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【ボーイミーツガール & ハイファンタジー!】君を探して 白羽根の聖女と封じの炎  作者: 芋つき蛮族
二章

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38. 『発動』

「フェレシーラ!」 

 

 その光に希望を見出して、俺はありったけの声で叫ぶ。

 フェレシーラが、こちらを振り返る。

 彼女の術法はまだ完成してはいなかった。


「壁を……『防壁』を、俺の後ろに出せ! チビから、グリフォンの雛から先に守っておいてくれ!」 

「な、なにいきなり……そんなことしたら、貴方の逃げ場が――」 

「いいから! 俺を、信じろ!」 

「!」 


 その言葉に、青い瞳が見開かれてきた。 

 僅かな間をおいて、詠唱が完成する。

 同時にこちらの背後に光の壁が現れて、それが突風の直撃に晒されて激しく鳴動する。


「よし……そのまま、気合入れて維持してろよ!」 

「え、そのままって……きゃっ!?」 

「おっ、とおっ!」 


 戸惑うフェレシーラの傍らへと、俺はスライディングの要領で一気に滑り込んだ。

 そしてそのまま地面に倒れ伏していた彼女の肩を抱きしめて、体を洞窟の奥側へと向ける。


「な、なんなのよいきなり! これじゃ二人とも、直に暴風の炸裂に」

「ならない! 信じろって、言ったろ!」 


 言って俺は、両手を前へと突き出した。

 荒れ狂う風の中、間近で息を呑む音があり、光壁がその輝きを増してゆく。


「起きよ――」 


 右の手甲を起点に、アトマを練り上げる。


「承けよ――」 


 左の手甲を承け手に、式を構築する。 


「……!」


 目の前で、瞳をきつく閉じた少女が身を寄せてきて。


「結実――し続けよ!」 


 引き絞られた灼熱の火線が影人の骸を射抜き、彼方の光を目指して宙へと躍り出た。


「あづ……ッ!」 


 両の掌には、燃えるような痛みとビリビリという反動。

 目の前には煌々とした火の揺らめきが生み落とされており、それがこちらの網膜を焼いて頭の奥にズキズキとした痛みを与えてくる。

 

 手甲の力を用いた、疑似的な魔術の発露。

 直径約5㎝ほどの超高熱の火線。

 洞窟の岩盤をも溶かし抉るそれは、一瞬のことであろうとも俺の体に宿ったアトマを根こそぎ持っていこうとする、理外の力だ。

 

 しかしその一瞬では、到底足りない。

 生まれ出でる風を打ち消すにしろ、それを何処かへ導くにしろ、まるで足りなかった。

 だから俺は、術法式を実行し続ける。

 

 それが俺の見つけた強がりだった。


「ちょっと……フラム! 貴方、何やってるの!?」 


 どうやらフェレシーラも、俺の狙いを理解したらしい。

 彼女は『防壁』の維持に努めながらも、取り乱した様子でこちらを見上げて来ていた。


「なにって、見りゃわかるだろ……こうして俺のアトマで、暴風の大元を……風のアトマを焼き削りながら、余波の逃げ道も作れってやれば――あ゛ぐっ、い゛っづ……!」 

「や――やめなさい! そんな無茶な真似! そんなことして、体もアトマも、もつわけがないでしょう! それに風の逃げ道を作るっていったって、一体どれだけの地盤を――」

「あるはず、なんだ……!」


 その一言が、彼女の制止を押し止めた。


「抜け道が、この先にあるはずなんだ……洞窟内を、新鮮な空気が行き来するだけの穴がどこかに必ず……そうでないと、グリフォンが子供を育てるのに、こんな場所を選ぶわけがないんだ……だから、あの光はきっと……!」 


 言うまでもなく、それは希望的観測であり、俺のやっていることは博打に等しかった。

 このまま洞窟に風穴を開けられたとしても、それが都合よく風の逃げ道となる可能性は低いだろう。

 

 そういう意味では、やはり今回の選択は失敗だった。

 同じ博打を打つならば、影人の暴走を感知した時点で後退し、グリフォンの雛を無理矢理にでも引き摺って外に逃げていたほうが賢明だったと……今となってはそう断言出来る。

 

 だが俺たちは、二人揃って仲良く判断を間違えた。

 そしてこんな状況になってしまった以上、過ぎたことを幾ら悔やんだところで、事態が好転してくれるわけでもない。

 だからフェレシーラは自身の判断ミスを認めた上で俺を逃がしてくれようとしたし……俺は俺で、皆が生き延びる可能性に縋りついた。

 

 しかしそれも、どうにも分が悪い様子だった。

 吹き荒れる風はさして弱まってもおらず、掌と頭は熱と痛みでまともに動いているかさえもわからない。


 そこで俺は、ふと思い出す。

 この『熱線』の魔術を、その手本を俺に見せてくれた女性の姿を思い出す。

 

 彼女が放つ『熱線』は、今こうして放たれているものとは比べものにならない代物だった。

 いや……そもそも俺がこんな発想に至ったのは、彼女が巨大な岩壁を溶断した光景が心の片隅に焼き付いていたからに、他ならなかった。

 

 結局俺はいつまでも、こんなときになってまで、あの人の背中を追っているに過ぎないらしい。


「ああ、くそ……駄目だ。こんなとき、師匠ならきっと簡単にだなんて……」

「わかった……わかったから、もう喋らないで! すぐに術法を中断して! 後は必ず私が何とかしてみせるから!」 


 朦朧とし始めた意識の中に、切羽詰まった声が飛び込んできていた。

 フェレシーラの声だ。

 きっと彼女には、今の俺が限界を迎えかけている様に見えているのだろう。

 

 それを俺は、おかしな話だと思う。

 彼女は俺を見て、アトマに溢れているといった。確かにそう言ってくれた。

 しかし俺は……今まで魔術を扱えた試しがなかった。

 

 どれだけの時間をかけようとも。研鑽を重ねようとも。心血を注ぎ込もうとも。

 ただの一度として、成せなかったのだ。

 稀代の大魔術士マルゼス・フレイミングを師と仰ぎながらも、出来なかったのだ。

 それを出来損ないと言わずして、何と言おう。

 

 俺は、不肖の弟子だった。

 

 師匠はそんな俺を、一度たりとて責めることも、急かすこともなかった。

 ただ彼女は、仕方がないとだけ口にしていた。

 俺はそれが……悔しかった。ただ只管に、悔しかった。

 俺は何としても魔術士になりたかったのに、なれなかった。

 あの人との約束を果たせなかった。



 俺にはもう、なにもなかった。



「だ、けど……」


 微かな煌めきを示す火線を前に、力を振り絞る。

 腕の中では、何故だか顔をしわくちゃにして何事かを叫ぶ少女がいた。

 輪郭を失い始め、暗さを増してゆく視界に音はなく。

 あるのはただ、彼女の眩い姿だけ。

 

 そこで「だけど」と、なおも思う。

 

 彼女は俺が魔術を扱えないことを知り、心底驚いてくれた。

 そんなはずはない、とてもそうは思えないと、俺の不出来さを否定してくれた。

 

 俺はそれが、嬉しかった。堪らなく、嬉しかった。

 

 そして今、俺の手の中には夢にまで恋焦がれた火の煌めきがあり。

 腕の中には、俺を認め支えてくれた人がいた。

 

 ならば――今の俺には、やれないはずがなかった。


 呼吸を整え、一度は火線を切る。

 渦巻く気流が不可視の刃を生み、頬を切り裂く。

 少女の肩を、一度だけ強く抱き締める。

 抑えを失った暴風が狂風へと変じる。


 その先にあった光を、しかと開いた瞳でふたたび見据えながら。

 

 俺は呪文の詠唱を開始した。


「原初の灯火、火の源流……」


 窄まってゆく視界はそのままに、意識は焦がれた魔女の声に重ねて紡ぎ出す。


「導く軌跡にて、我は戻り逝く……」 


 術法の式は崩さず、己の内で厳然と組み上げる。

 これまで、何千、何万と繰り返してきた基本の動作。


 点と点を繋ぎ、線を描き。

 描いた線で理を結びつける。

 術法式の構築と展開。


 幾ら練り上げ、どれほど熟達しようとも……その悉くが未完に終わっていた不出来の証。

 

 手甲に仕込まれた霊銀盤が、悲鳴をあげる。

 頭蓋の芯に響く金切りの音を立てて、火花を散らす。

 

 当然だ。

 その現象は、反動は、至極当然なものだ。

 手甲には疑似的且つ、幅広い術法式を組み上げる為の機能が仕込まれている。

 自力で術法を完成出来ない俺には打ってつけの、変わり種の術具。

 

 だがしかし……術具は術具だ。

 術法を扱う代わりにそれを用いれば、それだけで術者のアトマを消費し、正当な手順を踏んだ術法は行使不能となる……言わば外付けの『承』的機能を果たす為の道具だ。

 

 ゆえにそれは、まともに術法を扱える者にとっては不要な代物でしかない。

 幾ら術具としての汎用性に富むとはいえ、自分自身で練り上げる式には到底及ばない。

 まるで最適化の施されていない道具と、使い慣れた己という得物。

 

 その二つのどちらを選ぶかとすれば、真っ当な魔術士にとっては後者しかないだろう。


「残り火還り火、煌々と。楽土焦がして、堕ち昇る……天地あまつち貫き、燃え盛る」 


 だが俺は、その前後二つを合わせ選んでいた。

 己が内では火の式を練り上げ、外では手甲にて別の式を組み上げる。

 それは、不可能と思われていた行為だった。

 

 おそらくではあるが、俺は体内で組み上げた術法式にアトマを流し込むことが出来ない。

 それが何に起因しており、どうすれば克服出来るのかもわからない。

 

 しかし、その逆は可能であることは既に判明していた。

 体の外に在る術法式であれば、アトマを流し込むことが可能なのだ。

 式の実行が、可能なのだ。

 それは今まで俺が扱ってきた大小さまざまな術具と、フェレシーラの与えてくれた霊銀の手甲が証明してくれている。

 

 つまり……大切なのは、『己が組み上げた式の置き場所』だったのだ。


「起きよ、承けよ、結実せよ――」


 意識は胸の中心から、腕の先へ。

 手甲の力は、正常に作動していた。

 

 当たり前だ。

 変わり種とはいえ、術具は術具。

 求める式も一つだ。俺にとっては造作もない。

 だから俺は、そこに迷わず命ずる。

 

 至極単純で、しかし一度も試みたことのない術法式をそこに想い描き、


「我が内なる式よ! 此処ここに、顕現けんげんせよ!」 


 声に力を乗せて、俺はそれを作動させていた。

 

 ガチリと、何処かで何かが噛み合う音があり。

 同時に一度は消え失せていた火線が、再び眼前へと現れる。

 現れるも、それは荒れ狂う風の根源に向かうことなく、宙を疾り始めた。

 

 光芒が、宙に描かれる。

 術者のアトマを糧として燃え盛り、火花散らして虚空に無数の線を焼き刻むそれは、一つの巨大な魔法陣だった。

 真円の内に描かれた、六芒の星。

 それは、使い捨ての魔法陣だった。

 俺の体内で練られた術法式を、手甲の力で強制的に抜き出した……ただ一度きりの役割を与えられた、魔法陣だった。

 

 体が、燃えるように熱かった。

 腹の底におりのように沈んでいた力の塊が、ようやく与えられた行き場を前に猛り狂っていた。


「フラム……!」 

「俺から離れるなよ! フェレシーラ!」


 その宣言と共に少女が身を小さくして、『防壁』が一際強く輝きを放つ。

 わずかに遅れてやってきた頷きに、最後の言の葉が型を成す。


「吹き飛べ!」


 すべての火線が燃え散り、渦巻く翡翠の奔流を赤一色に塗り潰して――


 俺の意識は闇へと落ちていった。

 


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