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368. 『魔人』


「話していた内容を信じるのであれば、一匹限りのはぐれ魔人、ってわけでもなさそうね」


 戦鎚ウォーハンマーを軽く肩に乗せて、フェレシーラが戦意を漲らせる。

 その様子を見て、俺は短く彼女に声をかけた。

 

「ここから少し距離をとるぞ、フェレシーラ。いまはだいぶ地盤が緩んでるし、またあのデカブツが動き始めたら厄介だ」

「……たしかに、フラムのいう通りね。私としたことが、ちょっと頭に血が上っていたみたい」

「ピイィ!」


 今にも蛇頭の人型に向かっていきそうな勢いのフェレシーラだったが、状況を完全に忘れきっていたわけではなかったらしい。

 まあ、それも当然の反応といえるのだろう。

 

 彼女が所属しているのは、聖伐教団。

 命と魂を司り、美徳と繁栄を尊ぶアーマの教えを世に説いてまわりながらも、その教義の奥にはいついかなる時も、とある使命が息づいている。


 魔人誅滅。

 

 人類種の天敵、不浄の異物。

 地上のあらゆるものがその身に宿す筈の魂源力アトマを持たぬ、不定の化け物。

 嘗てこの地に戦禍をもたらした、奈落の住人。

 

 魔人。

 その殲滅を第一の教義とするのが、聖伐教団なのだ。

 

 そんな教団の唯一のエースである彼女が……『白羽根神殿従士』フェレシーラ・シェットフレンが魔人と断じた相手を、見逃す筈がない。

 幾ら出会い頭にホムラに対してふざけたことをのたまってきたとはいえ、問答無用で『光弾』を叩き込みにいった辺り、そこは確実だろう。

 

 見る人がみれば中々にエキセントリックな反応に思えるかもしれないし、幾ら頭から蛇を生やした不審人物(?)が相手とはいえ、かく言う俺もちょっぴり好戦的すぎる気がしないでもない。

 

 でもまあ、それだけ魔人という代物は脅威であり、相容れないものなのだろう。

 ていうかこの人、『隠者の森』で始めて俺と出会ったときも、影人容疑で戦鎚ウォーハンマーブン回してきましたしね。

 それを思えば、明らかに人外、正しく異形の化け物を前にしていきり立つのは、当たり前だろう。

 

「おやぁ。威勢の良いこと言ってたわりにはかかってこないんだ? ま、いいけどね! ワタシもコレ(・・)は巻き込みたくないし、そういうことなら合わせてあげるよ!」

「……って言っても、やっぱいまいちピンと来ない相手だな」

「んん? そっちのキミ、いまなにか言った? あ、もしかしてキミ、魔人ワタシたちを見るの初めて? まさかビビッちゃってる?」

「まあな」

「ふぅん。あれ? なーんかキミ、どこかで……ま、いっか。どうせすぐ殺しちゃうんだし」


 ついつい本音を洩らしてしまったところに絡まれてしまい、俺はそれだけ答えてホムラと共にフェレシーラの後を追った。

 今の回答だと、こちらが向こうにビビッている、と取られるかもしれないが、まあそれはどうでもいい。

 

 肝心なのは、この奇妙なまでの想像と実像の、滑稽なまでズレようだ。

 言ってはなんだが、俺とていっぱし魔術士という奴を目指して日夜『隠者の塔』で本の虫と化し、山ほど積み上がった蔵書を読み漁っていた身だ。

 よって言わずもがな、魔人に関する知識も人並み以上には頭に叩き込んである。

 

 その上で……

 いや、それだからこそ、というべきか。

 

 どうにもこの蛇頭の軽薄さ、奔放な振る舞いが俺の頭の中に沁みついてしまっていた『魔人』という種のイメージから、かけ離れてしまっていた。

 まあそれを言ったら、魔人容疑がかけられていたジングのヤツも大概なのだが。

 

 そんな事を思いつつも、俺は己が手首に嵌めた翔玉石の腕輪へと視線を落とす。

 昼間にあった代理戦、聖伐教団本部・大教殿より派遣された査察団を降した後に話したきり。

 ジングは、パタリとこちらに話しかけてこなくなっていた、

 

「どうしたのよ。いきなり腕輪見つめて、黙り込んじゃって」


 いつの間にか前をゆくフェレシーラに追いついてしまっていたらしく、気付けば隣にいた彼女がこちらに問いかけてきた。


「ん? ああ……ちょっと、皆には嘘ついちゃってたからな」

「嘘っていっても、そこは仕方ないでしょ」


 若干の後ろめたさに後押しされての言葉には、すぐに返事がやってきた。

 その言葉、内容から察するに、どうやら彼女も同じことを考えていたらしい。

 

「影人の狙い……ま、今となっては魔人どもの狙いになるけど。そこにジングが絡んでいそう、と考えるのは当然のことよ。それを全員には話せないことも含めてね」

「ああ」 

「だからね、この際丁度良かったのよ。結果的にこうなって」


 ほとんど反射的に頷くも、フェレシーラはそれに構わず、といった様子で言葉を続けてきた。

 

「碌に情報もない、過去に騒動もない影人だなんてわけのわからない魔物相手では、教団だって出来ること、動けることは知れているもの。でもね……」

 

 こちらの後を悠然とついてきていた蛇頭を、これまでに見たこともない、青く醒めた瞳でもって一睨み。

 

「裏で糸を引いていたのが魔人とわかれば、話は別」

 

 だだっ広い、これから一戦交えようというにはお誂え向きの荒れ地に立ち、彼女は標的へと向き直った。

 

「おや。ようやくだね。どうにも殺風景な場所みたいだけど。こんな所が死に場所でいいの?」

「その言葉、そっくりお返しさせてもらいましょうか。もっとも、三下魔人如き塵蟲ごみむし風情には、十分過ぎるほど立派だけど」 

「ふふ。いいねぇ。その反応といい、見てくれといい……キミ、アーマ教の信徒だろ。それも聖伐教団とかいう、狂信者どもの手先だよね」

 

 対面に立つ蛇頭が口にしてきたことは、内容こそ挑発染みているが、口調自体からはそんな雰囲気は感じられない。

 あくまで、普通に感じたことを喋っているといった様子だ。

 

 それに対してフェレシーラ、る気満々、

 鋭い視線はそのままに口撃を飛ばしてはいるが、こちらもあくまで、仕掛けにいくタイミングを見計らっているに過ぎない。

 そんな様子がありありと見て取れる

 

 いつ殺し合いが始まってもおかしくはない。

 両者が口を閉ざしたことで、辺りが再び静寂に包まれる。

 このままいけば、激突は必至。

 

「フェレシーラ」

「なに」

 

 既に臨戦態勢を通り越して、どう攻めていくか、どう叩き伏せるか、という事しか頭になかっただろう。

 こちらに視線も寄越さず反応してきたフェレシーラに、俺は一応の確認を取ることにした。

 

「生け捕りにして情報を」

「却下」 

「……オーケーだ。忘れておくよ」


 やはり振り向きもせずに提案を遮ってきた少女に、俺は喉元まで出かけていた言葉を呑み込み、短剣の柄に手をかけた。

 

「ごめんね――」 

 

 そこに一言だけ、謝罪の言葉が返されてくる。

 そうしながらも、彼女は一歩、二歩と蛇頭へと向けて間合いを詰めている。

 

「気にするなって。それよりも、俺は魔人ってヤツとやり合うのは初めてだからな。セオリー通りに様子見でサポートに回らせてもらうぞ」

「ピィ……」


 その言葉と鳴き声に対しては、亜麻色の髪が微かに縦に揺り返されてきたのがわかった。

 

「レゼノーヴァ公国、聖伐教団。神殿都市アレイザ、聖伐の大教殿所属――」

 

 戦鎚ウォーハンマーを握りしめ、小盾ラウンド・シールドを構えた少女が、燐光に包まれる。

 人が持つ魂の輝き。

 魂源力アトマの光が、肉眼で容易に視認出来るほどに燃え上がる。

 

「白羽根神殿従士、フェレシーラ・シェットフレンの一撃が元に……」

 

 人類種に仇なす魔人の殲滅を至上の使命と目する、化け物退治の専門家。

 即ち、己がまことの獲物を見つけた狩人が――

 

「魔人、滅ぶべし!」 


 敵意と歓喜で瞳を燃え上がらせて吶喊する様を、俺は頭上で瞬く焔と共に見守っていた。



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