374. それが士にあらず、ただ、器なれば
「……なるほど。そうきたか」
鈍色の鉄塊に左手を添えながら、俺は呟く。
蛇頭の魔人との戦いによるダメージを回復してくれたフェレシーラにも、軽く休憩をとってもらってからのこと。
俺は鉄巨人を構成する術法式を『分析』の術効で暴きにかかっており、あわよくば『解呪』を成功させようという、腹積もりだったのだが……
「どお? なにわかりそう?」
「うーん、それがさ……」
「ピュイ?」
10mほど後方で待機してくれていたフェレシーラとホムラの方へと振り返り、俺は『分析』よりざっと掴んだ情報をまとめにかかっていた。
「どうやらセレンさんの指摘にあった通りみたいだな、コレ。こっちの影人潰しに、しっかりと対策を取ってきているっぽい」
「と、いうと?」
「ああ。まず内部に強力な対抗術式が……『対解呪式』が組み込まれているせいで、『分析』通りそのものが悪い。そんでもって、そこから割り出せるコイツを構成してる術法式自体も同じ仕組みで、ガードが堅い。さらには、この図体のいたるところに術法式の要部が分散させてるみたいでさ……全部を調べるのは時間も相当かかりそうだし、そもそもの『解呪』の難易度が高すぎる」
「つまり?」
「三段構えで対策してきている。俺の腕じゃ、コイツを『解呪』するのは現実的じゃない、ってとこだな」
「ふむ……」
こちらの説明を受けて、思案する様子を見せてくるフェレシーラ。
謎の沈黙を保ち続けていた鉄巨人が、再び動きだした際に備えていた彼女だが……
おそらくこの結果を、ある程度予期してはいたのだろう。
「ねえフラム。その木偶の坊、『軟化』の魔術でもっと地下に埋められたりする?」
「それも一応、考えてはみたけど……正直、無理目ってヤツかな。理由は魔術の出力と射程。これだけのデカブツを更に沈めるだけの術効をキープして、地中深くに『軟化』を届かせるとなると厳しいよ。全体を視認出来てないから、範囲そのものも相当広げないと効果が無さそうだし」
「オッケ。なら、ここで倒しておきましょう」
うん。
既に予測はついてはいましたが。
やっぱ、フェレシーラさん的には、そうなりますよね……!
まあ、このままこんな化け物を放置しておくってのも、後々の危険性を考えたらありえないだろうしな。
理由は自体はわからないが、幸いにも鉄巨人の動きは止まっている。
なのでここは、叩き込める最大火力で以てこの鉄巨人を破壊、もしくは自力でここから脱出不可能な程度にダメージを与えておくのが良いだろう。
「しかしそうなると、ダメージを受けてまた暴れ出すのが怖いな。出来れるだけ手数を抑えて損耗させたいところだけど……」
「そうねえ。私もこんな手応えの無い奴、延々殴りたくもないし。どこか弱点でもあるのなら、それがわかれば気が楽なんだけど」
「なる。弱点か」
「ええ。術法式自体の崩しようが視えなくても、物質化した相手なのはかわらないから。物理的、表層的に弱いポイントぐらいあって然り、ってところでしょ? 事実、足首へのラッシュを嫌がるような反応もしてきてたし」
なるほど。
言われてみれば本当にその通りだ。
どうも『解呪』でなんとかしよう、って考えばかりが先行していたせいだろうか。
基本的というか、常識的な部分が視点が欠落いたらしい。
我ながら呆れるほどの頭でっかちさである。
ともあれ、そうとなれば別にやりようはあるかもしれない。
気を取り直して、俺は再び左手の霊銀盤へと意識を集中させた。
「ん? また『分析』? 『解呪』は厳しいって話じゃなかったの?」
「ああ。だから今度は、こいつの術法式の中身を解析する為じゃなくて、『探知』で見透かせない鎧の内部のアトマの流れだけでも、なんとか視れないかとおもってさ」
「へー。そんな細かい使い分けが出来るんだ」
「実際、やれるかどうかはわかんないけどな。どうせ下半身は地面に埋まってるし、上半身に限定して集中すれば――」
ピクリと、わずかな手応えが指先へとやってきた。
しかしその反応も一瞬のこと。
それが一体なんだったのか、鉄巨人のどの部位から返ってきた反応なのかも、わからない。
……落ち着け。
なにぶん初めて試みる真似だ。
焦る必要はない。
ただ、こちらの『分析』に対して……アトマを介した俺の行動に対して、あの鈍重な鉄巨人が、何らかの反応を即座に示してきたということは、紛れもない事実だ。
俺の魔術とフェレシーラの猛撃を受け続けて、ようやく足の一本を護りにきた化け物が……
僅かな『分析』の干渉を受けただけで、リアクションをとってきたのだ。
こちらの様子から、フェレシーラとホムラもそれに気付いたのか、固唾を呑んで見守ってくれている。
気息を正して、俺は三度『分析』へと取り掛かる。
イメージするのは、軽く握った拳。
及び、それでもって巨大な鋼鉄の扉をノックする動き。
不動の鉄塊のその奥にある何かを、探る動き。
一度ごとの術効は、そう高める必要はない。
必要なのは試行回数と、反応の差異を拾い上げる集中力。
探るポイント一箇所につき、3回を1セットにして開始する。
パターン化を終えた『分析』作業を進める中……俺はセレンからホムラに託された手紙の内容、彼女の走り書きを思い返していた。
その多くが単語の羅列であり、それだけ時間的な余裕もなく、思いつく限りのことを記してくれたのであろうその中に、こんな言葉があった。
着眼点がまるで違う。
兵士ではない。
逃げられるとわかっているはずだ。
しかし出してきたからには狙いがある。
気を付けろ。
主語抜けもいいところなそのメッセージは、それまでの影人と比べて、如何にこの鉄の巨人の在り様が奇異であるかを伝えにきていた。
フェレシーラと一緒にこれを読んだ際は、二人揃って首を傾げたものだが――
「……!」
ピクリと、また反応があった。
手応え自体は先ほどのそれとそう変わらわない、しかし、位置だけはしっかりとわかるその手応え。
そこに向けて、『分析』の矛先を集中させてゆく。
術効を高め、探る深度を増してゆく。
場所は鎧の巨人の、
「フラム。悪いけど、そう時間をかけすぎるわけもにいかないから。弱点が探れないようなら、ここはセオリー通りに頭狙いか、もしくは」
「――待ってくれ、フェレシーラ!」
こちらの発した制止の声に、一度は戦鎚を構えかけたフェレシーラの動きが止まる。
鉄巨人からの反応は、鎧の最も厚い部分、胸部中央、やや左よりの位置から返されてきていた。
ヒトでいうところの、心臓が収まっている部位。
おそらくは、フェレシーラが集中攻撃を提案しかけていた場所。
その奥に、たしかな『熱』が存在していた。
ドクン、ドクンと脈打つそれは、しかしヒトが刻むものとは明らかに違う拍動を伝えていている。
確かな『熱』を持つそれは、鉄の巨人の『核』だった。
膨大なアトマを貯蔵した規格外の影人のエネルギー源にして、心臓部。
それが次第に、刻一刻と勢いを増してきている。
微かな反応を道筋に探し当てた、火の脈動。
それは、見覚えのある術法式だった。
セレンの言葉が、再び脳裏を過ぎる。
兵士ではない。
着眼点がまるで違う。
その指摘が的中しているのだとしたら――
「フェレシーラ。ホムラ。予定を変更するぞ。コイツと戦うのは止めだ」
俺が発した言葉に対して、神殿従士の少女が怪訝な面持ちを見せてきた。
その反応は当然だろう。
目の前に打破できるであろう標的がいるというのに、それをみすみす見逃せだなどと……戦士に向ける言葉としては、相当にふざけたものとして受け取られても仕方はない。
だがしかし、この場でそれに及んでしまえば、取り返しのつかない事態に陥る可能性があった。
そして今はその理由について、詳細な説明を行う時間すらも惜しかった。
「まずはここから全速力で離れるぞ。詳しいことはその後に話す」
「それって」
要求というよりは指示に等しい俺の言葉に、フェレシーラがこちらに問いかけつつも移動の準備へととりかかる。
ホムラがばさりと羽根を打ち、翼を大きく広げてきたのを確認しつつ――
「こいつは多分、炎の魔術を起動しにかかっている。それも超特大の、辺り一帯を消し飛ばすほどの術効を秘めた……規格外の『爆炎』をだ」
その事実を告げて、俺は行動を開始した。