372. ターゲット・ブレイク
「ガ……ッ!?」
灼熱のアトマを背に受けたメグスェイダが、苦悶の声を発して身を仰け反らせる。
「なん、で――」
自身の短衣に空いた拳大の大穴をみて、蛇頭の魔人が言葉を発する。
動ける筈がない。
ましてやアトマを操る攻撃など、絶対に繰り出せる筈がない。
こちらに対してそう決めつけていたであろうメグスェイダの頭部へと、ぐらりと揺れたその蛇頭へと、俺は追撃の『熱線』を叩き込む。
メグスェイダがその身を大きく震わせて、地に倒れ伏す。
その頭頂部は最早完全な消し炭と化しており、ぴくりとも動く気配はない。
一連の結果を見届けて、俺はようやくそこで「ふう……」と溜息をついた。
そこに頭上より、羽ばたきの音がやってくる。
「ピ! ピピィ♪」
「ホムラ……よかった。無事だったんだな」
「フラム!」
荒れ地に片膝をついたままでホムラに声を返すと、フェレシーラが走り寄ってきた。
その様子から察するに、右腕の怪我は大したこともないようだ。
内心胸を撫でおろしていると、少女が無言でこちらの左脇腹に掌を翳してきた。
だが、その動きがピタリと止まる。
おそらくは、メグスェイダの放った蛇の毒に対する、『解毒』の神術を行使するつもりだったのだろうが……
「なんて真似を……あの蛇の毒を受けていた筈なのに、なんでとは思ったけど」
「一応、噛まれる覚悟はしてたからな。他にも噛まれていたら完全にアウトだったけど……ホムラが助けてくれたから、命拾いしたよ」
「ピ? キュピピピ……ピピーッ♪」
「それはそうだけど。それにしてもまさか……こんな荒っぽい方法で毒を防ぐだなんて」
二人の間を嬉しげに駆け回るホムラにくすりと笑みを溢しつつ、フェレシーラが呆れたような視線の左脇腹へと向けてきた。
そこにあるのは、毒蛇に噛まれた部位を抑え込む俺の左手と……真っ白い霜に包まれた、合皮のベストだった。
「あの一瞬で『凍結』の術法を自分の身体にかけて、毒が全身に回るのを阻止していたのね」
「ああ。咄嗟のことすぎて、他に思いつかなかったからな。見様見真似の『解毒』が成功する保証なんてなかったし……っていうか、噛まれた瞬間にめちゃくちゃ熱く感じたからさ。反射的に逆を行こう、って感じで体が動いてたよ。お陰で不意打ちのタイミングを計ってる間中、寒くてかなわなかったんだけど」
「もう、そんなに喋らないの。いま『解毒』と『治癒』をかけるから。『体力付与』は、手が空いてからね」
「助かる」
メグスェイダの不意打ちを受けて以降、こちらが採っていた行動を見抜いてきたフェレシーラに、俺は短く礼を口にして彼女の処置に身を任せていた。
毒を受けた傷口を、不定術法の『凍結』でもって周りの部位ごと凍らせる。
正直それで、上手く毒を止められるかは賭けではあった。
しかし毒蛇を放ってきた当のメグスェイダは、こちらの元に駆けつけようとしてくれていたフェレシーラとホムラとの間に入って相手取っていたこともあり……
結果として、自身の背後にいた俺の動向にまでは気を回せていなくなっていたのだ。
お陰でこちらは『凍結』での応急処置を済ませたあとは、しっかりと目を開いて状況確認を行いつつ、メグスェイダに痛撃を浴びせるタイミングを計ることが出来ていた。
「まあ、それにしても二人が頑張ってくれていたからこそ、だけどな。それにお前……後の方では、俺の動きに気が付いてただろ? ばっちり視線があったし、『光弾』も撃ちまくって注意を引いてくれてたし」
「そうね。貴方がやたらとカッコい――んんっ! そ、そうじゃなくって……みょ、妙に鋭い目であいつを睨んでいたから。それでアトマを探ってみたらお腹の部分は氷で覆われてたし、これは何か考えがあるんだなとおもったけど……」
神術による治療を終えたフェレシーラが、俺の指摘に答えを返してきた。
……何故そんなに、しどろもどろになっているのかはわからないが。
「なんにせよ、上手くやり返せてよかった。自分は不意打ちを仕掛けてきておいて、やり返されるとかアホもいいところだけどな」
「それもたしかにその通りだし、魔人の肩を持つつもりは更々ないのだけれど。あんなにあっさり手の内を見抜かれちゃっていたのは、ちょっと気の毒な感じもしちゃうわね。そうでなければ、また結果は違っていたでしょうから」
「それは確かに、だな」
言いつつ俺はその場を立ち上がり、先程までメグスェイダだったものを一応の保険として焼却する。
そしてそのままとある物を確認するために、闇の中を歩き始めていた。
「うん。やっぱりな。思っていた通りだ」
「ピ?」
同行してくれたいたホムラが放つ『照明』の光に照らされたそれをみて、ついつい、そんな呟きを洩らしてしまう。
フェレシーラが渾身の『浄撃』で以て吹き飛ばしていた、地に転がる『真っ白な人型の抜け殻』。
それを発見したことで、俺は自身の推測が的中していたことを確認し終えていた。
「なーるほどね。これがあいつの身代わりになっていた、ってことだったと。道理で手応えがあったのに、へっちゃらな顔してまた出てきたわけだ。納得よ」
ひょいとこちらの背後から顔を出してきたフェレシーラが、そんなことを口にしてくる。
その手には既に戦鎚が握られており、準備万端、といったご様子だ。
「ああ。魔人は一体一体、それぞれ色んな能力を持っているって、本で読んでいたけど。中には変わった移動能力とか、受けたダメージを何かに肩代わりさせる能力とかも書かれていたから……もしかしたら、似たような能力なのかなって思ってさ」
「そうなのよねぇ。どいつもこいつも一癖あるのも嫌なのよね、魔人どもって。私も久しぶりすぎて、正直油断していたかな。フラムがいてくれたから良かったけど……ちょっと気を引き締めていかないとね」
フェレシーラはそう言ってはいるが……
当たり前の話ではあるのだが、ぶっちゃけ相手の能力がわからないというのは、かなり厳しいものがある。
それが人間であるならば、そうそう常識外れなことはしてこないかもだが、相手が魔人であればそうもいかない。
今回はその力を、ざっとみて三種類は確認出来ていた。
自身の頭部に生やした蛇を、自在に操る力。
手に触れずとも物体に作用する、不可視のエネルギーを操る能力。
そして、『自身が放った蛇』と『自身の身体』を瞬時にして入れ換える技。
それこそが、蛇頭の魔人メグスェイダの武器、未知の異能だったのだ。
しかも最後の変わり身の術とでも呼ぶべき能力はご丁寧にも、元々自分がいた場所にはダミーとして脱け殻を残していくという、厄介な代物だ。
お陰でこちらはまんまとそれに騙されて、メグスェイダの奇襲を許してしまっていた。
細かな条件・制限等は不明ではあるが、直前までヤツが操っていた『蛇槍の落ちていた位置』にメグスェイダが現れたことから、能力自体はそれで間違いないと断言出来る。
実際にフェレシーラに不意打ちへの警戒を呼び掛けたときに、図星を突かれたせいかアイツも慌てていたし。
ところで、慌てていたといえばだが……
「それにしてもお前、いくらなんでも慌てすぎだったろ。そりゃあ、俺がやられたのはわるかったけどさ。攻めるにしてもあれじゃ逆効果だぞ。普段通りに戦っていればあそこまで追い詰められなかったと思うし」
「う……それは、その。私があのとき奇襲に気が付いていれば、貴方が噛まれることなかったから……」
「うん。心配してくれたんだもんな。そこは嬉しいよ。現にこうして全部治して貰えたし。そういや遅れたけど。ありがとう、フェレシーラ」
「……ごめんなさい」
メグスェイダの奇襲を受けたフェレシーラを、思わず俺が突き飛ばした直後のこと。
今まで見せたこともなかったほどの、己の慌てよう思いだしたのだろう。
彼女は下を向くことなく、こちらに謝罪を行ってきた。
いやまあ、謝らせたかったわけではないんだけど。
こっちとしても、フェレシーラが先に毒でやられたら建て直すのは難しいだろう、という判断もあったし、結果オーライな面ある。
なによりおれ自身がそれが嫌で、あんな乱暴な回避手段を採っていたわけだからな。
ここは互いを思っての行動だった、ってことであまりつつき過ぎず、このぐらいにしておこう。
「ま、何にせよってヤツだ。影人に絡んでる相手を倒せるってのは喜ぶべきことだな」
「……ええ、そうね」
わざと意味ありげにそういってみせると、フェレシーラがスゥと目を細めてその場で踵を返した。
その後を追ってみると、やや窪地になった地面――おそらくは、先程の戦いで無数に放たれていた『光弾』に抉られたのであろう場所に、辿り着いていた。
そこには数匹の絡み合う蛇の下半身と、見覚えのある魔人の上半身が横たわっていた。
「メグスェイダ、とかいったわね」
「……クソッタレの、忌々しい神の奴隷が!」
落ち着き払ったフェレシーラの問いかけに、胸の中心に拳大の焼け焦げた穴を残す蛇頭が、呪詛の言葉を吐き返してきた。
「その様子だと、どうやら入れ替わり前に受けたダメージまでは肩代わりさせられないようね。ああ、そういえば貴方の手下どもはここ以外潰して終わってるから。もう逃げ場はないので、悪しからず」
「あー、そういやお前、俺が光波を撃つ直前に『光弾』ばら撒いてたもんな。あれでこいつが手にしていた槍以外の、逃げ先になる蛇を先に片付けていたのか」
「ん。そゆこと。念には念って感じだったけど……こうしてしっかり追い込めてたし、無駄じゃなかったようね。それと、この子もしっかり協力してくれていたわよ。ねー、ホムラ」
「ピピッ!」
「くそっ、くそっ、くそっ……! ガキどもが、揃い揃って舐め腐りやがって! なんなんだよ、オマエラはッ!」
再出現中の魔人を三人で取り囲んでいると、頭の蛇を威嚇させつつ、メグスェイダが口汚くこちらを罵り始めた。
予想通り、手下の蛇との入れ替わりをした直後は無防備のようで、まともに動けてもいない。
まあ上手く使えば、蛇の数だけ窮地を凌げるわけで、そんな代物が制約もなくポンポンと繰り返せる筈もない、といったところか。
そんなことを考えていると、フェレシーラが一歩進み出てきた。
「私ね。貴方たち魔人が大嫌いだけど」
今はこうして無力化されているが、このまま放置すれば遠からず復活し、害を成してくるのは目に見えている。
そしてそれを阻むのであれば、やはりこの場にいる面子では、彼女が適任だと思えた。
「だけど、潰すときは出来る限り一撃で、って誓ってるの。だから安心して……お逝きなさいな」
その宣言の元に集い始めた『浄化』の輝きが今度こそ、喚き続ける蛇頭を消し飛ばした。