386. ささやかなる労い
「そういうわけで、私とフラムは、あの木偶の……じゃない、巨大な影人を斃したあとに遭遇した魔人を斃すことに成功していました。そしてこれが、その魔人に襲われていた白蛇です」
ドン、と。
フェレシーラの説明に合わせて、俺は会議室のテーブルの上へと、白蛇様ことメグスェイダを乗せていた。
「は……なにこれ? どゆこと?」
「わ! ほんとにこの蛇しゃべりますね、ししょ……んんっ!」
ミストピア領主エキュムを筆頭に、ハンサ、セレン、ドルメ助祭、ワーレン卿といった迎賓館に集った主要メンバーが居並ぶ中。
「この蛇は人の言葉を喋るのですね、フラム様。わたくし、この様な生き物は初めて目にしました」
早速こちらの手に乗ってきてくれたのは、予想通りにパトリース嬢だった。
まあ正確には、フェレシーラが考えてくれた作戦なんだけど。
「ええ。そうなのです、パトリース様。俺も初めてみるので驚きました」
エキュムの横から身を乗り出してきていた彼女へと、やや畏まった口調で対応する俺。
ここまでは誰が反応してきても、一度は俺が対応するということでフェレシーラとは打ち合わせが済ませてある。
「私たち遊撃隊が倒した魔人に、どのような目的があったかまでは判明していません。しかし――」
そこをこれまた打ち合わせ通りに引き継いできたのは、当然ながらフェレシーラだ。
「この迎賓館にここまでの被害を出した影人の裏に、魔人の関与であったことは最早疑いようもありません。実際に、魔人も影人の名を口にだしていました。そしてその魔人が捕えようとしていたこの白蛇こそ……今回の影人襲撃に深い関りがあるのではと判断して、保護を致しておりました」
「なるほど……魔人に追われていた白蛇ですか」
しれっとした様子で『真実一割、残りは全部嘘っぱち』な内容が並べ立てられたところに、お次にやってきたのはドルメの声。
「白は聖伐教団にとって吉兆を示す色。脱皮を繰り返して成長する蛇は、再誕・復興の証として公国でも貴ばれています。そのようなものが魔人に狙われていたとあれば、見過ごすわけには参りません。白羽根殿の判断に、間違いはないでしょうな」
「我、蛇好きナリ」
フェレシーラの予想通りに、ドルメが話に喰いついてきた。
なんか隣にいたワーレン卿からまで、唐突なコメントがついてきてたけど。
「ふむ。些か唐突な感はあるが……ま、それを言ったら今回の件がそもそもアレだからね。いまさら予想外の出来事の一つや二つ、驚くほどでもないか」
「ですね。俺もまさか、あんな影人が出てくるとは思ってもみませんでしたが……」
続いて口を開いてきたのは、黒衣の女史ことセレン。
魔幻従士という肩書と彼女の性格からすれば、『人語を解する蛇』なんてモノが飛び出てきた時点で、真っ先に反応してもおかしくはなかったが……
「セレンさんのアドバイスにも助けられました。ありがとうございます。な、ホムラ」
「ピィ♪」
「そうかね。それは重畳、なによりだ」
こちらに返されてきたのは、目を伏せてのサラリとした言葉のみ。
おそらくはセレンのことなので、こちらの意図をある程度察してくれての行動なのだろう。
多少の疑いを投げかけつつも、『大した問題ではなかった』と結んでくれる辺り、それが見て取れる。
まあ、こんなわけのわからない生物を捕まえて返ってきたのだから、何か裏があるのはお見通し、というヤツだろう。
こちらに悪意はないとみての、好意的対応だ。
マジでそろそろこの人には頭が上がらなくなってきたな……!
そういうわけで、あとはエキュム並びにハンサ、そして呆気に取られているメグスェイダ次第、といった状況ではあるのだが……
ハンサに関しては、領主であるエキュムを差し置いてまで。積極的には意見してこないだろう。
そして白蛇様は白蛇様で、周囲の視線を一身に浴びてフリーズ状態だ。
蛇に睨まれた蛙みたいになってるのが、何とも皮肉である。
さすがにここまで弱体化した状態で、敵対勢力のど真ん中に放り込まれるというのは、正直ちょっと気の毒ではあるが……
だがそこは、一方的にこちらに襲撃をかけてきた魔人側に非があるというもの。
今度も良い付き合いをさせてもらう為にも、彼我の戦力差を認識してもらっておくべきなので、このまま放置です。
というわけで実質的に残るのは、エキュムただ一人。
会議室の中心にいた彼は、手入れの行き届いた口髭を親指の腹で軽く撫でつつ、口を開いてきた。
「なるほどですね。そういうことでしたら、その蛇はフラム殿に預かっていてもらいましょう」
「ええ、そうさせてもらえると――って、俺ですか!? フェレシーラじゃなくて!?」
「ちょっと、フラム……!」
しまった、やばっ。
話の矛先を予想外に振られてきたので、びっくりして声をあげてしまった。
「わ、わるい、フェレシーラ。ええと……領主様の仰せのままに」
「はっはっは。そう畏まらずとも善いですよ。ここにいる者たちは、君には随分と助けられているのですから。ねえ、ハンサくん」
「左様でございますな。影人の襲撃からここまでの奮戦ぶり。感謝致します、フラム殿」
「あ、いえ、その……ど、どういたしまして……! というかハンサさんこそ、畏まらないでいただけると助かるんですが!」
追い打ちの如くやってきた主従の連携に、俺は慌てて言葉を返すが……
なんだろうな、この反応。
周囲の視線が全体的に温かい気がする。
フェレシーラとはメグスェイダの件で問題が起きないようにと、色々話し合っていたのだが、どうやら皆の興味はそちらに向かいつつも、そう気にしていない。
そんな空気感が、会議室に満ちていた。
ていうか、まだティオのヤツ戻ってきていないんだな。
こう言っちゃなんだが、アイツがいた場合が一番不味そうだったので、フェレシーラが対応してくれる予定だったんだけど。
やたら勘も鋭いし、魔人に関しても知識があるだろうティオこそ、下手な嘘が一番通用しないだろうし。
なにより場を引っ掻き回すのが生き甲斐みたいな生命体なので、最悪一戦交えるぐらいの覚悟でいたんだけどな。
「これで襲撃が終わりと決めつけるのは、些か早計でしょうが……」
などと考えていると、エキュムが手を叩き、居並ぶ者を見回してきた。
それを合図に、部屋の外により三人のメイドたちが姿を現してくる。
俺が晩餐会が始まる前に色々とお世話になった、ハンサの家のお姉様方……ランクーガー家に使えるメイドたちだ。
みれば三人とも、深紫の液体で満たされたグラスをトレイに乗せている。
凛々しい感じのお姉様がジャーウ。
クールな印象のお姉様がパーレ。
どっしりとしたお姉様がダストマール……だった気がする。
「お飲み物をお持ち致しました」
「よろしければ、ご歓談の間にでもミストピア自慢のワインを堪能してくださいませ」
「フラムっちのは生の葡萄絞ったやつだから、安心しな」
はい。
どうやら俺の記憶は正しかったみたいですね。
わざわざお気遣いいただき、痛み入ります……!
ホムラにもちゃんと小皿で飲み物を用意してくれているあたり、ほんと出来るメイドさんたちである。
よくみたらメグスェイダの分まであるぽいし、完璧か。
ともあれこの流れは、もうあれしかないだろう。
「それでは……まずは我らを窮地より救ってくれた若き英雄たちに、感謝を」
グラスを手にしたエキュムが、音頭の言葉を口にして――
「そして此度の勝利を祝して……乾杯を」
共に戦った仲間に倣い、俺もまた、芳しい香りで満たされた杯を傾けていた。