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387. 『追撃』

「それにしても……まさか魔人が出てきた上に、それをお二人が討ち果たしていたとは驚きですね」 

 

 ささやか祝杯をあげた後、エキュムはそういって自分の手でグラスにワインを注いでいた。

 いやちょっと待って。

 

 まだ飲むんですか、このおっさん。

 さっきからもう5杯目ぐらいじゃありません?

 幾ら『解毒』でアルコールを除去出来るといっても、強すぎませんか。

 

 まあ思い返してみれば、晩餐会の席でもハンサと一緒にずーっと飲んでたし、このぐらい余裕ってところなのかもしれませんが……

 

「あ、ダスちゃん、私のおかわりください。いつもの、ぎりっぎりまで注ぐやつで!」

「うぃっす」

 

 って、よく見たらパトリースさんも随分と飲まれてますね!?

 勿論それ、ボクと同じ葡萄ジュースですよね。

 ほっぺが赤らんでるのは気のせいですよね?

 

 ハンサさんも当然みたいな顔して、グイグイいってるけど……もしかしてミストピアってのんべえの街だったんでしょうか。

 一部メンバーがあまりにハイペースすぎて、そろそろささやかって感じじゃなくなってきたのですが。

 

 実はこの人達の先祖様に、「酒好きで有名な鬼人族ディモスの血が混じってます」とか言われたら信じちゃいそうだ。

 まあ体格的にはイアンニとかの方がまだそれっぽいけど、そもそも誰も角生えたりしてないし、もしもどこかで混血していたとしても、相当前の代になるんだろうけど。

 

 ハーフないし、クォーターあたりまでしか混血の特徴って残りにくくて、それ以上血が薄くなると一番血の濃い種族に特徴が偏る、っていうのを本で見た気がするし。

 

 それはそうと、ホムラさんはミルクもいただいてそろそろおねむなご様子ですね。

 何故かテーブルの上でうつらうつらしていても、誰も咎めずで、むしろワーレン卿なんて積極的にナデナデしちゃってますが。

 

 そしてその隣ではメグスェイダが「毒とか入ってないだろうね……」とかこっそり言いながら、しっかりとミルクを完飲済みである。

 白蛇状態でそんな心配をしてるのもちょっと面白い。

 

 そんなわけで、皆それぞれに束の間の一時をすごしているわけだが……

 

 というか、ちょっとぐらい酔っても『解毒』でなんとかなるんだし、俺もフェレシーラさんに抜いてもらう前提で少しぐらいはいってもいいのではなかろうか。

 葡萄ジュースは葡萄ジュースでありがたいけど、皆して美味しそうにワインを呷るものだから、興味がないといえば嘘になる。

 

「エキュム様。その点に関してなのですが……油断は禁物かと思います」

 

 なんて不埒な計画を練っていたところに、フェレシーラが口を開いてきた。

 はい。

 いま危うく、「ごめんなさい、油断してました」って口走るところでしたよ……!

 

「ふむ。と、いいますと?」

「はい。エキュム様であればご存じでしょうが……原則的に魔人どもは群れて行動します。それこそはぐれ魔人と呼ばれる稀少な個体を除き、常にある程度の数をもって人類に害をなし続けます」 

「なるほど。確かに白羽根殿の仰るとおりですね。先の戦乱でもそうでした。しかしそうなると、やはり今回の襲撃は……中々の大事という話になりかねませんね」

 

 中身を半分ほどに減じたグラスが、テーブルへと配される。

 そこには大きめの戦地図があり、グラスは丁度、迎賓館の上に置かれていた。

 

 エキュムが口にした、『大事』という言葉に反応を示す者はいない。

 が、この場にいた全員がその言葉を耳にして、大なり小なり身を硬くする気配を発していた。

 ただ一人、話を振ったフェレシーラを除いて、だが。

 

 あ、いや、ここはちょっと訂正。

 テーブルの上で蜷局を巻いているメグスェイダと、俺もわりと反応薄いんだけど。

 

 しかし皆の間に微妙な緊張感が走った理由は、さすがに理解している。

 ここから先、多くの魔人と戦うということは、それ即ちこのレゼノーヴァ公国においては二度目となる『魔人戦争』の再来を意味しているからだろう。

 

 魔人は人類種の敵だ。

 一度戦いが始まれば、その地で相まみえた者同士、どちらかが滅ぶまで徹底的に殺し合う。

 皆それを知るからこそ、軽々しく「魔人との戦いになる」とは口に出来ないのだ。

 

 そういう意味では、周囲の者の目を盗んで俺たちに『魔人戦争』の再来を匂わせてきたエキュムは、普通の人間とは感覚が異なるのだろう。

 それがミストピア領主としての立場にある故なのか……

 それとも嘗ての魔人との戦いの日々に明け暮れていた彼に、何かしら思うところがあってなのかは、俺にはわからない。

 

「ま、事態の大きさを言うのであれば……この迎賓館の防壁が壊された時点で、かなりのものなんですがね。はっはっは」

「お父様、そこは笑いごとではありません。既に亡くなられた者もいるのですから。酔った勢いでは済みませんよ」

「お嬢。エキュム様は、そこは敢えて」

「いやいや……構わんよ、ハンサくん。パティの言うとおり、この言い方はなかったね。この館を守る為に戦ってくれた者たちに、申し訳ない」


 詰め寄ってきたパトリースにエキュムが軽く手をあげて降参する様子を見せながら、視線だけでハンサを押し留めた。

 

「どうやら酔いが少々酔いが回ったようです。ドルメ助祭、ひとつ『解毒』を願えますか?」

「無論です。私も娘が一人いますので。心中、お察しいたします」


 おそらくは自らがその役を担うつもりだったのだろう。

 ドルメがエキュムの要請に応じて『解毒』を行うと、そのまま他の皆にも処置を施し始めた。

 

 祝杯はここまでにして、やるべきことをやる、という流れだ。

 俺も飲酒には至っていないが、これまでに貰い酒気で二度も酔っぱらってしまっていたので、ここは練習を兼ねて不定術法版の、『解毒』モドキを自分にかけておこう。

 

 メグスェイダとの戦いで毒を受けた時も、そもそも自前でしっかり『解毒』が出来ていれば、あそこまで苦戦することもなかったと思うし。

 

「それでは、ハンサくん。ここはしっかりと休めるように、もうひと頑張りといきますか」

「心得ました。では、現状の再確認と今度の対応をば」

 

 再びハンサにより、場の統括が開始される。

 既に会議室を包んでいた穏やかな雰囲気は消え失せており、本陣と化し始めたそこに集っていたものは、皆々真剣な面持ちとなりハンサの言葉を待ち受けていた。


「いま現在、ここ『白霧の館』に押し寄せてきたいた影人の進攻は途絶えている。目下の脅威であった超大型の鎧の影人も、遊撃隊の活躍により排除済み。まずはその点について、報告を頼みたい。無論、その白い蛇に関してもだが……頼めるか? フラム殿」

「――わかりました」


 極々自然な調子で振られてきたハンサの要請に、俺は怯みかけながらも、何とか応じていた。

 正直、フェレシーラでなくこちらに矛先が向けられてきたことには、驚きを禁じ得ないが……

 

「では、あの影人……便宜上、鉄巨人と呼ばれていただきますが。まずはあの鉄巨人の正体、真に与えられた役割から」

 

 はた、と。

 そこまで口にして、俺は動きを止めた。

 

「フラム……?」

「む? どうしたかね、フラムくん」


 そんなこちらの反応をみて、フェレシーラとセレンが声をかけてきた。

 しかし俺には、そんな二人の気遣いに返事を返す余裕はなかった。

 

 気付けば腕輪がカタカタと震えていた。

 黒一色の、翔玉石の腕輪。

 ジングの魂が封じられた封印の腕輪だ。


 それがある方向に向けて、視えない何かに引っ張られるようにして、動き続けていた。


「皆、こっちの壁から離れろ! フェレシーラ、来るぞ!」

「――!」


 俺の叫びを受けて、ハンサがパトリースの前に立ちふさがり、ワーレン卿、そしてエキュムが剣を抜き放つ。

 

 フェレシーラとセレン、ドルメらの動きまでは見えない。

 見ている暇なぞない。


 この場所へと目掛けて、高速で何かが飛来してきている。

 激しさを増すばかりの腕輪の動きから、ただそれだけがわかっていた。 

 

「おいおい、ウソだろ……!」


 メグスェイダが忌々しげに唸り声を発したのと、部屋の壁が外から内に弾け飛んできたのは、殆ど同時のことだった。


「岩……!?」


 一瞬にしてこちらの眼前を過ぎ去り、分厚い石壁を盛大に巻き添えにして部屋に飛び込んできた土色の何か。

 それは黄銅色の鎖が絡みついた、巨岩の如き物体であり――

 

「逃ぃがすかあぁぁぁぁぁぁっ!」


 そこに間髪入れず歓喜の叫びと共に追い縋ってきたのは、『青蛇神官』ティオ・マーカス・フェテスカッツ、その人だった。

 


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