこちらの言葉の一端を理解しての、衝動的な行動だったのか。
「防衛システム、解除」
青の礼装に包んだ細腕を一振りして、彼女は氷晶の盾を霧散させていた。
「少し離れていてくれ、フェレシーラ」
「――」
既に遠巻きにしていた神殿従士の少女に、俺は頼み込む。
僅かに逡巡する様子を見せてきた後に、彼女は嘆息と共に返事を行ってきた。
「了解よ。というか、ここまで来たらもう手は出さないから。そのつもりで、気合入れてやりなさいな」
「こっちこそ、了解だ」
「ま、わからないでもないもの。私だって本気の先生、『赤塵将』とやり合えるってなったら、それこそ何をおいても……ってなっちゃうかもだし」
そう言いながらその場を離れるフェレシーラには、申し訳なさと有難さで何も言えない始末だ。
彼女と初めて出会った時、霊銀の洞窟にて鳥頭の影人と対峙する姿に、俺は戦士としての矜持を見たものだが……
案外と、今はフェレシーラから見た俺も、それと近しいのかもしれない。
魔術士としての矜持。
超常神秘の御業を手に、あらゆる事象をその手に収め操らんとする、不遜なる学び手。
「原初の灯、火の源流……」
「攻性術法式の構築を感知。高速戦闘モードに移行」
掲げた掌に、火が灯る。
霧散した氷晶の欠片が再び収束して、四氷一対の両翼と化す。
「――!」
来た。
ようやく来た。
これをずっと、待っていた。
このスタイルを引っ張り出して来るのを、待っていた。
持てるアトマを飛翔性能に注ぎ込み、魔術士らしからぬ縦横無尽の空中機動と、そこから放たれる攻撃術で一方的に敵を殲滅する。
かのラグメレス王国を滅ぼしたとされる双頭の魔人将ニーグすらも一対一で圧倒し、その首の一つを叩き落として敗走させたと言われる……あの人が最も得意とした戦闘スタイル。
それに対するこちらの札は、一つしかない。
師マルゼス・フレイミング直伝の独創術にして、フラム・アルバレットが持てる最強の攻撃術。
己が積み上げてきた全てを、魔術士と成った証を握りしめるより、他にない。
駆け引きの一つもなく、只々その一撃の冴えにのみ心血を注ぎ――
「吹き飛べ!」
全身全霊の『熱線崩撃』を、俺は解き放っていた。




