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380. 『譲歩』

 弾力性を秘めた卵の皮に、走った裂け目。

 その僅かな隙間から、薄桃色の何かがチロリと出てきて、すぐに引っ込んだ。

 

 まるで微かに開いた扉の内より、部屋の外を探るような動き。

 反射的な動作ではなく、能動的な行動。

 明らかな知性と警戒心を孕むそれをみて、俺は強烈な違和感を覚えていた。

 

 赤子ではない。

 産まれたばかりの生き物がみせる反応ではない。

 直感的にそう感じた。

 

「フラム!」


 フェレシーラが戦鎚ウォーハンマーを手に進み出てくる。

 叩き潰すなら今だという、その明確な意思表情。

 それを俺は、彼女の視線を遮るように手を翳すことで押し留めた。

 

「待ってくれ、フェレシーラ。俺も『探知』で視ている」

「なら、なんで……!」

「グルゥゥ」


 咎めの意図を含んだ少女の声に合わせるようにして、ホムラが腕の中で再び警戒の唸り声をあげてくる。

 それもその筈、といったところだろう。

 

 なにせその卵は俺の『探知』に反応することなく、直下にあった地面のアトマを、そのまま俺に視せてきていたからだ。

 そんな事象を引き起こしてくる代物の正体はといえば、一つしか心当たりがない。

 つい先ほど、フェレシーラが俺に教えてくれたモノに他ならないのだろう。

 

「魔人の……卵か」

「わかってるなら!」


 こちらの呟きに、何を悠長なと言わんばかりに神殿従士の少女が叫んでくる。

 が、それ以上の動きはない。

 それは取りも直さず、彼女もまた、俺と同様に迷っているという証明に他ならない。

 

 魔人の殲滅を至上の教義と掲げる聖伐教団。

 そこに所属する『白羽根の神殿従士』フェレシーラが、だ。

 

「フェレシーラも、こういうのは見るのは初めてだよな?」

「……まあね。だからといって、見逃すつもりは更々ないけど」

「そりゃそうだろうな。放っておけばとんでもない化け物に育ってた、なんてのは俺も御免被りたいところだし」

「それがわかってるなら、被害が出る前に……!」

「まあ、待てって。お前だって踏みとどまっているところを見ると、コイツの正体が何なのか気になってるんだろ? ならちょっとだけ、ここは俺に任せてくれ。そんでもって、不味いと思ったらすぐに動いてくれたら助かる」

 

 その申し出に、青い瞳がじっとこちらをみつめてきた。

 当たり前だがその表情は不満げだ。

 

 アトマを視ることが叶わぬ卵と思しき物体と、その中身。

 その正体が魔人に関わるモノであることは、既に確定事項といえるだろう。

 

「魔人に関することなら、私に任せてくれるんじゃなかったの?」

「勿論、フェレシーラの役目や方針は尊重する。でも、すべて任せきりってのも違うと思う。そしてなにより、俺は魔人のことをもっと知りたい」

「それは……貴方かジングが、影人と魔人に狙われているから?」

「ああ。その通りだ」 


 臆さず、俺は言った。

 

「なんであいつらが、ここまでして襲ってくるのか。その理由をしりたい。知った上で、なんとかしたい。もしかしたら、俺の過去や……マルゼスさんにも、何か関係していのかもしれないし。だからこれ(・・)が魔人に関係するものなら、調べておきたい」


 フェレシーラは何も言わなかった。

 だが、その表情は複雑に変化している。

 動揺、呆れ、怒り、落胆……そして哀しみ。

 

 様々な負の感情が綯い交ぜになっては、移り変わり、また繰り返す。

 そんな彼女と、一体どれだけ向かい合っていただろう。

 

「……顔色一つ変えないとはね。強くなったというべきか、意固地になっているというべきか」

「フェレシーラ」

「わかってる。意固地になっているのは私の方。貴方には貴方の事情がある。頭ではわかってるつもりなんだけど。いざ、魔人を前にすると……こればっかりは、どうにもね」


 ふぅ、と大きく溜息をつき、彼女は俺の腕からホムラを引き取っていった。

 

「ありがとう。わがまま言って、わるい」

「そう思うなら、しっかりやりなさい。フォローがあるから大丈夫なんて、都合のいい時だけ甘えるのはなしよ。それにこっちはこっちで判断して、問題があると判断したら潰すから。その時は邪魔をしないで」

「了解だ」


 自身の欲求を口に上らせきったこちらから、フェレシーラが背を向けて距離を取る。

 そして戦鎚ウォーハンマーの頭頂部をゴトリと音立てて地に落とすと、天に向けられた柄の先端を両掌で押さえるようにして、彼女は不動の姿勢へと移った。 


 自ら手は出さない。

 だがしかし、不審な動きがあれば見逃しはしない。

 それがフェレシーラの、魔人に関わるものへの最大限の譲歩であることが見て取れた。

 

 その対応に感謝しつつ、俺は目の前の卵状の物体に意識を集中させる。

 まず、確定させておきたい情報があった。

 すぅと肺に息を取り込み、口にするべき言葉を想い描く。

 

 たしか、その名前は――

 

「メグシエダ」

「メグスェイダだよ!」

「あ」 

「……あ、ヤバっ」


 互い声をぶつけ合ったところで、卵状の物体がグネグネと動いてきた。

 やっちまった……!


 って、いやいや!

 そうじゃないそうじゃないっ! 

 コイツ、やっぱりあの時の魔人の……! 


 白い裂け目の奥からやってきた聞き覚えのある――といっても、かなり幼い気もする――声に、フェレシーラが早速反応を示してきた。

 

「やっぱりね。私の『浄撃』から、どうやって逃げ延びたかはしらないけど。今度こそ、きっちり無に還してあげる」

「チッ……やっぱりあのガキもいるのかい!」

「ピーッ!」

「まてまてまて……! ちょっと一旦、待てってフェレシーラ! ホムラも! 皆、落ち着けって!」


 一気に闘争の空気を放ち始めた三者の間に、俺は慌てて割って入る。

 割って入っては、みたものの――


「退きなさい、フラム。そいつの毒にやられたのを忘れたの? どれだけ小さくなっても、ここで消し去っておくべきよ」

「そりゃ、そうかもしれないけどさ……!」


 結局は剣呑な気配を纏うフェレシーラに抗弁しきれずに、言葉を詰まらせてしまう始末だ。


「フラム」


 チラリとこちらをめ付けてきた神殿従士の少女を前にして、俺は遅まきながら己の失策を悟っていた。

 迂闊だった。

 卵の中身がメグシ……じゃない、メグスェイダであることを確認するのを、焦り過ぎた。 

 

 たしかに会話が可能で、かつ脅威にならないほど弱体化した魔人を捕縛しておけば、安全性を確保しつつ有益な情報を引き出せる可能性はあった。

 だがしかし、それに気を取られ過ぎた。

 ついつい普通の人間相手のノリで、名前確認から入ってしまった結果がこれだ。

 

 そりゃあフェレシーラにしてみれば、あれだけやりあった魔人の名前を耳にすれば、穏やかでいられる筈もない。

 そしてそれは、メグスェイダにしても同様だろう。

 このままでは再びの激突は必死。

 

 流石にこの流れでは――

 

「と、言いたいところだけど」

 

 どうしようもない、と諦めかけたところで……フェレシーラがツンとした表情でパタパタと浮かぶホムラの横へと戻っていった。

 

「フラム。貴方、自分でなんとかするんでしょう? なら、やりたいことをやり切ってみせなさいな」

「……フェレシーラ!」

「喜んでる暇があれば、とっとと動く。下手を打って毒でやられたら、貸し一つってことで『解毒』してあげる。そしてその上で、改めてそいつを叩き潰す」


 再び状況を見守る構えを取り、彼女は言葉を続けてきた。


「もしそうなったら、今後は魔人への対応は全て私に一任する。それと一発ぶん殴らせてもらうから。そこは譲れないってことだけは、覚えておいて」

「わかった!」


 まさかの譲歩と条件を打ち出してきた少女に、俺は二つ返事で首を縦に振る。

 出血大サービスとは正にこの事だろう。

 なんか余計というか、恐ろしいオマケがついていた気もするが……


 ともあれ、ここは気合を入れていくしかない。

 

「メグスェイダ」 

「フン……なんだよ、人間」


 ぴりっ、と音を立てて卵の裂け目を大きくしてきたそいつに向き直り、俺ははっきりと告げた。

 

「お前に聞きたいことがある。お前を捨て駒にしようとしたヤツや、影人に関して……諸々、山ほどな」



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