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365. 魔幻従士の走り書き

 鉄の巨人が沈んでゆく。


 オオオオォォ――

 

 がくり、と後ろ倒しになりかけては、ずぶり、ぐらり、とその巨体を傾がせながら、平野に沈んでゆく。

 俺が新たに生み出した『照明』の輝きの元、その異様な光景が明らかとなる。

 

「すごい……」


 腕の中に抱き竦めていたフェレシーラが、呆然とした面持ちで呟く。

 鉄巨人の右足のみ、その膝上までを呑み込んだ局所的な沼地をみて、彼女はこちらにしがみついてきた。

 

 当然それは、俺がしかけた『軟化』の魔術に依るものだ。

 無機物の中でもアトマへの抵抗力が低いとされる、土塊を対象にして、多量の水のアトマを送り込むことで、泥土へと変貌させる術効が成したものだ。


 明らなデカブツ。

 行き過ぎた巨体。

 ありすぎた重量。


 セレンが記してくれた手紙には、そこに関しても言及が成されていた。

 そしてフェレシーラが導いてくれたこの場所にしても、ただの平地ではない。

 貪竜湖。

 レゼノーヴァ公国最大の淡水湖がほど近くにあり、それ故、その地質は湖が含む膨大な水のアトマの影響を受けている。

 

 そこに『軟化』の魔術が合わさったことにより、深さにして推定5mほどの、沼地が出来上がっていたわけなのだが……

 

「ぶっちゃけ……かなーり、ゆるゆるだったな。想像してた以上だぞ、コレ」

「そりゃあ、場所が場所だったでしょうから。表層部分はしっかりして見えていても、その下は水浸しって感じだったんでしょ」

 

 ぼそり、と俺が感想を口にすると、何故だかフェレシーラがこちらから離れていった。

 いやまあ、取りあえず窮地を脱したわけだしな。

 無駄にくっついている必要もないから、別にいいんですけどね?

 

 なんだかんだあの馬鹿でかい足に踏み荒らされていた所為で、ここもかなり凸凹になっているし、とっとと離れるべきではありますけどね?

 

「ありがと。今回は助けられちゃったわね」

 

 なんてことを考えていたら、彼女がそういって微笑んできた。

 それを受けて、俺はなんとなく頬を指で掻いてしまう。

 

「とりま、少し離れて様子をみるぞ。そろそろ『軟化』の持続もきれるし、バランス崩しているとはいえ、コイツが腕ぶん回してきたら十分危ないからな」

「ん。了解よ。人をひっくり返してくれたお返しは、そのあとにでもたっぷりとね」

「いやまあ、気持ちはわかるけどな? こっちに手だししてこれなくなったら、まずは『解呪』を試すのが先だからな?」

「はーい。わかってますよーだ。やられっ放しっていうのも癪だし、言ってみただけですよーだ」

 

 つい先ほどまでの切迫した空気はどこへやら。

 俺とフェレシーラは鉄の巨人がどんどんと、左足のみを折り曲げ大地に残したまま、沈み続けるのを静観していた。

 

「お前が窪みにすってんころりんといったときは、ガチのマジで焦ったけど……ま、結果オーライってヤツだったな。多分このペースをみるに、コイツが両脚揃えて立ってたところに、片足分だけ『軟化』で沈めようとしても、ふつーに移動されて終わりだっただろうし」

「とはいえ両脚分を沈めようとしたところで……そのぶん術効が弱まって、脱出可能な程度にしか沈められなかったでしょうしね」

「だな。だからお前も、左足だけを集中的に『浄撃』で狙いまくってくれてたんだろ? 片足がきかなければ、どっちの式の組み方でも十分効果は出ていただろうしな。まあ、コイツもそうなる前に嫌がって足上げてきたから、こんなオチになったけど」

「でっしょー? やっぱり私が囮になりつつ削ってたのが効いていたのよねぇ……と、言いたいところですけど」

 

 いつの間にやらちゃっかりと戦鎚ウォーハンマーを回収していた神殿従士の少女が、そこで言葉を区切ってきた。

 

「本当にありがとう、フラム。またみっともないところ見せちゃったけど、貴方にフォローを任せて正解だったみたいね」

「んー……まあ、お前も中々攻撃が通ってない感じで、ムキになってはいたからな。いまにして思えば、ギリギリまで近づいておくべきだったよ。お陰でこっちもヒヤヒヤだったし」

「そうねえ。でもあんまり近くても巻き添えを警戒して、肝心の要の『軟化』の準備に集中出来なかったでしょうから。それこそ結果オーライってものよ。勿論、互いに反省して改善はしていくとしてね」

「だな。俺もこんなデカブツとやるのは初めてで、塩梅がわからなかったけど。そこらも織り込んでやるようにするよ」

 

 若干のんびりモードとなりつつも、沈みゆく標的への集中は切らさず、何があっても対応出来るように構え自体は取りながらの、反省会。

 その途中、頭上より聞き覚えのある羽根音がやってきた。

 

 言うまでもない、ホムラが俺たちの元へと舞い降りてきた音だ。

 

「ピ!」

「よ。お疲れ、ホムラ。さっきは助かったぞ。また『照明』の術効が戻ってきてるな?」

「ピィ! ピピィ♪」 

「あ……そうそう! さっきのあれ! あの、ピカってなってたの!」


 いつもの如くホムラが走竜の肩当ての上へと着地を果たしてきたところで、フェレシーラが声をあげてきた。

 

 ちょっとフェレシーラさん。

 耳元で話してるっていうのに、声が大きいですよ。

 珍しくピンチとなり、そこから脱したことで、若干ハイになっているご様子ですね。

 

「ねえねえ、フラム。あれって一体、なんだったの? ちょっと余裕がなくって確認出来なかったのだけど。一瞬、辺りがピカーッ! って、物凄い光で照らされていたわよね?」 

「ああ、アレか。俺もお前と一緒にぺしゃんこにされる寸前で、アイツの足裏に隠れる形になってたから……まあ予想なんだけど。たぶんていうか、ほぼ確実にホムラがやったことだぞ」

「え」

「……ピ?」

 

 会話の途中、突然フェレシーラの視線を受けて、ホムラが首を傾げてきた。

 まるで「私、なんかやっちゃいました?」と言わんばかりの仕草だが……

 

「これもたぶん、だけどさ。俺がコイツにかけてた『照明』の魔術って、バーゼルのおっさんの契約術のアトマ供給機能を利用して、長時間持続可能にしておいた、って言っただろ」

「あー……たしかに、そんなことも聞いたけど。それとあの光に、なんの関係があるっていうのよ。幾らこの子のアトマを『照明』のエネルギー源にしていたっていっても、術法式のコントロールを担っていたのが、フラムだっていうことに変わりはないでしょ?」

「まあな。だからこれも、推測なんだけど……たぶんあれ、コイツが自分のアトマを『照明』の術法式に大量に送り込んで、瞬間的に光量を引き上げたんじゃないかな。それこそ、俺の組んだ式をコントロールして」

「コントロールしって、って……えぇ……」


 こちらの大雑把な推測に、フェレシーラが目を丸くしてきた。

 まあ俺も、飽くまで目の前で起きた事象、その結果から強引に逆算して考えただけだしな。

 コイツが呆れるのも無理はないだろう。

 

 それぐらい、ホムラのやったことが衝撃的だったということだ。

 すごいぞホムラ。

 マジで俺にもよくわかんないけど、取りあえずさっきのは『必殺ホムフラッシュ』とでも名付けておこう。

 俺の心の中でひっそりと。 


 というか、世の中には術法を使える魔物だって存在してるってことなんで。

 グリフォンにそんな能力があるって話は聞いたことはないけど、ありえないって程でもないんじゃなかろうかとボクは思うわけなんですよ。

 ホムラさんってほら、めっちゃ賢いですし。


「うーん……ほんと、理解不能ね。腕利きの術士でも出来るかどうかわからないことを、あの一瞬でこの子がやってのけたってこと? なんだか貴方たち、二人揃って変態染みた真似し始めてない?」

「変態とかいうなよ、失礼だぞ。ホムラだって、珍しくお前がやらか――もとい、ピンチだったから必死で頑張ったんだぞ。なー、ホムラ」

「ピィ! ピピィ♪」

「むぅー……それはそうですけどぉー」


 オオオォォォ――


 相も変わらす彷徨と共に傾く鉄巨人を前にして、三人仲良く並んで語らう我ら遊撃隊。

 

 まー、流石にちょっとのんびりし過ぎ、って感じはアリアリですが。


 しかし実際のところ、このデカブツが固すぎるせいで、こうしてじっくり次の手を練るしかないわけだからなあ……


 フェレシーラがあれだけ散々どつきまくって、ようやく崩す切欠を見つけられた相手なのだ。

 どう料理してやろうかっていうか、どう料理すればいいのか、って感じが本音ではあるんですよ。


 まあその前に、もう片方の足も追加の『軟化』で沈めて、動きを封じておかないとなんですけどね。

 正直、このままこのデカブツを全部沈めて、ハイ終わり、で済めば楽なんだが……

 実はコイツにも地中を移動する能力があって、目を離した隙に脱出される危険性を考えると、このままここに放置ってわけにもいかない。


 となれば、やはりここは一発。

 まともに身動き出来なくなったところに、ワンチャン『解呪』に挑んでみるしかないですかね……!



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