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379. 視知らぬ物体

 ホムラが放つ『照明』が、一条の灯りとなり夜の畦道照らす。

 

「思ってたよりは、迎賓館から離れてなかったんだな」


 妙技ホムライトこと、集約されたアトマの輝きの先に浮かび上がったのは、見覚えのある防壁。

 それが無事であったことにこっそりと胸を撫でおろしつつも、俺は目を細めて『白霧の館』全体の様子を窺っていた。

 

「んー。どちらかというと、ホムラに運んでもらった時点でこっちに向かってたんじゃない? あの木偶の坊の『爆炎』から離れるときには、とにかく距離を稼ぐのが先で……はっきりいって、方角を確認する余裕もなかったし」


 それを見て、隣を歩いていたフェレシーラが指摘を飛ばしてきた。

 

「あー……たしかにあの時は『防壁』を仕込んでから慌てて退避していたから、そこには気を回せてなかったな。とはいえ、俺らが逃げてた相手はもういないわけだし。戻りの距離が削れたってことで、結果オーライ……なのか?」

「そうね。お陰で随分楽ができそうよ。お手柄ね、ホムラ」

「だな。移動速度といい、ルート選択といい、ナイスだホムラ。明日は奮発して、美味いモン食わせてやるぞ」

「ピ!? キュプピピピピ……ピピィー♪」

「食わせてやるぞ、って。それ、どう考えてもお金出すの私なんですけど」

「まあまあ、堅いこというなって」


 鉄巨人の内部に仕込まれていた、規格外の『爆炎』の術法式。

 その被害をなんとか逸らすことに成功した俺たちは、やや足早となりつつも、迎賓館へと戻っている真っ最中だった。

 

 一応、『探知』も使って周囲を索敵しながらの帰還となっているが……

 

「しかし、問題は魔人だよな。最近『探知』に頼って相手の動きをみることが多かったから、どうしてもそれで視えてないと、敵がいないように思い込みがちだし」

「それはそうだけど。そういう時は、逆に『探知できない』部分に目を光らせておくのも手よ」

「え、探知できない部分って……どういうことなんだ?」

「そうねぇ……なんと言うべきか。ほら、魔人がいる場所ってアトマが存在しないからか、こう、硝子で透かしたみたいに奥にあるもののアトマが視えるでしょ?」

「……おぉ、なるほど」


 話の途中、手をひょうひょいと動かして『視える』と『視えない』という仕草を表してきたフェレシーラに、俺はポンと手と手を打ち鳴らしていた。

 たしかに言われてみれば、だった。

 

 アトマを持たない魔人を、探知で直に視ることはできなくとも、周囲の地物――この場合は、壁や木々といったものが放つ微弱なアトマを『背景色』とでもして認識しておけば……

 

 その前面にアトマを持たぬ魔人が出現した際には、『背景色』がそのまま視えているので、結果的にそこにいるのは魔人である、と判別が可能というわけだ。

 

「そっか。そういう風に思っておけば、アトマをもたない相手イコール魔人、ってすぐにわかるし……やっぱ『探知』で探っておくこと自体は無駄にはならなそうだな」

「そういうことね。中には人間そっくりに擬態してくる奴もいるし。怪しいとおもったらアトマ視で探っておくのは有効よ」

 

 さすがは対魔人戦闘のエキスパート。

 そこはかとなくドヤってる感じがして可愛いけど、そこは言ったら怒るかもなのでやめておくとしよう。

 

「ピ」

「ん? なんだよホムラ。あ、もしかしてお前も可愛いって――あ、こら! いきなりベストを突っつくなよ、おい!」

「ピ! ピピピピ……ピー!」

「あら、突然どうしちゃったの? ホムラがそんな風に貴方に激しくいくなんて、珍しいじゃない」

「おまっ、わかってんなら止めてくれよな――ちょ、マジでどうしたんだよ、ホムラ……!」

「ピー! ピピー! グルゥゥゥゥ……!」


 一体、何がいきなり、どうしたことなのか。

 ホムラが急に俺の左脇側へとやってきて、合皮のベストを黄色い嘴でツンツンと啄みながら、威嚇し始めたのだ。

 

 フェレシーラの言うとおりに珍しい……

 いや、こんなホムラの行動は今までみたことがない。

 

「うーん。もしかして反抗期って奴なのかしら。女の子って年頃になると、お父さんにキツく当たっちゃう子もいるっていうし」

「だれがお父さんだよっ! てーかその理屈なら、お前はおか――あってぇっ!?」

「ピーッ!」

 

 ついついいつものノリで言い返しかけたところに、割りとガチめのツンツンアタックがやってきた。

 無論、俺が派手に悲鳴をあげたのは、半ば反射的なものであり、実のところそこまでの痛みもない。

 というか、そもそもの狙いがこちらではなく、ベスト側のようだ。

 

「あれま……だいぶ興奮しちゃってるわね。フラム、そのベスト脱いでみたらいいんじゃない? さっきからずーっと同じところ、つっついてるみたいだし」

「やっぱお前もそう思うか。なんだってんだ、ったく……」

 

 フェレシーラからも指摘を受けたこともあり、急いでベストを脱ぎにかかる。

 そうしている間、ホムラは「グルゥ……!」と唸り声を発して毛を逆立てつつも、その場から動かずにいた。

 

 うーん……これは一応、落ち着いたんだろうか。

 取り敢えずは、このままベストをどこかに置いて様子を見てみるべきか。

 そう思い、ベストをそーっと地面に置こうとすると、ベストの内側から何かが転がり出てきた。

 

「へ……?」

「ん? なに、この白いの」

「ピィ! ピピィ!」

 

 三者三様、各人各様、皆が見守る中。

 ポケットの中よりポロリと落下したそれが地にぶつかり、ボインボインとゴム毬の様に跳ね転がっていった。

 

「鶏の卵――にしては、ちょっとデカいな……」

「それもだけど、形も随分と縦長ね。それになんだか、表面もボコボコしてるし……なにこれ?」

「いやそれはこっちが聞きたいぐらいなんだけど。って、ホムラ! よくわからないモノを突こうとしちゃ、めっ! だぞ!」

「ピ!? ピィー……」

 

 果敢にも謎の球体に突進しかけたホムラを、慌てて抱き上げる俺。

 そうしながらも視線は謎の白い物体へと向ける。

 それは鶏の卵よりも一回りほど大きい、表面に凹凸がある楕円形の物体だった。

 

 真っ白い卵状の何か。

 なんだかよくわからない代物だ。

 よくよく見るとそれは所々不規則に歪んでおり、殻というより皮のようにも見える。

 

 そういえば、地面に落ちた時も割れるでもなく、それどころがボヨンボヨンと転がっていってたもんな。

 そういう点でも、俺の知る『卵』というモノからかけ離れている。

 

 正直なところ、見れば見る程に正体不明としか言えなくなるわけだが……

 当然ながら、そんなものをベストの内ポケットに入れていた記憶など、俺にはない。

 

 しかしなんにせよ、これがホムラが警戒していたモノの正体であるとすれば、だ。

 取りあえずは早急に処分しておくか、それとも触らぬ神に祟りなしとばかりに、このままここに放置してゆくかの――

 

「あ」


 二択しかないだろうと、そう思った瞬間のこと。 

 その白い物体に、「ぴりっ」と大きな裂け目が入った。 


 何かが産まれる。

 否。

 産まれてしまう。

 

 ここに至るまでの一連の出来事と、突如として現れた謎の卵に不吉な予感を抱きながらも……

 

 初めて目にする生誕の瞬間を前にして、俺はその場から一歩も動けずにいた。



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