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370. 蠢動する闇

 正に一打殴殺、ジャストミート。


 己の左足を相手の右足の外側へと踏み込ませたフェレシーラの一撃が、狙い澄まされた渾身その一振りが……


 無骨な戦鎚ウォーハンマーの平頭にて、蛇頭の纏う短衣チュニックのど真ん中、魔人の鳩尾を的確に捉えていた。

 

「そぅ――れぇッ!」


 衝突インパクトの瞬間、その細い総身で生み出した力を、戦鎚ウォーハンマーの柄を握りしめた右腕に乗せ切っていたところに、今度は左手に送り伝えて、炸裂する光と共に振り抜く。


 寸分の狂いもない、物理とアトマの二重奏。

 手首の返しまで完璧である。


 本来上がるべき打撃音は、ドゴンッ! という爆発音に取って完全に代わられていた。

 

 遅れてやってきたのは、遠くで何かが勢いよく、びしゃりと潰れる爆ぜる音。

 見れば地に一直線に抉り描かれていたのは、肩幅ほどの大きな溝。

 その遥か先にて濛々とあがる土煙が、こちらの視界を覆い隠していた。

 

「――ふぅ」


 長い長い溜めからの、ようやく、といった感のある溜息が、神殿従士の少女の口から漏れ出でる。

 亜麻色の髪を片手でサッとかき上げて、彼女はこちらに青い瞳を向けてきた。

 

「思っていたよりも手こずっちゃった。ありがとうね、フラム。『鈍足化』のタイミング、ギリギリまで我慢してくれていたでしょ?」

「ええ、まあ、はい」

「ピ! ピピ! ピピピピピッ!?」


 にこやかな微笑みをこちらに見せてきたフェレシーラに対して、返す言葉に困る俺。

 その頭上では、ホムラが『照明』の術効にて照らすべき対象を見失い、キョロキョロと辺りを見回していた。

 

 いやホント。

 マジでガチで心底ね。

 

 コイツ、ありえない程に強いよなぁ……!

 

 というか今の一撃の突進速度。

 普段の俺より、スピード出ていなかったか?

 パワー、破壊力はともかくとして、速度勝負ならこっちに分があると思っていたのに、一体全体、どういうことなのか。

 

 そんな疑問の声が、顔に出てしまっていたのだろう。

 

「一度『防壁』であいつのキモイ槍を防いだあと、瞬間的に『敏捷強化』を発動させたのよ。持続時間を一瞬に絞れば、無詠唱でも使えるから。勿論、効果は落ちるし消耗もそれなりだけど。今みたいに一直線に突っ込んでいくときは、中々悪くない使い方でしょ?」 


 事の顛末を見届けて呆然としていたところに、そんなぶっとんだ解説が舞い込んできた。

 

 いやエグイて。

 成し得た結果、叩き込まれたエネルギーの凄まじさは、言ってはなんだがフェレシーラさんなので、まあフツーのこと、大自然の摂理だとしても。

 

 随所に差し込まれた神術の運用法、技巧テクニック発想アイデアが実戦的すぎて、ぶっちゃけリアクションに困るレベルだぞコレ。

 というか、あの蛇頭のドリルランスを弾いた『防壁』。

 アレもなんなんだよ。

 さらっとやってのけていたか、アレだけ見てもヤバすぎるだろう。

 

 通常、光の壁として術者の正面に展開する『防壁』を、まさかの握り拳ほどのサイズで発生させたことのみならず。

 蛇槍の破壊力を封じるに留まらず、真っ向から粉砕するほどの出力を発揮するだとか、常識外れにも程ってものがある。

 

 ミストピアで神殿でティオとやり合った時に、アイツも瞬間的な『防壁』でこちらのカウンターを弾いてきたが……

 シチュエーション的には似たような動きではあるものの、そもそも俺の短剣の一振りと、あの蛇槍の一撃とでは、誰がどう見ても威力が違い過ぎる。

 

 並みの神術士が生み出した『防壁』であれば、まず間違いなくあっさりと貫通されて、アイツの言っていたとおりに体に大穴を開けられてしまっているだろう。

 それをフェレシーラは、敵の投擲攻撃、その矛先の一点に合わせて局所的なシールドを生成することで完全に相殺してみせたのだ。

 

 術法の行使に及んでいる最中はそちらに専念せねばならなくなるのが、術士というものだ。

 何故だか俺は、その縛りを受けずに行動出来てはいるが……

  如何なフェレシーラとて、その法則から逸脱することは出来ていない。

 

 しかし彼女はそれを物ともせず、不動の構えで精神を集中させることにより、最小限の動作で以て、物理とアトマ両面の動きを切り替えての迅速なコンビネーションを可能としていたのだ。

 それ以外に説明のつけようがない、達人の域にある攻防だった。


 限界まで相手の攻撃を引きつけて、その性質を見切り、導きだした打開策・最適解をカウンターとして叩きつける。

 それが今回は、極限まで凝縮した『防壁』だった、というわけだ。


 しかしまあそれも、一歩間違えば大惨事を引き起こしていたであろうことは、想像に難くない。

 僅かなミスが死に直結しかねない状況下で、涼しい顔をしてそれをやってのける精神力あってこその賜物だろう。

 

 これまで俺が目にしてきた彼女の力は、秘めた実力のほんの一端。

 いわゆる氷山の一角、という代物に過ぎなかったのではなかろうかとさえ感じてしまう。

 それ程までに、フェレシーラの一撃は冴え渡っていた。


 氷山みたことないけど。


「? 一体どうしちゃったのよ、フラム。人の顔、そんなにまじまじと見つめてきちゃって」

「あー……いや。純粋に凄いな、って思ってたところだよ。俺、魔人なんて見るのは初めてだったけど。それでもあの蛇頭が相当危険な相手だってことは、見ていてわかったしさ。それをこんなにあっさり捻じ伏せるなんて……やっぱり、フェレシーラは凄いんだなって」

「そ、そう? まあ、私も久しぶりに魔人と出くわして、思い切りいってたのはあるけど……貴方だって、タイミングばっちりで援護してくれていたし、そこまで褒められるほどでもないかなーって……」

「いやいや。お前の戦い方見ていたら、自分がどれだけ長所に頼って無駄な動きをしていたのかが良くわかるよ。めちゃくちゃ参考になる」

「それならいいけど……ありがと」

「それを言うなら、こっちこそだって」

 

 珍しく戸惑った風に、しかし最後にぽつりと礼の言葉を述べてきたフェレシーラに、俺はついつい苦笑で返してしまう。

 

 なんと言うべきか……

 敢えて一言で表すのであれば、先ほどの彼女は、平時のフェレシーラとは集中力が違い過ぎた。


 勿論、ミストピア神殿での俺との特訓期間中、彼女がわざと手を抜いていただとか、手加減をしまくっていたというわけでもないのは、十分理解している。

 

 元来、生真面目で誠実なこの少女のことだ。

 そんな対応では訓練にならないし、こちらの成長を思ってくれればこそ、全力で相手をしてくれていたことは、骨身に沁みてわかっている。

 

 しかしそうだとしても、今のフェレシーラの戦いぶり、強さは次元が違っていた。

 それは何故か等と、考えるまでもない。

 

「魔人ってのは、それだけ恐ろしくて……赦せない相手なんだな」

「――」


 思わず口からぽろりとこぼれてしまったその呟きに、青い瞳が見開かれてきた。

 形の良い唇が、微かに戦慄いたように見えた。

 

「そうね。魔人は恐ろしく、そして忌むべき存在よ。例え言葉が通じるからといって、同じ生き物だとは思わないよう。彼らの言葉に踊らされた者の末路は、碌なものではないのだから……」


 ほんの一瞬の逡巡の後、彼女はそんな言葉を口にしてきた。

 きっとおそらく、その目で魔人に大きく運命を狂わされてきた人々を見てきたからこその、言葉なのだろう。


 大して俺と歳も変わらないというのに……


「わかった。他ならぬ、魔人と戦ってきたお前の言葉だからな。甘い期待はしないよう、肝に銘じておくよ」

「ピ!」


 そんなことを話していると、ホムラが頭上より舞い降りてきた。

 相変わらずの『照明』役を頑張ってくれていたわけだが、一旦は状況が落ち着いたので降りてきたようだ。


「さーてと。手応えはバッチリあったけど……一応、トドメを刺せていたかの確認はしておきましょ。油断だけはせずにね」

「了解だ。しかし今の感じだと、例え生きていても虫の息、ってヤツだろうけどな。防御ぐらいはするかと思って警戒してたけど、もろに喰らって吹き飛んでたし」

「そうね。口ほどにもない相手ではあったけど。魔人ってプライドが高い奴も多いから……今回もその手の輩だったって、ところかもね」


 言いながら、俺たちはホムラの放つ光を頼りに蛇頭の吹き飛ばされていった方向へと歩き始めていた。

 その途中、フェレシーラが投げ捨てていた小盾ラウンド・シールドを発見したが、彼女はそれに見向きもせず歩を進めている。


 ちらりと視線を飛ばしてみると、魔人の蛇槍を受けた盾はその中心を大きく抉られており、そこを中心に歪みが発生していることが見て取れた。

 あの凄まじい攻防を思い返せば、さもありなん、といった様子だった。


「しかし驚いたな。魔人ってめったに姿を見せないって話だったけど、あんなにゴーゴンっぽいのに、やってくることは蛇投げなんだもんなぁ。まあ見た感じヤバげな毒持ちだったっぽいし、十分おっかなかったけどさ」

「蛇投げって。もうちょい他に言い様ってものがあるんじゃない?」

「他に言い様って言ってもなぁ」

 

 言いつつ、俺はふと周囲を見回してしまう。

 特に意味も持たない、反射的な動きだ。


 張り詰めていた緊張の糸が、プツリといつまてしまった感が自分でもある。

 とはいえ、これで――


「……フラム?」


 三人一緒に歩む中、不意に俺は足を止めてしまっていた。

 そこにフェレシーラが、怪訝な面持ちでこちらを見つめてきて、


「――フェレシーラ!」


 その向こう側、暗がりの中で蠢く蛇巢じゃそうを認めると同時に、俺は神殿従士の少女を思い切り突き飛ばしていた。



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