391. 『再眠』
夜道を先行く兵士たちの後ろ姿が、次第に遠ざかってゆく。
それを皆で視界の端で捉えながらも、俺はスピスピと可愛らしい寝息を立てるホムラを抱きかかえたまま、迎賓館の正門の前で立ち尽くしていた。
そしてそれはこちらの両隣にいたティオとフェレシーラにしても、同様だった。
「皆様方! どうかなされました!?」
そこに、門の開閉役を担っていた兵士が声をかけてきた。
しまった、こんなところで立ち話している場合じゃなかった……!
「す、すみません! いま出ますので! 後をよろしくお願いいたします!」
「は! フラム殿も、ご武運をば!」
慌ててこちらが返事をすると、滑車式の落とし格子がキリキリという作動音を立てて門の上から降りてき始めた。
例え影人に対して門が決定的な守りとして機能しなくとも、そこはそれ。
少しでも門を開け放っている時間を短くしておきたいのが、人情というものだろう。
「取りあえず行くぞ、フェレシーラ! 話はここを出てから……少し、前の兵士さんたちからは離れてな……!」
「そ、そうね! ティオ! 貴女もぼさっとしてないで、走る!」
「いやいや……なんなんだよ、いまのは! ちゃんと納得のいく説明、してもらうかんね!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、全員で門を潜り抜ける。
ほどなくして落とし格子が重々しい音を立てて落ちきり、門が閉ざされた。
ちなみにぐーすかぴーなホムラには、またも『照明』役として光ってもらっている。
ついでに言うと、これは迎賓館の兵士たちにも馬鹿みたいにウケてたりする。
ホムラもそれが楽しかったのか、自分の意志でお腹をピカピカ点滅させたりしてたけど。
なにはともあれ、である。
こうなってしまえば、前の兵士とも距離も空いてることもあり、こちらの会話が耳に入ることもない。
そうとなれば、まずは――
「メグスェイダ! お前、なに考えていきなりあんな話してんだよ!? ちゃんと魔人の話題は避けておくように、説明しといただろ!?」
「んー? 聞いてはいたけどねぇ。このボウヤ、アンタらの仲間なんだろ? なら別にいいじゃないのさ。どうせ遅かれ早かれワタシのことも話すつもりだったんだろ?」
ポッケのメグスェイダに向けて非難の言葉を飛ばしたところ、返ってきたのはそんな内容の反問。
「そ、それは……そうだけどさ!」
それを受けて、俺は慌てて答えを返す。
サーセン。
真っ赤な嘘ってヤツです。
ぶっちゃけティオに話をしても、元・魔人であるメグスェイダを同行させることに反対されるどころか、プチッと殺りにくるのではと思っていたので、こちらは現状伏せておくつもりだったのだ。
の、だが……
「え? なになに? マジでやっぱり喋ってるじゃん! しかも白い蛇って! うっわなにこれ! ねえねえフラム! ボクにもその子と話させてよ!」
「……フェレシーラ」
「うん。そうなのよね。私、ティオが魔人とあったことすらないの、すっかり失念しちゃってたから……てへっ」
てへっ、じゃねーし!
可愛いからってなんでも許されるとおもうなよ、お前さぁっ!
などと、文句を言ってる余裕がある筈もなく。
俺はティオからポッケの白蛇様を守るので精一杯の有様だ。
しかしまあ、突然のメグスェイダの行動には驚かされてしたものの……
考えてみれば、これは相当にラッキーな状態なのかもしれない。
何故ここまでティオは、メグスェイダに対して好意的なのか。
理由としては、やっぱり『白蛇』ってところなのだろう。
フェレシーラは『白羽根』で、自分は『青蛇』。
白と蛇がかぶっているのは、大変よろしい。
多分そんな感じだと思われる。
ティオだし。
それはさておき、ここはティオがメグスェイダと敵対しないかどうかを、しっかりと確認はしておかねばならなかった。
「ええっと……ティオ、お前さ。さっきコイツが言ってたこと聞いて、特になにも思わないのか?」
「ん? さっきのって、ボクがロドンガゥグ・ジロブウラとかなんとかいう、魔人だっけ? アレを追いかけ回していたから、影人が呼び出せなくなった、みたいなヤツ?」
「あ、うん。正確には、ムグンファーツ・ギルベスタって言ってたとおもうけど。ンとしか合ってないとか逆にすごいな……!」
「う、うっさいな! そんなの一発で全部覚える方が異常なだけだろっ!」
「たしかにねぇ……前々から思ってはいたけど、フラムの記憶力ってちょっとブッ飛んでるのよね」
「あ、やっぱフェレスもそう思う? コイツってば魔術士志望だったってわりに、『鈍足化』もサラッと覚えて……たのはまあ、あのムなんとかにアッサリ抵抗されてたけど」
ムなんとかって。
今度は今度で略し過ぎだろ。
というか、あんなに完全に無効化されるとはおもっていなかったから、俺もかなり焦ったのは確かなんだけど。
「あ、そういやさ。あの時フラムが……ル、じゃなくて、スでもなくって――とにかくアイツに殴られた後さ。アイツが叩きつけてきた腕掴んで、物凄い勢いで引っ張ってたじゃん。おかげでボクまで巻き添えになりかけたけど……アレってなんだったの? 火事場のクソ力的なヤツ?」
「ん? ああ、あれか……あれは正直、よくわかんないな」
不意にティオが話題を変えてきた。
話がどんどんとっちらかる辺り、ほんとカオスの申し子って感じだ。
まあこっちとしては、端からメグスェイダに敵対されるよりは断然いいけど。
「よくわかんないって、自分でやったことだろ」
「そう言わてもなぁ……多分、アトマを手に集めて引っ張っただけなんじゃないか? 無我夢中で、とにかく好きにさせちゃダメだって思ってやっただけだし」
「えぇ……なんだそりゃ。こっちは必死こいて咎人の鎖で腕一本封じて引き摺られてたかと思えば、空中遊泳ですっ飛んできてたってのに。どんだけアトマお化けなんだよ、キミ。ワケわかんないぞ」
「あ、そうそう。ワケわかんないといえばだけど」
そんな感じでティオと話していたところに、今度はフェレシーラが別の話題をふってきた。
いよいよもって、収拾がつかなくなってきた感バリバリである。
最早毒喰らわば皿。
いったん彼女たちのお喋り欲が治まるまでは、大人しくしておいた方が賢明なのかもしれない。
「あの戦いで最初に、岩石魔人が会議室の壁をブチ破ってきたじゃない。その直前のことなんだけど」
……ん?
「あの時、たしかフラムったらこう言ってたわよね? 『こっちの壁から離れろ!』って。あれってなんで、敵が飛び込んでくるってわかったの?」
フェレシーラに問われて、俺は立ち止まる。
反射的に思考を回していると、ティオと視線があった。
「ああ……あれか。なんか壁に寄りかかっていたら、振動と音が伝わってきてさ。慌てて皆に下がれっていったけど。まあ、偶然に助けられた、ってとこかな」
「ふぅん?」
こちらの回答を、フェレシーラが小首を傾げて受け止めにきた。
しかしそれ以上の追及はない。
内心、俺は焦る。
だがそれも仕方のないことだ。
今度のそれはメグスェイダが洩らした魔人の情報よりも、もっと危険な代物なので仕方もない。
それこそティオに限らず、事情を知る者にしか話してはならない事柄だ。
思わず指が動きかけて、意識的にそれを押し留める。
それが増れかけていたのは、艶の無い、黒一色の腕輪。
一度は俺の体を乗っ取り支配した者の、仮初の棲家。
岩肌の魔人が現れた際に、異常なまでの震えをみせた……しかしそれ以降、微動だにせず息を潜めるように沈黙し続けていた、魂の器。
即ち――ジングの宿る翔玉石の腕輪から、俺は意図的に視線を逸らしていた。