392. 物騒すぎる疑問
熟睡中のホムラさんのお腹より放たれる『照明』の輝きを頼りに、ミストピアの街を目指す道程にて――
「偶然、視界に入ってきた……か。まあ、お陰でこっちはすぐに岩石魔人に対応できたし、助かったものね。ありがとう、フラム」
「ああ、どういたしましてだ。こっちこそ、あいつの動きが止まっている間に、フェレシーラが止めを刺してくれたから助かったよ」
俺は岩肌の魔人ムグンファーツに関するやり取りを経て、フェレシーラへと礼の言葉を述べていた。
はい。
フェレシーラさん、ニッコリ笑顔で返してくれていますけど、「後から二人っきりの時に、なんで敵が襲ってきたのか、ちゃんと説明してね?」という感じバリバリでございます。
いやまあ、翔玉石の腕輪が震えてたからってことで、こいつには伝わるとは思うんだけどさ。
それを今この場で口にしちゃうと、今度こそティオが怪しむというか――
あ、いやこれ……ちょっと対応不味ったかもな。
そもそもティオは、魔人と戦ったのは今回が初めて。
これまでも魔人に対してそこまで過敏な反応を示すこともなかったし、ここは翔玉石の腕輪を『魔人を探知することもある術具』ってことにでもしておけば、「へー、そんなんあるんだ。あんまりあてにならなそうだけど」ぐらいで、かるーく流してきた可能性が高かったかもしれない。
しかし今更軌道修正するのも怪しいし、もう一度同じようなことがあれば、ぐらいにしておくのが妥当だろう。
「ねえねえ、そんなことよりさぁ。さっきの白蛇ちゃん、ボクとお話させてくんない? 自己紹介、しときたいんだけど!」
そんなことを考えていたら、ティオがこちらの左隣に回り込んできた。
当然ながら、俺が身に付けているベストの左ポケットの住人、メグスェイダを拝みたがっての行動だ。
どうやらティオのヤツは、本当にこの白蛇様に御執心らしい。
そうなると、何をどこまで話すべきか迷うところだが……
「別にいいんじゃない? ティオになら一通り話しておいても。勿論、他言は無用って約束つきにはなるけど」
少々判断に困りチラリとフェレシーラの表情を覗き見ると、あっさりとした回答がやってきた。
フェレシーラがそう言うのなら、メグスェイダについて話しても構わないというか、ここまではっきり口にさせておいては、避けようもない。
そう思い、俺は肚を括ることにした。
「わかった。それじゃあメグスェイダも顔を出してくれ。んで、ティオにも事の成り行きを説明するからさ。ちょっと話を聞いてくれ」
その言葉にティオがワクワクとした様子でこちらに頷きを返してきて、メグスェイダがポッケの中より姿を見せてきた。
「へー。元魔人の、白蛇ちゃんかぁ。世の中には不思議なこともあるもんだね。ビックリだよ」
「だねぇ。まさかワタシも初めての人間狩り、でこんな奇天烈な目に合うなんて。ビックリさ」
のんびりゆっくりと、前を行く兵士たちの後に続きながら、言葉を交わす青蛇さんと白蛇さま。
結局、下手な隠し事や嘘を混ぜても襤褸が出るだろうとの判断で、こちらはティオに対してメグスェイダと一戦交えた際から起きたことを、殆どそのまま伝えていた。
伝えていた、のだが……
「ん? 初めての人間狩りだったってことは……もしかしてメグっち、これまで人間と戦ったことなかったとか?」
「まあね。魔人同士でテストマッチだとかいう戦いはやらされていたけど、実戦ってヤツは初めてだったよ。まさかいきなり、こんな出鱈目なヤツらと戦う羽目になるとは思ってなかったけどさ」
「ほへー……そりゃあ、ご愁傷様ってヤツだったね。でもお陰で、ボクはこうして平和的にメグっちと逢えてラッキーだったけどさ」
「なんだいそりゃ。慰めにもなってないよ?」
「やー、ごめんごめん。でも面白いねー。ほんとこうして『探知』で探ってみても、真っ赤なアトマしか視えないし。これじゃ元魔人って言われても全然わっかんないねー」
「フン。なにが面白いんだかねぇ……まったく、おかしなヤツが多いよ。人間ってのはさ」
気付けばメグスェイダは走竜の肩当ての上に鎮座して、ティオとの会話に臨んでいた。
そんな白蛇様に、青蛇さんは首ったけ、といった様子で次々に質問を浴びせている。
流石にメグスェイダも魔人に関する話は避けているようだったが、そもそもティオはそこまで魔人に対して敵愾心や興味を持ち合わせていないようで、問題はなさそうだった。
なんだろう、この……案ずるより産むが易し感。
とはいえ、フェレシーラは魔人に対してこれでもかとばかりに敵対的、親の仇みたいな勢いで突っ込んでいってたからなぁ……
同じ聖伐教団に所属しているティオも、似たようなスタンスかとばかり思い込んでいた。
しかし蓋を開けてみれば彼女は魔人と出くわしたことすらなく、元魔人であるメグスェイダに対してもこんな調子だ。
考えてみればレゼノーヴァ公国に住む若い人々は、実際に魔人と出くわしたことがない者も多い筈なので、漠然としたマイナスのイメージこそあれど、進んで打ち倒そうという人間は案外少ないのかもしれない。
かく言う俺も、本で調べた内容から『魔人は人類の敵』『50年周期で大量発生してどこかの国を攻めてくる』という知識こそあれど、魔人憎し、という感情までは持ち合わせていない。
今から14年前に魔人将を撃退した筈のマルゼスさんも、不思議と俺に魔人の話をしてくることもなかった。
勿論、俺も何度か好奇心から魔人について質問したり、第一次魔人聖伐行――つまりは前回の魔人戦争でのマルゼスさんの活躍を知りたくて、話をせがんだこともあるにはあった。
だが……
『魔人はもう現れることはないです』
『もし現れても私が滅ぼします』
『そんな会う事もない相手の話よりも魔術士としての修練を積むように』
などと返されるばかりで、いつしか俺も彼女に魔人の話を尋ねることもなくなっていた。
今にしておもえば、その手の話をするとマルゼスさんが冷たく返してくるから、こっちも控えるようになっていた、ってのはあったのかもしれない。
しかしそれにしても――
「ほんと、お前がいきなりティオに話しかけたときはびっくりしたぞ。ああいうの、もうやめてくれよな。メグスェイダ」
「言われなくても早々やりはしないよ。さっきのは意趣返しってヤツだからね」
「へ? 意趣返しって……」
なんとなく機嫌良さげにティオの相手をしていたメグスェイダへと、忠告のつもりで声をかけると、意外な言葉が返されてきた。
そこにチロリと白蛇の舌が踊る。
「このワタシをいきなり見世物みたいに人間どもの前に突き出してくれたお礼さ。ちっとは肝が冷えたかい?」
「な……おまっ、あれはなぁ……! 変にコソコソ隠しまわってるよりも、堂々と話した方がいいと思ってだな……!」
得意げに身をくねらせてきたメグスェイダに言い返すも、自分でも墓穴を掘っている自覚があった。
「そうかい。ならワタシも同じだね。ねえ、鎖使いのボウヤ」
「うんうん。そうだぞフラムっち。このボクに隠し事とはいい度胸してるじゃん」
「ぐ……!」
「はいはい、そこら辺にしておきなさいな」
正しくぐうの音も状態までこちらが追い込まれたのを見かねてか、「パン、パン」と手を打ち鳴らしながら話に割って入ってきたのは、御存じ我らがフェレシーラさん。
「今回は私たちの負けよ、フラム。たしかにメグスェイダの発言には驚かされたけど。ティオもこんな感じなわけだし、この際、細かいことはいいじゃない」
「たしかに……その通りだな。メグスェイダにも、ティオにも、わるかったよ。ごめん……」
「うん? 別にワタシは謝って欲しくてやったワケじゃないけどねぇ。単にやられっ放しも癪だから、やり返したかっただけさ」
「ボクも気にしちゃいないよ。どーせ気になったことがあれば、こっちからガンガン聞くし」
大人しく自分の所業を認めるも、白蛇と青蛇が共に打ってきたのは「どうでも良し」とばかりのカウンター。
なんなのこいつら。
まあ正直、へそを曲げられたりされるするよりかは、よっぽど助かるリアクションではあるけどさ。
なんにせよ、この話も一旦終わりだ。
「ああ、そうそう。気になったことと言えば、ちょっとあったのよね」
……と、勝手に結論付けていたら、フェレシーラは再び口を開いていた。
自然、皆の視線が彼女へと集まる。
「え、なんだよ気になったことって」
「ええ。メグスェイダが話してた内容にもあったじゃない。あの岩石魔人が影人の呼び出し口だかなにかにされていたって話」
ピンと人差し指を立てての少女の言葉に、その場にいた者が皆釘付けとなり――
「あれってどうかすると、他の魔人も同じことが出来て……この撤退に合わされてきたら、不味いことになったりするのかしら」
続けてやってきたその予想に、夜道をゆく足が、綺麗に揃ってピタリと止まっていた。