378. やさしいワガママ
ほんの一瞬だけ、原野を照らした縦一閃の煌めき。
「お。やっぱ上手くいったか。そこまで強めの結界でなくても、先に補強していない部分から破裂するみたいだな」
「……なるほど」
その火柱が消えゆくのを見届けながら、フェレシーラが得心の頷きを打ってきた。
「敢えて側面部分のみに結界を追加して……その結果、六面の内、上下にのみが爆発のエネルギーに耐えきれなくなり、先に吹き飛ぶ。それで出来た通り道に、『爆炎』が噴き出すように仕込んでいたのね」
「ピンポーン。正解だ」
「ピンポーン、じゃないでしょ。まったく……」
見事な推測に対して術具式の呼び鈴の真似をしてみせると、今度こそ彼女は呆れ顔となり言葉を続けてきた。
「結局、とんでもないことしてるんじゃない。退避の直前に遅延発動型の『防壁』を……いえ、今回のは熱量探知式のトリガー型ね。それを木偶の坊の内部、『爆炎』を生み出すための空間に仕掛けておいて、連鎖爆発に合わせて起動するように仕込んでおいた。違う?」
「おぉ……凄いな。ばっちりその通りだ。大正解だ」
「ここで褒められても、素直に喜べないんですけど。すごいはこっちのセリフだし」
意図的に衝撃と炎の漏出面を作りだす。
それにより、全方位への被害が出ることを防ぐ。
炸裂する破壊の力を抑え込むのではなく、その行き先を用意する。
いわば一つのダメージコントロール。
目標とした術法式自体に手が出せないと悟ったことで踏み切った、事後対策。
それが俺が今回選んだ『爆炎』対策の正体だった。
「いやー、マジで保険みたいなモンだったからな。結果的に上手くいって、鉄巨人が埋もれていた縦穴に綺麗に火柱が立っていたぽいしさ」
「それもなるほどね。たしかにあれだけの火勢だと、物理的な逃げ道も必要か。ほんと貴方、どこまで計算してるのよ」
「うん。それもあったんで、無理に上方向だけを逃げ道にせずにおいた。必要な『防壁』面積を減らして、その分だけ耐久性をあげられたからな」
一度開放に至った火の奔流も、それが皿の如き大地にぶつかれば、結局は地を舐め這う炎蛇の舌と化していただろう。
そうならなかったのは、偏に『軟化』の魔術と巨人の重量が合わさり出来上がったいた、縦穴のお陰だ。
それと、ついでに言うのであれば……
「あの水蒸気もラッキーだったな。縦穴をぶち抜いた『爆炎』が、地下の水脈とかに達したんだろうけど。結果的に火勢を抑えるのに一役買っていてくれたぽいし」
「そういうのはラッキーとは言わないんじゃないかしら。手を尽くした結果だもの」
「そっか。ならあれは、フェレシーラのお陰でもあるな。なにせあの縦穴が出来たのは、お前がめちゃくちゃ気合入れて、あのデカブツの足をぶん殴り続けてくれていたことが切っ掛けだし」
「ちょっと……言い方!」
こちらが掌の広げて『爆炎』モドキに御仕舞してくると、フェレシーラがちょっと不満げに頬を膨らませてきた。
ちなみにホムラさんはといえば、小さな火柱がどこにいったのかが気になるらしく、俺の手の下で「ピ? ピピ?」と小首を傾げながらウロチョロとしている。
意外と火を怖れないんだよな、コイツって。
当然危ないから、ちゃんと教えてやらないとダメだけど。
それはそうとして……
「さて。あっちも終わったみたいだな」
「ん……そうみたいね」
見れば遠くに立ち昇っていた巨大な火柱もまた、終焉の刻を迎えていた。
あれだけ派手に燃え盛り、辺り一面の闇を呑み込み朱に染めていたのが嘘の様だ。
「迎賓館の皆も、さぞかし驚いたことでしょうね」
「あー、そうだな。これだけ長いこと燃え続けていたら、ちょっとした騒ぎにはなってそうだな」
「多分だけど。きっと今頃、貴方があの木偶の坊を倒したんだ、って話になってるんじゃない? 影人との戦いで、皆にも炎術士のイメージがついてただろうし」
「いやいや……そりゃ流石にないだろ。あんな物騒な代物、マルゼスさんでもやれるかどうか、怪しいレベルだぞ。あの人の本気がどの程度かって聞かれると、ちょっとわかんないけどさ」
「別にそこまで深く考えて言ったりはしないものよ。特に市井に出回るような噂はね」
「そんなモンかな」
「そんなもんです」
「ピ!」
再び闇夜に包まれた彼方の空を見上げつつ、俺たちはそこで一旦、言葉を途切れさせた。
そうしながらも、考える。
影人を操っていたのが魔人だとすれば、目下の脅威は消え失せたことになる。
勿論、残敵や別の相手が現れる可能性はあるが……
一応ここで、人心地といったところだろう。
というか、いい加減勘弁してくれと言いたい気分だ。
今回の件の黒幕をなんとかするにしても、幾らなんでも連戦がすぎる。
流石にこちらが標的になっているとわかりきっているのに、のうのうと迎賓館に戻る気にはなれないが、それでもどこかでしっかりと休息を取っておきたいところだ。
「明日の影人討伐は、なしにしましょうか」
不意に、フェレシーラがそんなことを口にしてきた。
それに俺は、どうしてとは聞かずに続く言葉を待つ。
「さすがにこれだけの数を倒せば、討伐対象の影人だって残っているかもわからないし。なにより、有象無象の影人だけを相手にしているわけにもいかなくなったもの。依頼取り消しの違約金は発生してしまうけど、そこを気にしている場合でもないし」
「影人の裏にいる、魔人をなんとかしないと……って話か」
「ええ。魔人どもが出てきた以上、聖伐教団は本格的に動くから。その為には諸々の報告も必要ね」
明日からの予定は、大幅に変更せざるを得ない。
半ば決定事項かに思えたその提案に、少女が「それとだけど」と前置きをして、更に言葉を重ねてきた。
「ミストピアの皆を巻き込むからとか、そういう遠慮はなしよ。仮にとはいえ、貴方だってもう公民権を獲得したレゼノーヴァの公国民なのだから。その貴方が魔人に狙われているとなれば、公国からの保護を受ける権利はあるもの」
「それは……理屈では、そうなんだろうけどさ」
「けどさ、じゃありませんから」
フェレシーラの気遣いに思わず抗弁しかけると、やってきたのは腰に手をあてての追撃。
「貴方まさか、私とホムラをずっと野宿に突き合わせるつもり? 食料や生活必需品の買い出しは? お風呂はどうするの? フレンの世話と馬車の整備は? いっておくけど、荒野のど真ん中でもないかぎり、野ざらし雨ざらしなんて旅は御免ですからね」
「ぐ……!」
立て続けに、しかし淡々と浴びせられてきたド正論を前にして、俺はぐうの音も出ない。
どうやらこの戦い、こちらに勝ち目はないらしい。
一応、ホムラの力を借りればそれなりの速度で移動することにより、魔人の追跡を逃れることも可能かには思えたが……
それもフェレシーラの指摘を考慮すれば、一時凌ぎもいいところだろう。
どこかで身を落ち着けるなり、旅に出るなりの選択を採るにしても、着の身着のまま宛てもなく、というわけにはいくまい。
それにあの飛行方法にしても、不安定な上に無防備もいいところだ。
ホムラが纏った風のアトマのお陰で、羽虫程度は近寄って来れないにしても、あまりに目立つし、思ってもみない敵を引き寄せてしまうかもしれない。
ハーピーにルフ、ワイバーンに飛行型の竜種、忘れてはならないグリフォン、等々……
伝承級のヤツであれば、ガルーダやフェニックスなんて代物までと。
空を縄張りとする魔物の類は、案外と多いのだ。
そんな連中に攻撃を受けたら、あの移動法ではひとたまりもない。
ん? 待てよ……
決めつけるのはまだ早いかもしれないな。
「そうだよな。防御面が不味いなら、ホムラごと覆える専用の籠とか、飛行補助用の術具があれば……」
「ちょっと、フラム。貴方また余計なことごちゃごちゃと考えてるでしょ? ホムラはまだ小さいんだから、無理をさせては駄目よ」
「や。それはそうなんだけどさ。やっぱ空路が選択肢に入るのはデカいし、無理がないラインで考えれば――や、サーセン! 取り敢えず、今はその話はなしにしておきます……!」
「わかればよろしい」
ナチュラルに戦鎚に手を伸ばす気配を見せてくるのは、マジでやめて。
貴方それ最近、ツッコミ用の道具か何かだと思ってませんか?
「それじゃ話は纏まったところで、迎賓館に戻りましょうか。きっと皆、待ってくれてるから」
「ん……ありがとな、フェレシーラ」
「べっつにー。私はわざわざ大変な思いをしたくないですしー。ねー、ホムラ」
「ピ!」
くるりと踵を返しての返答には、思わず溜息が出てしまう。
どうやら彼女に、『魔人につけ狙われている俺』と別行動を取る、という選択肢はないらしい。
それ故に、再びの旅路にもあれこれと注文を付けてきているのだ。
ならばもう、この少女に対して俺には感謝こそすれ、無用の遠慮は控えるべきだろう。
知らずの内に安堵の溜息を溢すと、俺は夜道を行く二人の後を追い始めていた。