385. 遊撃隊、帰陣す
「師匠!」
迎賓館のエントランスホールまで辿り着いたところで、聞き覚えのある少女の声がやってきた。
その独特の呼びかけに、俺は思わず視線を巡らせる。
すると丁度ロビーの奥から、紫紺のローブを身に纏ったパトリースが姿を現してきたところだった。
その後ろには護衛と思しき兵士が数名、「お待ちください、パトリース様!」なんて叫びながら追従してきている。
当然ながら皆、武装しているのでパトリースにまったく追いつけていない。
というか何気にめっちゃ足速いな、この子!
フェレシーラが伝令係とのやり取りに勤しんでいたこともあり、手持無沙汰となっていた俺だったが……
「お疲れ、パトリース。皆は無事か?」
「それはこっちの台詞ですよ! 二人ともいきなりいなくなっていて、皆、心配してたんですから……! あ、無事です! 皆、無事!」
気付けばこちら目の前で、パトリースがぴょんぴょんと全身を跳ねさせてきていた。
手には黒い杖が握りしめられているところをみるに、どうやらセレンが考案した影人の奇襲を封じるための、結界の維持を担っていたのだろう。
「師匠たちがいなくなって、それからあの壁よりも大きな影人もいなくってから……他の影人あまり攻めてこなくなってですね。しばらく前から、それもピタッと止まってました」
「なるほど、それで兵士の人たちも落ち着いてるんだな」
彼女がいうには、迎賓館の状況も落ちついてきたので、丁度いまから俺たちを探す為の捜索隊を編成しよう、という話が出ていたらしい。
防壁を崩したのみで鉄巨人が立ち去っていたことから、俺たちが囮となっていたと気付いていた、というわけだ。
「それでさっき、遠くですっごい火柱があがったじゃないですか。あれを見て、きっと師匠とフェレシーラ様が、あの大きな影人を倒したんじゃないかって話が出ていたんです。私、それが気になって気になって……あれって、師匠がやったんですか!?」
「あー……うん。そこについては、皆と会ってからにしようか。他にも話しておきたいことがあるし」
テンション高めなパトリースに苦笑しつつも辺りを見回すが、迎賓館の主だった面々はこの場にはいないようだった。
ちなみにここに戻ってきた際には、またも術法支援型ホムラさんの力をお借りして、防壁を飛び越えてきている。
いい加減ホムラも疲れてるだろうし、ちゃんと休ませてやんないとなぁ……
「それで、領主様たちは二階かな?」
「はい! そういうことでしたら、案内させていただきます!」
「助かるよ」
気付けば周囲には多くの兵士たちが詰めかけており、人だかりが出来上がっていた。
パトリースが護衛の者に命じて道を開けさせるも、次々に姿を現してくるのがちょっと面白い。
影人の襲撃が落ち着いたのなら休んでおけばいいのにと思うが、中にはこちらを心配してくれた人もいるかもしれないので、取りあえず会釈しておこう。
「こっちはオーケーよ、フラム」
なんてことを考えていたら、ホムラを伴いフェレシーラが戻ってきた。
「パトリース、わざわざ出向いて来てくれてたのね」
「うん。皆、こっちのこと気にして捜索隊まで出そうとしてたみたいでさ」
「そう……あの時は木偶の坊が出てきて、私があんなだったものね。それで、なにも言えず仕舞いで離れていっちゃって……」
「そこは気にするなって。それよりも上に行こうか。ホムラもすぐに休ませてやるからな」
「ピ? ピピッ」
次第にざわめきを増してゆくロビーを抜けて、そのまま通路を進み、螺旋階段へと向かう。
周囲の床は多くの足跡と闘争の傷痕が残されているあたり、この辺りでも影人との攻防が繰り広げられていたのだろう。
物見遊山でやってきた兵士たち以外は、皆疲れ果てて壁に凭れかかっている者が殆どだった。
負傷者はそう多くなく見えるが、目に見える場所にいないだけということは、わかりきっている。
「そりゃあ限界だよな……」
「そうね。いまは襲撃も収まっているみたいだから、緊張の糸が切れちゃっているでしょうし……とはいえ、ずっとは無理だから。あとは祈るのみよ」
周囲には聞こえぬように顰めた呟きに、フェレシーラが反応を示してきた。
メグスェイダを同行者に加えた、その後。
俺はフェレシーラから今度やるべきことを提示されて、そこに同意する形になっていた。
無論そこには、あの鉄巨人とメグスェイダの一件についての説明も含まれている。
白蛇と化したメグスェイダには変に動かれると困るので、自制を頼んでいる状態だ。
さすがにここで可笑しな真似をされては話にならないので、そこは仮の宿主である俺が警戒にあたっている。
一応当人(当蛇?)にも釘は刺してあるが……
白蛇さん曰く「そんな力があれば、まずキミから始末するし」とのお言葉をちょうだい致しております。
なんで直接トドメをさしてきたフェレシーラより、俺へのヘイトが高いのか。
これがまったくもって謎である。
普通逆ではあるまいか。
まあフェレシーラを狙うって明言していたのなら、それはそれでこうして同行するにも至ってないんだが。
「多分だけどね。ここの中核メンバーからは、このまま迎賓館に籠っているか、ミストピアの街に向けて移動するか、話が進んでいる筈よ」
「たしかに、移動するならいまがチャンスではあるもんな。その場合、神術での回復も限りがあるし、大多数が疲労状態で夜道を進むことになりそうだけど」
「そのとおりね。それにまた影人たちが襲ってこないとも限らないから、採用の可能性は低いとおもうけど……」
「問題は、またあの『爆炎』付きみたいなのが投入されてこないか、だよな。仕込む術法によっては、対処が難しいものだってあるし。ローコストで脅威になりそうな『毒霧』とか、それこそ治療の手が回らないことになりかねないしさ」
「そうねえ。それだと今度は肺を凍らせないとだものね」
「あのな。さすがに対処法ぐらい変えるぞ? そうだな――っと」
少々話が脇道に逸れ始めたところで、目的の場所である領主エキュムの居室である、『白霧の館』の中心部に配された大部屋へと辿り着いていた。
「フェレシーラ・シェットフレン白羽根神殿従士。ただいま帰陣いたしました」
先に、パトリースが道を開いてくれていたからだろう。
大部屋の入口を守る護衛兵らは、やや緊張した面持ちながらも敬礼の構えを取ると、すぐにこちらを室内へと通してきた。
一階にいた兵士たちと違い、私語を口にする者はまったくいない。
そうした点からも、ここが未だ本陣として機能し続けていることが窺いしれた。
「なんか、緊張するな……出て行くときは特になんにも感じなかったんだけど……!」
「なにを今更、びびっちゃってるのよ。ここからが本番、勝負所だっていうのに」
「ピ! キュピピピピ……ピピッ!」
「ほーら、ホムラだって気合入れるじゃない。顔あげて、背筋正す。シャキッとしなさいな、シャキッと! 戦ってるときみたいに、ビッとする!」
「ちょ、だから背中はともかく、ケツを叩くなって! 兵士の人たちに笑われるだろっ!」
ちょっと懐かしいノリでフェレシーラがこちらをバンバンとし始めると、やってきたのはベストの中でぐねりと蠢く、蜷局の気配が一つ。
「……なんかキミらってさ。よくわかんない感じだよねぇ」
続いて洩らされてきたのは、メグスェイダのボソリと囁き。
いやいや……いきなり喋ったと思ったら、随分と他人事な言い草ですけどね?
こっちは半分、貴方のお陰でドタバタしてるようなものなのですが。
いやまあ、コイツを連れて行きたいって言い出したのは、俺なんだけどさ。
取り敢えずマジで周りの人たちがニヤニヤし始めているので、いい加減自重してくれませんかね、フェレシーラさんや!