表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

423/429

401. 因果を嗤う鷲兜

「む……!」


 こちらより見て、左前方にフェレシーラ、右前方にティオが駆け出したのを見止めて、耳木兎ミミズクの魔人ことルゼアウルが警戒の眼差しを巡らせてきた。

 

「挟み討ちにする算段ですか……! ターレウム! ツェブラク! お行きなさい!」

「あい」

「御意に御座います、ルゼアウル様。矮小なる人間風情の首一つ程度、即座に刈り取って御覧にいれましょう」


 主の命に従い、左右に控えていた魔人たちが動きだす。

 赤銅色の斧持ちがフェレシーラに向けて、黒いローブを纏ったヤツがティオへと向けて、それぞれ間合いを詰め始める。

 

 膠着状態から先手を打って動きだしたお陰もあり、こちらの狙い通りの組み合わせとなる形だ。

 そして残すところは、数十はいようかという影人と、その統率者たるルゼアウルとなるわけだが……

 

「影人たちよ。人間どもの兵を食い止めるのです。こちらに手出させてはなりません」


 耳木兎ミミズクの翼がバサリと夜霧を払うようにして打たれると、影人どもは地に溶け込み、こちらの先を行っていた兵士たちへと向けて、無音の行進を開始していた。

 

『お……まさかまさかの動きだな。これで随分と動きやすくなったけど、それだけ邪魔はさせたくないってことか。お前の乱入が随分と効いてるぽいぞ? ジング』

『うぉん? なんだオメー。わざわざ俺様に話しかけてきてんじゃねーよ。アトマが切れたら呼びやがれってんだ。また乗っ取ってやるからよぉ』

『誰が一々そんなこと教えるか、アホ。ま、一応またヘバってだんまりになってないか、確認しただけだ。あんま気にすんな』

『へいへい、フラム様はおやさすぃことですなぁ。マージでけったくそわりぃーんだよ、オメェのそういうところがな!』


 うむ。

 ちょっと確認をしてみただけで、この荒れよう。

 ジングくん、心底ご立腹なご様子でなによりです。

 この分であれば、そうそうにゼフト切れを起こしてまた沈黙、というオチもないだろう、


 しかしまあ俺とて、別に本気でコイツのことが心配で話を振ったわけではない。

 ここから先、やりようによってはこの鷲兜の――

 

「ご容赦をば、我が君よ!」


 思考を回す最中、ルゼアウルが宣言と共にバサリと翼を打ち、瘴気の波動を放ってきた。

 魔人の済む奈落に満ちるとされる瘴気は、地上で暮らす生き物にとっては毒同然。

 当然ながら、こちらとしてはそんな物騒な代物を喰らってやる義理もない。

 

「おっと……!」


 扇状に撒き散らされてきた黒い靄を、影人の奇襲を警戒しつつ後ろに跳んでやり過ごす。

 やはりというべきか、この魔人と影人の統率者らしきルゼアウル……

 

 明らかに、俺を殺しにきてはない。

 もっと突っ込んでいうのであれば、こちらを無力化ないし、篭絡に来ているのだろう。

 それは先刻の精神領域のやり取りからも、類推することが出来ていた。

 

 魔人の統率者が、何故そんな真似に及んでくるのか。

 その裏にあるあちら側の持つ情報は、喉から手が出るほど欲しいものだ。


 そしてこの状況下であれば――

 

「やはりわざわざ瘴気を避けますか。となれば、そのアトマは偽装などではなく……報告にあった人間、フラム・アルバレットというわけですか。貴方は」


 不意にルゼアウルが、嘆息混じりの言葉を洩らしてきた。

 

 きた。

 思っていたとおりに、切り出してきた。

 これはおそらくは、ここから『自分が期待していた展開』へと転がることに一縷に臨みをかけての、確認。

 なんてことはない、未練の現れというヤツだ。


 ジングが利用していた、魂を入れ替え、肉体の所有権を奪う術法式。

 そのジングと同類である、魔人の登場と幾つかの発言から予想される、一つの仮定。

 

 即ちそれは、『フラム・アルバレット以外の何者か』が俺の肉体を乗っ取ることを、『魔人たちが画策していたのでは』、という疑念だった。

 

 ……少々突飛に過ぎる話ではあるし、そもそも考えたくもない内容ではあるものの、その仮定でいくと腑に落ちる部分が多いのも、確かなのが現状だ。

 ルゼアウルが再三に及び口に上らせてきた『我が君』という発言に関しても、そう考えれば納得がいく。

 加えて言えば困ったことに、『我が君』という言葉自体、聞き覚えもある。

 

 それは俺がフェレシーラと初めて出会った次の日。

 彼女と『隠者の森で』共に影人の調査に乗り出し、滝つぼの傍の河原にて大型の影人と交戦した際のこと……

 一度は不定術法により焼き払った筈の影人が、黒焦げの巨体を蠢かせて発していた、カタコトの言葉。

 

 ワガキミ。ミツケタ。ワガキミノ――

 

 そんな言葉を口にしていたことを、俺は覚えていた。

 それを思い返しつつ、耳木兎ミミズクの魔人に返すべき言葉を定めていく。

 

「どうやらあんたが『隠者の森』に放っていた影人には、生き残りがいたみたいだな」

「……!」 


 細心の注意を払いこちらが口を開くと、琥珀色の瞳が大きく見開かれてきた。


「何故、貴方がそれを……!」

「さてね」


 肯定に等しい驚嘆の声に、俺は平静そのもの、といった調子で返しておく。

 

 ふう……

 いやこれ、自分で仕掛けておいてなんだけどさ。

 ぶっちゃけ滅茶苦茶キツいリアクションだな! 一応覚悟の上での引っ掛けだったとはいえ!

 

 まあ……ともあれ、だ。

 これでほぼほぼ、ルゼアウルの狙いも確定した。

 正直なところ、してしまった、と言いたい気分ではあったが、それはもう仕方のないことだろう。

 

『おい』

『んだよ……引っ込んでるんじゃなかったのかよ、鷲兜』

『ヘッ! べっつになんでもぬぇーよ! ま、一つだけ言わせてもらうんならよぉ。あの雑魚フクロウモドキがいってるワガキミなんてヤツよりゃあ、このニ……あ、いや。こ、このジング様の方が、ナンボも格上だからな! んな雑魚を崇める雑魚のいうことなんざ、一々気にしてんじゃねーよ! これ見よがしにうっとおしい溜息なんて吐きやがってよ!』

『なんだそりゃ……ていうか、雑魚雑魚いいすぎだろ。はは……』


 唐突に、その上ボキャブラリーも欠如しまくったジングからの文句に、思わず失笑してしまう。

 どうやら俺は、このふざけた乗っ取り野郎に慰められてしまっているらしい。

 そのことに気付くと、肩に重くのしかかってきていたアレコレが、嘘のように吹き飛んでいた。

 

「サンキューな、ジング」

「あァン? なにテメェ、勘違いして……って。ありゃ?」


 しっかりと声に気持ちを乗せて呼び掛けると、翔玉石の腕輪に見覚えのある嘴が浮き上がってきた。


「なんだ? オメェ、どういう風の吹き回しだ? わざわざ喋れるようにしてくるなんざよ」

「そこはアレだ。これからのお楽しみ、ったヤツだな。それよりも……あっちもそろそろ痺れを切らしてくるぞ?」

「ほーぅ。はぁあ……ぬぁるほどねぃ……」

 

 じわじわと距離を詰めてきていたルゼアウルの姿を、カッと見開いた猛禽の眼で捉えて、ジングが厭らしく嗤う。

 以心伝心、というほどではなくとも、これから俺がやろうとしていることが、なんとなくで伝わっている感じだ。

 

 というか、どうせ作戦しっかりと伝えたところで、コイツがその主旨を完全に理解出来る筈もなく。

 むしろ半端に知ることで、こちらの望む役割を果たせなかった、というオチするありえるのがジングクオリティである。

 

「ま、お前の言葉を借りるなら所詮はパワーだけの雑魚だしな。一丁、気楽にやってみるか……!」

「ハン。おりゃあオメェのことなんて、どーでもいいけどよぉ。ま、雑魚は雑魚なりになかなか力を奪えたしな。礼の一つもくれてやるってのが、礼儀ってもんだわなぁ」

 

 心機一転、迫る魔人を見据えて気合を入れると、そこに尊大な同意の声がやってきた。

 

 ……いやまあ、やる気になってくれるのは、こちらとしても大変ありがたいんですけどね?

 最早ツッコミ待ちとしか思えないから、スルーしとくぞあっち突っ込んできてるし!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ