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381. 変容する力と心

 皺くちゃになった卵の中から、薄桃色の蛇の舌がチロリと顔を出してきた。

 

「聞きたいことがある、だって?」

「ああ。俺はアンタと話がしたい。戦うかどうかを決めるのはその後でいい」

「……ふぅん」


 そこに思ったままのことを伝えにゆくと、卵の殻がぐにゃりと歪んだ。

 

「ま、キミらが逃げるのに便乗させてもらった借りはあるからね」

 

 ぐねぐねと蠢き、その都度広がる裂け目から、白い蛇がつるっとした頭を出してきた。

 もしもこちらの掌の上で蜷局とぐろを巻いたとすれば、すっぽりと収まってしまうであろうほどの、小さな蛇。

 見るからに生まれたての蛇だ。

 

 己の名がメグスェイダであると主張してきたそいつが、にゅるりと身をくねらせたかと思うと、卵の中からスルリと這い出てきた。

 それを見て、俺は手甲の霊銀盤に意識をもってゆく。

 

「言ってみなよ。聞くだけ聞いてやる」 


 いまのいままで閉じこもっていた殻の上に鎮座したメグスェイダが、促しの言葉を発する。

 威嚇するようにチロチロと揺れる舌をみるに、いつでも動けるぞ、といった様子だが……


 それでもこちらの姿を見て、メグスィエダが即座に飛び掛かってくることはなかった。

 

 明らかに先程までとは異なる色を視せてくる(・・・・・・・・・・)、魔性の白蛇。

 そんなメグスェイダに、俺はしっかりとした大きな頷きでもって答えた。

 

「助かるよ。それじゃ早速、一番の疑問からなんだけど……アンタ、あの状況から、どうやって生き延びたんだ? フェレシーラの『浄撃』で頭を吹き飛ばされたときは、周りに入れ替わりするための蛇はいなかったし、なにより入れ替わり自体、発動してなかっただろ?」

「……さあね。キミが知らないだけで、色々とあるかもしれないだろ。話すつもりはないけどさ」 

「なるほど。じゃあ次の質問だ」


 こちらの問いに、一瞬言い澱む様子を見せつつも返答を濁してきたメグスェイダに、構わず次の質問をぶつけてゆく。

 一つ一つの質問と回答に、そこまで拘るつもりはない。

 

 まずは会話を行い、こいつが話の出来る相手であるか、その意志が欠片でもあるかを確かめる。

 それが先決だった。

 その経過で、価値のある情報が聞き出せたのであれば、御の字というヤツだ。

 

 だがまあ、こちらがそのつもりだとしても――

 

「お前が復活したのは、アンタの力じゃないとしてさ」

「はぁ? なに勝手に決めつけてんのさ。わかんないでしょ、そんなこと。何度でも蘇って、キミをガブリといくかもしれないでしょ」

「いやまあ、そこは手段をボカされるなら、ぶっちゃけどっちでもいいんだけど」


 相手が噛みついてきたとあらば、ここは受けてやらねば失礼というものだ。


「フェレシーラとの戦いで入れ替わりの術を使ってきたときは、まったく消耗していた様子がなかったのに……今回はその成りだろ? すぐに元の姿に戻れるのなら、それでこっちに襲いかかってくるなり、致死量の毒で仕留めればいいわけだし」


 ピンと人差し指を立てて問いかけると、白蛇が頭の位置をぐっと下げてきた。

 どうやら話を聞く意志は本当にあるらしい。

 間を置かず、俺は先を続けた。


「一々卵にならないといけないなんて、どうみても何度もやれることじゃない。やれたところで、次はもう、体がもたないだろ。無限に復活できるなんてのは無理がある。そんな滅茶苦茶な真似が出来るんなら、そもそも誰かの使いっパシりなんてチンケなこと、やらされてないだろ?」

「……そりゃそうかもしんないね」


 こちらの主張、特に最後の部分には身に覚えがあったのだろう。

 メグスェイダが再びその鎌首をもたげると、牙すら生えていない口蓋を開いてきた。


「てーかキミ、さっきの戦いでもそうだったけどさ。チクチクチクチクと、一体なんなんだよ……!」

「俺か? 俺はフラム・アルバレット。まあ、旅人だな。ちょっといま忙しくて、ぜんっぜん旅できてないけどさ。ああ、それと――」

「ちょっと、フラム……!」


 若干毒気を抜かれた感のある白蛇の問いかけに答えてみせると、今度は後ろに控えていたフェレシーラが慌てて入ってきた。

 

「なに貴方、普通にこっちのこと話しているの! 相手は魔人なのよ……!」

「ん? そりゃ質問に答えてもらうんなら、こっちも答えてやるのが筋ってヤツだろ? それにあいさつ程度のモンだし。こういう時こそ、自己紹介は大切だぞ」

「あのねぇ……しつこいようだけど」

「メグスェイダ・フォルオーンだ」


 ピタリと、呆れきった声をあげていた神殿従士の少女が、突然の名乗りに動きを止める。

 

「え……?」

「だから私の名前だよ。ああ、そういえばキミも名乗っていたのに名乗り返していなかったね。非礼を詫びておくよ、フェレシーラ・シェットフレン」

「あ、はい。どうも……」


 予想外にも紳士的な対応を見せてきた白蛇さんに、毒気を抜かれた様子で頭をさげる白羽根さん。

 ちなみにその横ではホムラさんが、体毛を逆立ててのやんのかステップを繰り返しています。


 というか、魔人にもセカンドネームってあるんだな。

 本を読んだ限りではそういう記述がなかったから、そこはちょっとびっくりだ。

 まあそもそも、中央大陸語を話してくるのも驚きなんだけど。


「それで? 他にもなんか質問があるんじゃないの?」

「あ、うん……それなんだけどさ。先にちょっと、言いたいことが出来た」

「なに」


 つっけんどんな物言いながら、メグスェイダの態度からはこちらの話に耳を貸そうという意思が見て取れた。

 魔人との会話が成立する。

 こちらが知りたい情報を、得られるかもしれない。

 

 平静を装っていた心が、一気に浮足立つのだが自分でもわかった。

 ふぅー……と浅く長く息を吐き出してから、俺は口を開いた。

 

「アンタ、あの鉄巨人の……馬鹿でかい影人に『爆炎』の術法式が仕込まれていたのを、知らされてなかったんだろ?」

「……まあね。で? それがなにか? さっきも何か言ってたけど。捨て駒にされたワタシを笑いものにでもするつもり?」

「そんなことするんなら、話がしたいだなんて言う筈ないだろ。むしろ俺がやりたいのは、その逆だよ」

「逆? なんだそりゃ。勿体ぶらずに言いなよ」


 メグスェイダの対応は、慎重だった。

 慎重に、慎重に……こちらの言葉を、ある提案が切り出されるのを、待ち構えているようだった。

 

「メグスェイダ・フォルオーン」

 

 なので俺は、そこに迷わず言い放ちにかかる。

 

「アンタを使い捨てるつもりだったヤツに……俺たちで、一泡吹かせてやりたくないか?」


 場の空気が、しんと冷え切るのがわかった。

 メグスェイダは動かない。

 ホムラも、そしてフェレシーラまでもが、動かない。

 

 気にせず、俺は提案を続けた。

 

「いまのアンタは、どうみても弱りきってる。牙も生えてないし、体もそんな感じだし、何ならそこらの子供にだって叩き殺されるかもしれない。俺たちと戦えば確実に負ける。そうなれば、今度こそ終わりだ」

「……そんなの、やってみなけりゃ」

「ああ、そうだな。やってみなけりゃわからない。なら、仕返しだってそうだろ?」

「ハッ!」

 

 小さな口を精一杯開き、白蛇が誘惑の言葉を嗤い飛ばしにきた。

 

「ワタシがいつ、アイツらに仕返ししたいだなんて言った! オマエらの力を借りたいだなんて言った! 聞いた風な口を利くんじゃないよ! 今からだって、オマエらの首を取って戻れるんだよ、ワタシはさぁ!」 

「フェレシーラ」


 叫ぶメグスェイダからは視線を外さずに、俺は後ろに控える彼女へと呼び掛ける。

 

「え……なによ、フラム」

「もう必要ないと思って、さっきから切っている(・・・・・)んだろうけどさ。もう一度アトマ視、してみてくれ。話はまたそこからだ」

「おいっ! なに人を無視して、ごちゃごちゃと話してるんだよ!」

「……わかった」


 激高する白蛇へと、フェレシーラが視線を注ぐ。

 俺の言葉と行動に、意味があると信じてくれた故に生まれたそれが、剥き出しの地面を這いずり始めたメグスェイダを捉える。

 

「……え?」

 

 短い呆けの声と共に、神殿従士の少女が動きを止めた。

 その様子に何を感じ取ったのか、白蛇がうねりを止まる。

 

「ちょっと、ちょっと待って、フラム……これって……これって、どういうことなの」

 

 フェレシーラの足が前へと踏み出される。

 踏み出されるも、地に立てて戦鎚ウォーハンマーを置き去りにしたまま―― 

 

「なんで貴方が……魔人の筈の貴方が、アトマをもってるのよ……メグスェイダ・フォルオーン……!」

 

 地にて赤々とした魂源の力を放つ白蛇を前にして、彼女は驚愕の声をあげていた。

 


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