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394. 何様の本音

 影人ども、そしてそれを操る魔人が、最後の攻勢を仕掛けてくる。

 

「はいはい。そんなに不安を煽ったら駄目よ、ティオ。今日は貴女だって言ってるように、ただでさえ色々なことが起き過ぎてるんだから」

 

 そんなティオの予想に対して真っ先に反応を示したのは、フェレシーラだった。

 

「んー。別にボクは、不安なんて煽っちゃいないけどね」

「嘘おっしゃい。そんなに楽しそうな顔して、説得力ゼロよ。それに曲がりなりにも魔人共にも戦略はあるんだから。賭け事に例えるのは的外れよ」

「そうかい? 賭け事じゃなくったって、退くに退けなくなった輩が自棄になって突っ込んでくるだなんて、日常茶飯事だと思うけど?」

「それは……そうだけど」

 

 薄ぼんやりと輝く『照明』が夜道を照らす中、ティオの飄々とした物言いに、フェレシーラが口籠る。

 それを耳にしながらも、俺は考える。

 

 度重なる影人の襲撃。

 これまではそれは、予期せぬ出来事だと言えた。

 いや……

 予測できないのだから、薄々勘付きながらも仕方がないと言い訳が出来た。

 

 だからこそ、紆余曲折ありつつも俺はまたこの場所に戻ってこれていたのだ。

 フェレシーラの後押し。

 健在であった迎賓館と、兵士たち。

 パトリースを始めとする面々からの歓迎。

 

 正直、ほっとした。

 後ろめたさから皆に自分が影人の標的だろうと宣言して、そこからエキュムの配慮で遊撃隊という役割を与えられて……

 魔人であるメグスェイダを斃し、『爆炎』の術法の被害も抑え込むことが出来た。

 

 いま自分にやれることやる。

 フェレシーラ、そしてホムラと力を合わせて、一つ一つ乗り切ってゆく。

 それだけを目指して、無我夢中でやってきて……その度に、ここまでやれば大丈夫だろう、もう平気だろうという、確証のない安心感を積み上げることが出来た。

 

 しかし、それでも不安はあった。

 それが形となって吹き出たのが、魔人ムグンファーツによる二度目の襲撃の際だった。

 あの会議室での攻防にて、俺は一瞬、動くどころか、考えることすら忘れてしまっていた。


 これだけ凌いで、まだ続くのか。

 一体どこまで敵はやってくるのか。

 俺という標的を仕留めるまで、永遠に皆を巻き込み続けるのではないか。

 

 岩肌の魔人の腕がこちら叩きつけられてきたとき、むしろ安堵している自分がいた。

 だから、許せなかった。

 俺の元から離れてゆく異形の剛腕を、ふざけるなという思いで掴み捻じ伏せた。

 

 そうして会議室での戦いを終えて、エキュムが迎賓館からの撤退を決断したとき……俺は心底安堵した。

 これで後はフェレシーラに相談した上で、様子を見ながらこの場を後にすればいい。

 皆とも、顔を合わせることは出来た。

 好意に甘えるのはもう十分だろうと、頭の片隅で考えて、納得していた。

 

 ハンサから殿しんがりを頼まれたときは、そんな決断を密かに下していた。

 上手く離脱を終えてどこかで落ちつくことが出来たら、その時は手紙を送ろうとも。

 無断で去った非礼を詫びて、その上で俺に関わってくれた皆に、感謝を伝えようと考えていた。

 

 だがそれは……まだまだ甘ったれた考えだったらしい。

 

「フェレシーラ。ティオの言うとおりだ」

「……フラム?」


 翔玉石の腕輪に手を添えて口を開くと、フェレシーラが不安げな眼差しを向けてきた。

 そんな彼女へと向けて、俺はスヤスヤと眠るホムラを預ける。 

 

「本当は、しっかりと話をしてからにするつもりだったけど。俺はここで皆と別れる。だから、フェレシーラは選んでくれ。ここに魔人の、最後の切り札が撃ち込まれる前に」

 

 出来るだけ声を落ち着けてそれを伝えきると、青い瞳が大きく見開かれてきた。

 ティオがピクリと片眉をあげて、何事かを口にしかける。

 しかけるも、それを押し留めたのはフェレシーラの右手だった。

 

「あのね。私、ちゃんと言ったわよね? 魔人が絡んできているのなら、正式に聖伐教団の本部から……公都アレイザの聖伐の大教殿から確実に支援が受けられるって。それなのに、なにをいきなりそんなこと言い出してるのよ」

「うん。それは聞いたし、ありがたいと思った。でも……それが叶うのは今じゃない。今このまま皆の近くにいたら、今度こそ只じゃすまない。仮にあの鉄巨人クラスの『爆炎』の魔術を搭載した影人が放り込まれてきたら、例え同じ手段に出ても全員は逃げきれない」

「……!」

 

 おそらくフェレシーラとて、その事実に気付いてはいたのだろう。

 ティオのいうように、魔人側に手札がまだあり、それをなりふり構わず切ってくれば、取り返しのつかない事態へと発展する可能性がある。

 

「でも、例えそうでも……そうしてくると決まったわけじゃ……!」

「決まってからじゃ遅いんだ。お前なら、わかるだろ? あれだけ苦戦したメグスェイダを平然と捨て札にしてくる相手なんだ。会議室の魔人だってそうだ。やるとなれば、迷わず、平然とやってくる相手なんだ」

 

 ぐ、と少女は口をへの字に曲げて押し黙った。

 いや……黙らせてしまった、と言うべきだろう。

 

「ちょっとちょっと……なに君ら二人だけで、勝手に盛り上がってるのさ」

 

 そこにティオが割って入ってきた。

 まあ、言ってはなんだが想定内の反応だ。

 

「お前が言うとおり、魔人が仕掛けて来てからじゃ手遅れになるかもしれないって話だよ。それも多分、ほとんど確定でさ」

 

 既に止まっていた足先を彼女へと向けて、俺は言葉を続けた。

 

「助かったよティオ。あんたの指摘がなければ、後悔してもしきれない羽目に陥るところだった。だからここで――」

「おい」


 さよならだと言いかけたところに、怒気を孕んだ声がやってきた。

 一瞬、それが誰が放ってきたものか、わからなかった。

 

「さっきから黙って聞いていれば、なに言ってるんだよ。お前さ」

「なにって、そりゃあ……このまま俺がここにいたら、皆まで巻き添えに」

「ああ、なるね。で?」


 不満と苛立ちを隠そうともしない彼女の反問に、俺は言葉を失う。

 今日は初めて顔を合わせてときは、刺すように冷たい殺気をぶつけてきていた少女が、今は心から気に入らない、といった面持ちで突き放してきていた。

 

「で? って……いやだから、わかるだろ! 俺が居なくなりさえすれば、もう……!」

「はー? 君一人が居なくなったら、なに? 言っとくけど、こっちは散々やられてムカっ腹が立ちまくってんですけど? 君がいようがいまいが、きっちり御礼参りはさせてもらうんですけど?」

「な……」


 なにを言っているのかと思った。

 ティオの言っていることが、俺には理解できなかった。

 理解出来ないままに、俺は必死で口を動かす。

 

「な、なんでそんなこと、あんたがしないといけないんだよ! そんなことより、こんな事で言い争って俺がここにいたら――」

「だからさぁ。君もわかんないヤツだね。魔人だかなんだか知らないけど、喧嘩売ってくるんなら、ボクは受けて立つまでだよ。火力と範囲だけの『爆炎』程度でこのボクがられると決めつけるだなんて……君、舐めてんの?」


 今度こそ、本当の本当にまったく、欠片も意味がわからなかった。

 そこにティオが鼻で笑って追い打ちをかけてきた。


「大体さ。君、何様なの? 好き勝手に走り回ってたボクにだけそんなクチ利くってんならまだしも……これだけ大勢の連中と仲良く派手に暴れまわっておいて、ここからってところでトンズラとか、なんなの? そんな真似すんなら、最初から消えればいい話だろ。しかもなに? 言うに事欠いて、フェレスに選べだのなんだの物分かりのいいフリしたこと言って困らせるとか……お前、私との約束忘れたのか?」


 それは、正論だった。

 それになんとか抗おうと、俺は言葉を探す。

 

「お、お前はそれでいいかもだけどさ……魔人がきても、死なずに済むかもだけどさ……それなら、周りの皆はどうなるんだよ! 皆、お前みたいに強いわけでも、戦えるわけでも、ないだろッ!」

「そりゃそうだ」

「へ――」

 

 とっておきの反撃を繰り出したつもりが、返ってきたのはまさかのあっさりとした肯定の一言。

 

「い、いや……なに言ってんだよ、お前! 人が死ぬんだぞ! 俺のせいで、沢山、関係のない人が」

「なに言ってんだ。そいつのせいだろ。そんなの」

「――は?」


 その言葉に、再び俺は絶句する。

 そこに「朝食はパンでしょ」みたいな調子でティオが続けてきた。


「いやだからさ。さっきから前提が可笑しいんだよ。そいつのせいだろ。そんなの。魔人が襲ってきて死ぬのはそいつら弱かったからだよ。そりゃ四の五のいえば、仕掛けてきた魔人が悪いんだろうけどね。言っちゃなんだけど、そんなこと言い出したって魔人に限らず、魔物だろうと野盗だろうと『あ、じゃあ殺すのやめておきますね』ってなるわけでもなし。結局、自分の身は自分で守るしかないんだよ。ボク、そんな難しいこと言ってる?  ねえ、フェレスも黙ってないで、この自意識過剰ボーイになんか言ってやってよ」

「え……? あ、うん……そ、そうね」


 突如話を振られて、フェレシーラが我に返る。

 そして俺とティオの顔を交互に見比べるようにしてから、おずおずと口を開いてきた。

 

「え、ええと……ティオの言うとおり、かしら? で、でもそれじゃ、皆が……」

「いやいや……君まで皆が、じゃないでしょ? ボクの話聞いてた? ほんとマジでどうしたんだよ。まあ、大方この頭でっかちの才能馬鹿に影響されたんだろうけどさ。はぁ……」


 そこまでいって、彼女は「ダメだコイツ、と言わんばかりに」深々と溜め息を吐いてきた。


「とにかくだよ。ここでグダグダやってても仕方ないからさ。とっとと選びなって」


 とっとと選べと。

 そう言われて、その言葉だけは、なんとか理解できた。

 

 その選択を前にして、俺は己の腕を見つめる。

 まだ物言わぬ、しかしこの先必ず動くであろう黒一色の腕輪を見て、俺は思い出す。

 

「どうすれば良かったのかじゃねえ。どうしたかったのか、だろうがよ――か」

「ん? え、なになに? いまなんて言ったの?」

「いや……ただの独り言さ。もしくは二人言、ってヤツだ」

 

 その呟きに喰いついてきたティオには、首を横に振り、息を吐く。

 何様だと言われて、知らず勝手に抱え込んでいた肩の重荷が消え失せていくのがわかった。

 

「ティオ。フェレシーラ。こんなところでいつまでも愚図愚図やっていて、わるかった」

 

 そこから思いつくままに声を連ねると、何故だかなんとかなる気もしてきた。

 

「今から、魔人が襲ってくる合図を二人に教えておく。だから俺と一緒に戦ってくれ。勿論、兵士たちからは十分に距離は置かせてもらうけど……いざって時は頼らせてもらうよ」

 

 そうして自分が『どうしたいのか』を口にしてみると、こちらの期待していたとおりの反応が、俺の元へと返されてきた。

 


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