402. 三面戦、揺れる
「光よ! 仇なす者を討ち払え!」
凛とした中高音の声に続き、無数の『光弾』が馬車道の夜陰を圧して瞬く。
炸裂する光のアトマをもろに顔面に受けて、赤銅の魔人が僅かに怯んだ。
そこにフェレシーラが一直線に懐目掛けて踏み込みにいくも――
「あい、たぁ」
「く……!」
斬風を伴い地を抉り、礫を撒き散らす巨大な戦斧が、彼女の脚をその場に縫い付けていた。
魔人ターレウム。
鈍重なその口調とは裏腹に、赤銅色の魔人が繰り出す身の丈4mにも匹敵する戦斧の一撃は、熟練した戦士のそれを思わせる鋭さと、途方もない破壊力を秘めていた。
「まったく、対騎槍みたいなリーチの得物を気軽に振り回してくるだなんて……面倒ね」
「おまえ、るぜあうるさま、ぴかってして、なぐた。たーれうむ、おまえ、ゆるさない」
間合いの外にある標的を求めて、無造作に進み出てくる魔人。
「あら。なかなかしっかり見ている上に、忠義者じゃない。でもね……こっちも貴方たちを赦すつもりなんて、更々ないから」
リーチ、そして体格面では圧倒的に不利。
それでも彼女は愛用の得物を手に、姿勢を低く取り――
「まずは一発。挨拶代わりに、叩き込んであげる!」
明らかにそれでは止まらない勢いで、『滅多打ち』のフェレシーラが突進を開始した。
「おっと。どうやらあっちも、本格的におっぱじめちゃったみたいだね」
立ち枯れた樹木がまばらに生える荒れ地にて、ティオが戦友の様子を覗き見る。
俺とは違い、フェレシーラのいる場所からは距離が離れているので、おそらくターレウムとのやり取りまでは聞こえていないのだろう。
目の上に水平にした手をあて戦況を探る青蛇の少女目掛けてに、突如として、鋭く尖ったモノが突き進んできた。
異様な長さで伸び迫るそれが、あわや彼女の細い喉首を貫かんとしたところで、「キン!」と澄んだ音に続き、黄銅色の鎖がジャラリと揺れてきた。
「ちょっと。折角いいところだったのに、邪魔しないでよ」
「これはこれは失敬をば。わたくし、ツェブラク・アーヴァラクと申します」
そこに進み出てきたのは、黒いローブを目深にかぶった赤い目の魔人。
不満げに首を捻ってきたティオへと向けて、彼は大仰な所作と口振りでもって恭しく頭を垂れると、聞かれてもいないのに話の続きに及んできた。
「こちらとしては、先ほど自慢の一張羅に皴をつけられていましたので。ほんのお返しの挨拶程度、のつもりだったのですが……どうやらお気に召されなかったご様子。誠に残念で御座います」
「ふぅん? 今度の魔人ってのは、随分とお喋りだね。あんまり強くなさそうだけど」
「これはこれは」
ストレートなティオの物言いに、魔人がさげていた指先が再び持ち上がる。
そこにあるのは、つい今しがた少女が操る戦術具に阻まれた、魔性の爪。
「伸び縮みする爪、かぁ……ぶっちゃけ被りまくりでなんだかな、って感じしかしないんだけど」
ゆらり、じゃらり、と愛用の術具を宙に漂わせながらも――
「次もボクの鎖から逃れられるなんて、勘違いしないことだね」
金色の瞳で己が標的を見据えて、『暗殺神官』が行動を開始した。
「先ほどから、よそ見が多いですね! フラム・アルバレット!」
既に二桁を越えて放たれていた、瘴気の波動。
地面に着弾すると同時に、ぶわりと黒い靄を撒き散らす負のエネルギーを、俺は慌てず騒がず、ぎりぎりのタイミングで避け続けていた。
「うん……やっぱ思ったとおりだな」
「んあ? なんでぃ、思ったとおりって。さっきからずっと逃げ回っておいて、なーにしたり顔してやがんだよ、オメェはよ!」
ワンパターンな攻めを繰り返してくる耳木兎の魔人、ルゼアウル。
それに対するこちらの呟きに、ジングがしゃしゃり出てくる。
「なにって、戦況的な話に決まってるだろ。魔人がどんな異能を持っているかはわからないけど、フェレシーラとティオはいまのところ自分のペースでやれてるぽいし」
瞬く白き閃光に爆音、打ち鳴らされる澄んだ金属音と歓喜の声を耳に、俺は翔玉石の腕輪の住人へと言葉を返す。
当初三人で別れて動き出した際には、こちらが一番苦しい戦いを強いられるとばかり予想していたのだが……
これが蓋を開けてみると、俺の担当するルゼアウルは思った以上に攻めが単調、かつ手下の影人たちを撤退中の兵士たちへの脚止めに向けていたので、思いの外これが楽をできていた。
とうか、兵士たちがこちらに加勢してくる可能性があったとしても、配分が極端だと言わざるを得ない。
ぶっちゃけ数体影人が残っているだけでも、処理に回る手間と隙の関係で相当キツかった筈だ。
そういった点から鑑みても、ルゼアウルが個人としての戦いにも、集団戦の指揮にも不慣れであることは透けて見えている。
「正にティオの言っていた通りに、負けが込んで無理押ししてきた結果ってところか……っとぉ!」
「へ……ぎにぇっ!?」
少々考え込んでいたところに、今度は瘴気とは異なる攻撃、無数の羽根がこちらに向けて放たれてきた。
弾速においては大きく瘴気の波動を上回る羽刃は、しかしルゼアウル本人が大きく翼を羽ばたかせるため、予備動作を見ての対応が可能であれば、これまたそこまでの脅威ではない。
精々、左右への切り返しで振り回された鷲兜くんが、面白悲鳴をあげるぐらいのものだ。
故にルゼアウルが形振り構わぬ手に出るまでは、守りに徹していればそこまでの苦労もない。
「とはいえ、いつまでもこうしてるワケにもいかないか。色々試したり、聞きだしておかないとだからな。お前と違って、結構肝心な部分で口が軽いぽいし」
「んだとコラ! その言い方だと、まるで俺様が……あれ? もしかしてボク、いま褒められてます?」
「わりとな。嬉しくない長所だけどさ」
ジングを相手に考えを纏めつつも、気がかりはことは幾らでもあった。
まずはやはり、ルゼアウルのいう『我が君』に関してだが……
まあこれは、一つのざっくりとした予測は立つ。
「マルゼスさん絡み……というか、魔人戦争絡みだろうな。やっぱり」
再びやってきた瘴気の波動をサイドステップでやり過ごしつつ、考える。
戦闘・戦術面では稚拙さが目立つとはいえ、ルゼアウルはどう考えても高位の魔人だ。
おそらく得意とするのは、は術法や術具の分野。
立ち振る舞いや影人の操り様をみても、研究者が本文といったところだろう。
もしこれが、一つの勢力のトップであるとすれば少々無理がある。
しかしそれ故、納得もいく。
ルゼアウルの上に、本来他の魔人が君臨していたのであれば……
それがこいつのいうところの、俺の体を奪う手段を持つ『我が君』であるとすれば。
この耳木兎の魔人が、『隠者の森』に俺と酷似した影人を送り込み、そこから何かしらの手段でこちらの情報を得たことで、『我が君』の為に動き始めていた可能性が非常に高くなる。
当然ながら、迎賓館を襲撃してきた影人の群れにしても同様だろう。
どうにも言い様のない違和感があったが、そう考えると腑に落ちてしまう。
「命を狙われるってのは、どう考えても嬉しいもんじゃないけどな……これはこれで……」
そう口にして、自分が反射的に気持ちを吐き出していたことに気づいた。
戦力の逐次投入感が拭いきれなかった、影人の襲撃。
鉄巨人に搭載されていた、恐ろしくも急造感溢れる『爆炎』の術法式。
そして捨て駒同然でこちらにぶつけられてきた、二人の魔人……メグスェイダとムグンファーツ。
やるなら一気に仕掛けてくれば、勝利を手にしていたのは魔人側だったと断言できる。
特に『爆炎』持ちの鉄巨人は単体運用でなれけば、他の影人に手間取っているうちに進行を止められず、全てを焼き払われていた筈だ。
それをしてこなかったのは、偏にあちらが『我が君』の安否を気にしてのことだったのだろうと、いまは予想がつく。
精神領域でルゼアウルがこちらにみせた、かしづき敬いながらも庇護に置こうかとするような言動も、その推測を後押ししていた。
「おい。まぁたテメェ、考えすぎてやがんな?」
「……そりゃあな。あっちはお前のことを知らないぽかったけど。お前だって、その『我が君』とかいうヤツと関りがあるんだろ」
「さーてね。ま、俺様もアイツのことはしらねえし? 気になることがあるってんなら、とっととボコって捕まえてゲロりゃせりゃいいんじゃねえの?」
「あのなぁ……それが出来るなら苦労――」
はた、と。
相も変わらず手心の加えられたルゼアウルの攻撃から逃れる最中、そこまで口にしてから、俺の脳裏をとある閃きが過ぎった。
その様子が、きっとジングにも伝わっていたのだろう。
「おい……なんだオメェ。いきなり人のこと、ジロジロ見てきやがって。なーんか、嫌な予感しかしねえぞ!」
「いやさ……お前、いま口あるよな? 口ってか嘴だけど。それって、形変えたり出来るのか?」
「んぉ? そりゃまあ、多分……こうして、ああして――うむ。どうよ?」
突然の問いかけにジングが応じて、翔玉石の腕輪に変化が起こる。
「お……!」
思わず声が出てしまい、俺は慌てて口を閉じる。
幸い、ルゼアウルからは死角になっていたらしい。
チラリと周囲に視線を巡らせると、フェレシーラとティオが健在であることが確認できた。
ならばここはこの思い付き、一度試してみるのも悪くないだろう。
「ジング。ちょっと『声』を送るから返事も一旦、そっちで頼む」
「あァん? んだよ、いきなり――」
文句ありげなジングだか、しかし俺の発した『声』にしばし聞き入って――
「ほぅ……中々悪くないではないかね、チミィ!」
そう言って鷲兜の魔人は、腕輪に生やした犬歯を剥きだしにして嗤い声をあげてきた。
あのなぁ……
いま俺、『声』で話せって言ったばかりだったよな?
頼み込んでおいてなんだけど、こんなアホの力を借りようってのは、やっぱ不安だなコレ……!




