438. 人魔転換
場所は再び、『凍炎の魔女』が生み出した氷柱のが立ち並ぶ原野。
「確かに、理論上は可能か……それも実例が2つ、おあつらえ向きにあるとくればね」
「だろ? そう悪くない手だと思うんだよな。今後の事も考えるとさ」
「そうね。人目の問題もあるし、基本的にゼフトを使うのは避けておきたいから。フラムの言うとおり、やってみる価値はあるかな」
俺とフェレシーラは、一際巨大な氷柱の影に身を隠しながら、声を顰めて話し合っていた。
一度は『凍炎の魔女』との交戦に及び、生中な相手ではないことを確認した、その結果。
俺たちは雑木林の傍から離れて、凍結した超大型影人目指して移動を開始していた。
幸い、素早く移動を開始して距離を取れたので、攻撃らしい攻撃も受けずに済んでいる。
済んではいる、のだが……
「正直言って、かなりののんびり屋さんよね。あの魔女様は」
「あ、やっぱフェレシーラも思うか? なんかムラっ気があるよな。問答無用で畳みかけてきたら厳しいのに、変なことブツブツいったりしていて、妙な悠長な感じだし」
「ええ。迷っている、というべきか。それとも何かを調査しようとしているのか。理由はわからないけど、舐められたものね」
流石はフェレシーラさん。
あちらの動きに気付いているのは同じだったが、飛び出てくる感想がこちらと違いすぎである。
「や、俺的には調査だとうと手抜きだろうと、ちっとも構わないんだけどさ。その方が目的も楽に達成できるだろうし」
「それはそーなんですけどぉ」
「あのな、フェレシーラ。お前さっきの『浄撃』完璧に凌がれたの、根に持ってるっていうか、気にしてるだろ。ぶっちゃけアレって、相性の問題だと思うぞ。それに手数重視の『光弾』ラッシュならわかんないとこあったし」
「わかってますよーだ。でも無詠唱ラッシュってアトマの消耗も大きいし、それこそ凌がれた時を考えたらおいそれとはいけないもの。フラムぐらいにアトマお化けなら気にせずガンガン行けるかもだけどね」
そこまで言って、少女が氷柱の影より周囲を見回し始める。
「我が心は汝の魂なり。我が想いは、汝の源なり――」
そうしながらも、その唇からは厳かな詠唱が流れゆく。
フェレシーラの指先に燐光が灯り、それは俺の体へと流れ込んできた。
「はい、最後の1回ね。これ以上は本当に私の方が参っちゃうから。なんとか上手くやりくりして頂戴」
「サンキュ。そっちもヤバい時は迷わず離脱してくれ。その時まで間に合わなければ、こっちも割り切ってゼフトを全開にして、撤退までの時間を稼いでみるよ」
「りょーかい。まったく、この土壇場でとんでもないこと思いついちゃうんだから」
虎の子の『アトマ付与』にてこちらにアトマを譲渡してきた少女が、やれやれといった風で肩を竦める。
正直これから彼女に受け持ってもらう役目を考えると、非常に心苦しいというか……
自分から言い出しておきながら、心配になってくる。
「私にこんな役回りさせるだなんて、光栄も思って気合入れていきなさいよ」
そんなこちらの考えも、フェレシーラからすれば完全にお見通し、というやつだったのだろう。
戦鎚を肩に掛け、白羽根の乙女が不敵な笑みをみせてきた。
「ああ。任せてくれ。ここまで来たからには、なんとかしてみせるよ」
「その意気、その意気。それじゃ打ち合わせ通りに、私から……!」
言うが早いか、フェレシーラが夜の原野へと躍り出る。
「第二目標、『フェレシーラ』を捕捉――」
自らの戦鎚に『照明』の光を灯した少女を前にして、『凍炎の魔女』が再び高空へと舞い上がり、狙いを定める。
フェレシーラを標的としつつも、視界を広く取ることであわよくばこちらも見つけ出そうという動きだ。
当然、こちらとしてはそれに乗ってやることは出来ない。
ここまでの攻防から、『凍炎の魔女』がアトマとゼフトの両方を探知できるという、予測は立っている。
それだけにこうして頭上を取られると、簡単に見つかってしまいそうなものだが……
どうやらあちらは、遮蔽物に遮られているか、ある程度のアトマかゼフトが満ちた場所までは上手く探れないらしい。
目視に頼っているという点では、フェレシーラのアトマ視や『探知』と同等ともいえる能力だ。
故にこうして俺は、氷柱の裏に身を潜めている限り、そうそう発見されることもない、という次第だ。
「第一目標、『フラム・アルバレット』の動向把握を優先――」
「光よ!」
「……遠距離攻撃を確認」
こちらと離れたの位置取りから放たてれきた『光弾』に、『凍炎の魔女』が反応を示す。
「戦闘態勢に移行。第二目標『フェレシーラ』の排除を優先」
上空で身を翻してなんなく『光弾』を避けつつの、宣言。
一々行動する度にその内容を口にしてくる辺り、どうしてもゴーレムのような秘術生命体のイメージと被るものがあるが……
完全にこちらに背を向けたこの状況。
闇夜に乗じて動くには絶好の機会。
迷わず、俺は走り出す。
言うまでもなくその目標は、機能を停止した超大型影人、その足元。
未だ薄氷に覆われた地に足を取られぬよう確実に、しかし可能な限りの速度でもってそこを目指す。
背後からは、時折響く爆音と甲高い破砕の音。
そしてフェレシーラが発する挑発の声。
「そんな攻撃で、私をどうこう出来るだなんて……思わないことね!」
途切れ途切れに耳朶を打つ中高音の戦声に、振り返りたくなる衝動を抑えて、只管に闇夜を征く。
無限にも感じられたその道程は、ばくばくと五月蠅いほどに心臓の音が高鳴り始めた頃に、ようやく終わりを迎えてくれた。
鉄の巨人の足元に滑り込み、そのまま伏せながら反転する。
ここまで来て、『凍炎の魔女』に見つかっているようでは意味がない。
洒落にならない。
遠くで、閃光と冷気の渦が巻き起こっているのが見えた。
それを確認し終えてから、息を吐く。
「――ぷはっ!」
強く、大きく意識的に呼吸を行い、次なる行動へと取り掛かる。
右手の手甲に力を、フェレシーラより譲り受けたアトマを籠める。
疾く術効を発揮した『探知』で超大型影人の足元を視て取る。
目標としていたモノは、巨大な両脚の真下にあった。
予想通りの結果に喜ぶ間もなく、続けて左の手甲に仕込まれた『分析』の術具を起動する。
「頼む……! 俺が読み取れる代物であってくれよ……!」
急げ、しかし落ち着け。
フェレシーラが危ない、でもフェレシーラなら、大丈夫だ。
ここでしくじれば後がない、だがこれを通せば勝機はある。
相反する想いと思考の狭間にて、残り僅かなアトマを地面に注ぐ最中。
そこに残された、『凍炎の魔女』が凍結させたままの術法式を、一心不乱となって『分析』の術効にて読み取る最中。
そこに来て俺が思い出したのは、耳木兎の魔人、ルゼアウルの姿だった。
アイツが組んだ術法式なら、きっと解ける。
これが俺の予想した代物であれば、必ず理解し、解明できる。
そんな根拠のない確信に、俺は衝き動かされていた。
「いや……いや! 根拠なら、あるぞ……!」
あいつは俺と同類だ。
ならば絶対に、基本通りに、シンプルに、スタンダードに奇を衒わずに、確実に成果の上がるやり方で組むに決まっている。
わざわざ変に式をこねくり回したりもしない。
分かり難くして、扱い難くなどしない。
何故ならば――
「まさかこんな代物を他人が利用するだなんて……俺が作るなら、思いもしないからな!」
そう叫び、全神経もって凍てついた術法式へとアトマ注ぎ込んだ直後。
カチリと、体の中で……己の持つ精神領域にて、何かが噛み合う音がした。
瞬間、俺は眼前にて8の字を象った式を幻視する。
「よし……!」
確かな情報を、完全に把握し終えた他者の術法式を前に、俺は立ち上がる。
おそらくはルゼアウルが開発した『影人を呼び出す為の術法式』に注ぐための、リソース得る為の、一種の陣術。
本来、術法式の起動に用いる力を持たぬ魔人が、それを得る為に用いた技法。
魔人の力を、その対極の力である人類種の持つ力へと変換する術。
即ち、俺とフェレシーラが一縷の望みを賭けて手にしたそれは、ゼフトをアトマに高効率での転換を可能とする術法式。
人魔の法則を書き換える、非の打ち所のない『転』術だった。




